京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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京都市上京区には、通常非公開の由緒ある門跡尼寺が数多く集まっています。
その中で一つだけ非常によく知られているのは、春秋に特別公開される「人形寺」宝鏡寺(ブログに採り上げています)です。宝鏡寺は「百々(どど)御所」とも呼ばれていますが、その他にも○○御所の異名のある門跡尼寺があります。

○宝慈院(千代野御所)

○三時知恩寺(入江御所)

○光照院(常盤御所)

○慈受院門跡(薄雲御所、竹之御所、烏丸御所とも)

○大聖寺(御寺=おてら御所)


今回は、慈受院門跡(薄雲御所)を採り上げます。
今年、平成二十年(2008)は、源氏物語が記録上で確認されてから一千年ということで、京都では「源氏物語千年紀」の記念事業が進められているようですが、それと関連して、昨年秋には門跡寺院ということで長く非公開だった慈受院門跡でイベントが行われ、「源氏物語ゆかりの寺院 薄雲御所と源氏物語」という掲示板が慈受院門跡の外壁にも掲示されました。
(尚、慈受院は、境内にある毘沙門堂のみが公開されていて、山門前に拝観謝絶と掲示されている非公開寺院ですが、特別なツアー等では拝観可能のようです。)


さて、上京区寺之内堀川東入百々町にある慈受院は、山号を広徳山(こうとくざん)という臨済宗単立の門跡尼院で、「薄雲御所」、「竹之御所」、「烏丸御所」とも呼ばれています。これらの通称名の由来は、慈受院の複雑な歴史が関係しているようで、やや長くなりますが整理しながら書いてみます。

室町時代の初期頃には、京都では、臨済宗の「五山(南禅寺・天竜寺・相国寺・建仁寺・東福寺・万寿寺等)」に倣って、「尼五山(景愛寺・通玄寺・檀林寺・護念寺・恵林寺)」が定められていました。これら尼五山は室町後期の戦乱の中で衰退して、本山と数十はあった塔頭寺院のその後については不明な点が多いようです。多くの寺院が廃寺となったり合併統合していく中で、景愛寺や通玄寺といった本山は名跡のみが残るだけとなり、実質は、宝鏡寺(人形寺)や大聖寺、曇華院といったその塔頭寺院が継承して現在に至ることになります・・今回の慈受院も、何とか現在まで生き残ってきた門跡尼寺のひとつになります。

さて、慈受院の創建ですが、室町時代の正長元年(1428 、応永三十四年(1427)とも)、室町幕府第四代将軍・足利義持の室、従一位日野榮子(日野大納言資康の女子)が、亡夫の遺言により、その菩提を弔うために建立したと伝えられています。日野榮子は、義持逝去(応永三十五年(1428)正月)の翌月に、相国寺の佛慧正續国師の弟子となって落飾し、法名を浄賢竹庭と称しました。
また、同じ日野榮子(浄賢竹庭)を開基として、総持院という門跡尼寺が同時期に創建されています。
こうして、浄賢竹庭尼は、尼五山の第二位・通玄寺の開基・智泉尼の法嗣となって、慈受院と総持院は、曇華院(どんげいん)と並んで通玄寺の三子院(塔頭)といわれ、通玄寺が衰退した後も存続していくことになります。
また、慈受院と総持院は、一世浄賢竹庭とその跡を継いだ二世桂芳宗繁(足利義持の娘)によって兼帯されますが、その後はそれぞれ住持を迎え独立します。そして、以下で触れますが、現在の慈受院は、明治時代に総持院が、衰退した慈受院と合併してその由緒ある名跡を継承したものになります。


少し話しは外れますが、慈受院と総持院の本山の通玄寺という寺院についてです。
通玄寺は、室町幕府の第二代将軍足利義詮夫人の紀良子の母・智泉尼が創建した臨済宗尼院でした。智泉尼は石清水八幡宮の神官了清に嫁いだ後、夢窓疎石に師事し出家し女性です。通玄寺は三条洞院(現・中京区曇華院前町の西一帯付近)にあって尼五山の第二位という大寺院でしたが、応仁の乱で衰退し、その後、塔頭の曇華院(智泉尼が晩年に通玄寺境内の東に庵を結んで「曇華」と号したことに始まります)が名跡を継承(臨済宗瑞雲山通玄寺曇華院)する形で合併しました。その後は、通玄寺自体が、「曇華院」と呼ばれるようになったということです。尚、この曇華院も応仁の乱で被災しますが、その後間もなく再建されました。
曇華院は現在も京都を代表する門跡尼院の一つなので、少し続けます・・大永七年(1527)に再び火災に遭いますが、天文二十一年(1552)後奈良天皇の皇女・秀聖尼が入寺して再興します。慶長八年(1603)にまた火災に遭い、寛文年間(1661〜73)後西天皇の皇女・聖安尼が入寺して再興します。宝永五年(1708)にも焼失、天明八年(1778)の大火でも類焼、元治元年(1864)の「蛤御門の変」の兵火で全焼しました。以後三条には再建されず、明治五年(1872)に嵯峨野へと移転して現在に至ります。(嵯峨北堀町、鹿王院の西にあり、「竹之御所」と呼ばれています。)




さて、慈受院に戻ります・・元々高倉中御門北にありましたが、応仁の乱や宝永五年(1708)の大火によって焼失し、烏丸寺ノ内、寺町荒神口下ルへと移転を重ねます(烏丸に移転した後は「烏丸御所」と呼ばれるようになったようです。)創建以来、足利家の息女や、伏見宮やその他公家からの入寺が続きますが、江戸時代初期の第七世の後西院女子・多喜宮瑞光女王(大圓宗悟)の死後は、その姉にあたる曇華院の大成聖安(館宮聖安女王)が慈受院を兼帯し、その後幕末まで慈受院は曇華院の兼帯となっています。

一方、総持院も創建以来、将軍足利家一族や、姻族近衛家の息女等が入寺して住寺しました。また第百一代称光天皇から「薄雲御所」の名を賜ったようです。応仁の乱で焼失しますがその後再建、天正十一年(1583)の伏見宮貞敦親王の息女が五世として入室以後、江戸時代には近衛、花山院両家より交互に入寺しています。また、宝暦年間(1751〜64)以後は比丘尼御所の号に列し、明和元年(1764)には、後桜町天皇によりまた由緒ある「薄雲御所」の号を拝受しています。 天明八年(1788)の大火によって焼失しますが、後に再建されますが、文化十年(1813)以降に無住となり、明治六年(1873)に、曇華院が兼帯していた慈受院と合併し、大正八年(1919)、総寺院から慈受院に改称し現在の地に再興しました。慈受院に掲げられている2つの伏見宮文秀女王(考明天皇の第一皇女)の扁額はこの時の記念に書かれたものです。(総持院は慈受院より広い敷地を持っていましたが、「慈受院」が、開祖の法号でもあり、寺格の高い由緒ある寺号であることから後世に残すべく、「総持院」の寺号を廃止して慈受院に改めたのでした。)

こうして、慈受院は、開祖の竹庭尼の一字「竹」から「竹之御所」と称し、また総持院や曇華院という同じく通玄寺の他の塔頭との関係から「薄雲御所」、「烏丸御所」等の由緒ある名前を継承しているようです。そして、寺宝として皇室ゆかりと伝える品々を所蔵しています。

慈受院で通常一般に公開されているのは、境内にある毘沙門堂ですが、ここには日本三体随一といわれる毘沙門天像が祀られています。後小松天皇が念持仏としていたこの尊像を足利氏に賜ったものと伝わり、明治時代までは一般公開もされていませんでした。また巨大な十三重塔は慈受院のシンボル的な存在でもあり、遠くからでも目立ちます。
また近年に整備された前庭は、浄賢竹庭(日野栄子)に因んで「竹」を主題としていて仏教伝来の地・明日香各地の遺石を配したものになっています。



最後に、「源氏物語千年紀」関係で、慈受院が「源氏物語ゆかりの寺院」として採り上げられている点についてです・・・
「源氏物語」第十九巻「薄雲」と慈受院(薄雲御所)の名前との関連だけでなく、「総持院(慈受院と合併)」が、一時寺町荒神口下ルに移転していた事とも関係があるようです。この荒神口周辺(現在は京都府立鴨沂高校がある辺り)には、かつて平安時代に太政大臣・藤原道長が建立した法成寺という壮大な寺院がありました。藤原道長は、「源氏物語」の愛読者でもあり、紫式部の才能を高く評価して、自身の娘で一条天皇の妃となった中宮彰子(しょうし)に仕える家庭教師に任じたことでも知られ、一説には源氏物語の主人公・光源氏のモデルともいわれます。
また、この法成寺旧跡からそれ程遠くない所には、盧山寺(上京区寺町広小路上る)がありますが、平安時代には紫式部の曽祖父・藤原兼輔の邸宅があった場所といわれています。紫式部この邸宅で育って結婚生活を送り、「源氏物語」や「紫式部日記」等はこの地で執筆されたものと考えられています。

道長ゆかりの法成寺の旧跡にあった総持院が「薄雲御所」と呼ばれていたことから、慈受院が再興される際に、この御所名も継承することになりました・・このような関係で慈受院は、(少し遠い繫がりではありますが、)「源氏物語ゆかりの寺院」として採り上げられているようです。

「西陣・北野天満宮他」書庫の記事一覧


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