京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

中京・下京

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京都には、菅原道真(天神)を祀る天満宮が非常に多いですが、その幾つかは、菅原一族の邸宅跡(道真の誕生地でもあります)に建てられたと伝えられています。
これまでに南区の吉祥院天満宮(きっしょういんてんまんぐう)や上京区の菅原院天満宮(すがわらいんてんまんぐう)をブログで採り上げましたが、今回の菅大臣神社(かんだいじんじんじゃ 菅大臣天満宮(かんだいじんてんまんぐう))も、同じく菅原道真の邸跡に建てられたと伝えられる天満宮です。
小さな祠程度の神社の多い下京区では、まずまずの敷地がある神社らしい神社として、数少ないお勧めできるクラスかもしれません。



下京区仏光寺通新町西入菅大臣町にある菅大臣神社(菅大臣天満宮)は、祭神として天神(菅原道真)、尼神(あまがみ)、大己貴命(おおなむちのみこと)を祀ります。
社伝によると、この地は、元々菅原道真(845〜903)の邸宅跡で、敷地は現在の仏光寺通を中心に南北二町(約220m)、東西一町(約110m)あったと伝わり、現在の神社は、邸の紅梅殿、白梅殿や菅家廊下(かんけろうか)といわれた学問所の跡地だったということです。また、道真誕生の地とも伝えられていて、境内には産湯に使ったという井戸が保存されています。
そして、道真が大宰府へ左遷される際に詠んだ「東風吹かばにほひおこせよ梅の花 主なしとて春なわすれそ」の歌は、この地の邸の梅を詠んだもので、道真を追って大宰府まで梅が飛んでいったという「飛梅伝説」の地でもあるということです。

さて、菅大臣神社(菅大臣天満宮)の創建年代は不明ですが、道真没後間もなく創建されたと伝えられます。その後度々の兵火にかかり、鎌倉時代には南北両社に分かれ、当社を天神御所「白梅殿社」、北社(現北菅大臣社)を「紅梅殿社」と呼ばれていたようです。応仁の乱で焼失したのと、慶長十九年(1614)に、管家ゆかりの曼殊院宮良恕法親王により再興されました。
江戸時代には、天明八年(1788)の大火、元治元年(1864)の禁門の変の兵乱で焼失再建されています。現本殿は天保六年(1835)造立の三間社流造という下鴨神社の旧殿を、明治二年(1869)に移築したもので、その後建立された幣殿と合わせて八棟造(やつむねづくり)となっています。
境内には本殿、幣殿他、火御子社、白太夫社、老松社、福部社、春崎稲荷社、三玉稲荷社など多くの摂末社があります。



さて、菅原一族代々の邸跡で「白梅殿社」と呼ばれた菅大臣神社に対し、仏光寺通を隔てて北側にあるのが「紅梅殿社」こと北菅大臣神社です。
北菅大臣神社は、道真自身の邸として有名な「紅梅殿」があった場所に建つ神社といわれ、「東風吹かば・・」の有名な歌も紅梅殿で詠まれたとされています。現在の北菅大臣神社は、菅大臣神社と違ってたいへん小さなものになっていますが、道真の父是善を祀っています。

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