京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

中京・下京

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前回の善導寺の西側、河原町二条交差点の少し北東にある法雲寺は、ガランとした境内の地味なお寺という印象ですが、境内奥にひっそりと祀られている「菊野大明神」が良縁を結び悪縁を絶つ、縁切り縁結びの神様として知られていて、参拝者の9割は女性ということです。



中京区河原町二条上る清水町にある法雲寺は、正式には「清水山洗心院法雲寺」いう浄土宗知恩院派寺院です。
平安時代中期、この地(二条京極東)には関白太政大臣・藤原兼家(929〜990)の邸宅・二条第(二条京極第)がありました。歴史書の「大鏡」に因れば、兼家は時の花山天皇を騙して退位に追い込み、孫にあたる一条天皇を即位させるなど策略に長けた政治家と伝えられます。そして兼家の系統は藤原北家内部の勢力争いを制して最終的に勝利し、子の道隆、道兼、道長の三兄弟が相次いで政権を握り、道長の時代に北家兼家系は全盛時代を迎えます。
さて、兼家は晩年の正暦元年(990)に二条第を寺院に改めて法興院という寺院を創建しました。
兼家自身はその年に病没しますが、子の道隆が正暦三年(992)に法興院山内に積善寺という寺院を建立し、一切経を奉納して盛大な供養を行ったことが「枕草子」に記述されています。その後、法興院は、長和五年(1016)の火事をはじめ度々火災に遭って平安末期には廃絶してしまい、僅かに旧二条第の池の跡と思われる清泉のみが残っていたということです。

その後、室町時代末期の永禄十年(1567)、源蓮社清善上人がこの泉の辺に草庵を結び、江戸時代の元和元年(1615)に清久上人がさらにその跡に堂宇を建立したのが法雲寺の起こりということです。天明八年(1788)の天明の大火で全焼しますが、享和三年(1803)頃に再建されました。尚、境内の中心にある少し痛みの目立つ本堂は、文化十五年(1818)に再建されたもので、本尊阿弥陀如来像を安置しています。
境内には他に庫裏と本堂裏に小さな墓地がある程度ですが、このお寺に参拝する人の目的は、やはり良縁は結び、悪縁は切るという「菊野大明神」にあるようです。(以下、お寺に掲示されていた京都新聞の記事を参照します。)



さて、庫裏を通った裏手(庫裡の東)に「菊野大明神」の小さな祠が祀られていて、御神体は霊石ということです。「菊野大明神」の「菊野」は、本来は「聆乃(きくの)」で、願い事をきくという意味の言葉だったのが、いつしか「聆」が「菊」となったと考えられています。

この祠の由来は不明ですが、様々な伝説が残っているようです・・・
天明の大火で法雲寺が燃えた際、その復興中に謎の山伏が現れて、「ここに、きくのという神様(霊石)があるのを、知っているか?お祀りしなければならんぞ。」と言って立ち去りました。当時の住職や人々が不思議な話だと境内を探してみると、古い霊石を発見したので祠に祀ったという説。
また、昔、高貴な身分の方が入る尼僧院があって、そこで祀られていた神(霊石)が法恩寺に招来されたという説もあります。

最も有名なのが、小野小町に恋焦がれた深草少将が百夜通い(ももよがよい)をした際に、腰かけて休んだ石という説です。
伝説では、深草少将は九十九日間通い続けて最後の一夜を残して力尽きて亡くなってしまったといわれますが、この石には少将の無念の思いが込められているので、男女を別れさせるのだというのです。
元々三条東洞院にありましたが、石の傍を通ると男女の縁が切れるといわれ、花嫁行列もこの石を避けて通ったと伝えられていて、天明の大火の後にこの霊石が法雲寺に祀られるようになったのではないかということです。



以前は、薄暗いお堂の中は恨みの言葉が記された願書が重なるように祠一杯に張られて広がり、時に女性の髪の毛も供えられていたために、祠には髪の毛が巻き付いた状態となっていました。さらに五寸釘を刺した藁人形も置かれるなど、堂内は非常に不気味な雰囲気が漂っていたということです。しかし、昭和六十三年(1988)に改装し、今では髪を供える習慣は無くなり、願いが叶うと奉納する赤い提灯が吊るされています。(口コミでは祠の周りを回りながら祈ると願いが叶うといわれているそうです。)

こうして、今は良縁を結び、悪縁だけを断ち切る神様として信仰されていますが、しかし実際に訪れるのは悪縁を切りたい女性が大半だそうです・・・夫や恋人が不倫や浮気相手と別れて欲しいというのがやはり一番多く、他に子供の縁談が気に入らないから壊したいとか、ストーカーから逃れたい等もあるようです。今でも五寸釘を刺した藁人形が備えられることもあるそうで、ご住職は様々な悩み相談も受けられているということです。

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ワタシの実家のお墓が法雲寺にあり
お菊さんにおまいりしたこともあるのですが
正直、念が強すぎて
いい加減な気持ちでは決して行かないほうがよい場所でもあると
感じました。

2008/11/30(日) 午後 9:36 [ - ]

ご訪問ありがとうございます。なるほど、菊野大明神は、やはり伝説通りのかなり力のある縁切り明神ということなんですね

2008/12/1(月) 午前 10:42 [ hir**i1600 ]


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