京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

京都府下

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京都府八幡市(やわたし)を流れる木津川の左岸、上津屋地区にあるのが、「木津川の流れ橋」として知られるたいへん長い木造橋です。
この印象的な橋は、時代劇等のロケ地としても知られ、八幡市を代表する観光名所の一つになっています。(流れ橋の側にある「やわた流れ橋交流プラザ・四季彩館」の解説が詳しいので引用させていただきます。)



さて、「流れ橋(やわた流れ橋)」は、正式名は「上津屋橋(こうづやばし)」といって、京都府南部の久世郡久御山町と八幡市の境界線を流れる淀川の支流、木津川に架けられた橋です。
「流れ橋」という通称名は、大雨や台風によって川の水位が上がって橋板に水が達すると、橋板が自然に浮かんで橋全体が八つに分割され、ワイヤーで連結された橋板が流れるという独特の構造に由来します。橋板は橋脚に片方が頑丈に繋ぎ留められているために流失してしまうことは無く、まるで八つの筏を流しているような状態になった後、減水すれば橋板を手繰り寄せて元のように敷き詰めて復原できるようになっています。


構造は74径間の木造橋で、全長は356.5m、全幅員は3.3m、有効幅員3mの日本最長級の木造橋といわれ、昭和二十八年(1953)三月に架橋されました。
橋脚は全体で73基あり、56基は木造ですが、久御山町側の17基は昭和四十年代にコンクリートに改築されました。木造橋脚は多くが末口22cmの杉丸太の杭木3本と控木で、他にワイヤーロープで橋板を繫ぎ留める繋留橋脚が杭木4本になっています。また橋板は厚さ7.5cm、幅20cmのものが敷き詰められているだけの単純な構造です。
そして、上記したように、橋板上まで潅水した場合は、ワイヤーロープに連結された橋板が流れ出るという仕組みになっています。



このような構造の橋が生まれた背景についてです・・
この木津川を挟む両地域は、江戸時代から明治の中頃まで「上津屋村(こうづやむら)」と呼ばれる一つの村でした。日々の生活を送る地元住民はもちろん、石清水八幡宮に参拝する人々も渡し舟を利用して両岸を行き来していましたが、やがて、渡し舟だけでは不便だという地元住民の意見が高まりました。
しかし、戦後間も無い時代、限られた予算内では強固な鉄橋を建造することができず、かといって一般的な木造橋では増水の度に流される危険があることから、水の流れに逆らわないこの独特の橋の仕組みが考えられたということです。
この最初から流れてしまうことを計算して造られた橋は、橋自体が川の増水によって自然と浮き流れることで、流木や漂流物が橋に引っ掛かって起こる堤防の決壊による被害を未然に防ぐことも出来ます。
「四季彩館」の解説文に書かれているように「日本人らしい自然に逆らわないで自然と共生していく生活の智恵が生み出した橋」といえます。



元々、流れ橋というのは、川幅の狭い所に板などを渡し、板が流れないように紐などで結んだ原始的な仕組みが始まりで、その後色々な規模や形式の橋に発展していきました。
この「流れ橋(やわた流れ橋)」は、ワイヤーロープで橋脚としっかり結ばれた大規模なものなので、多小の雨などではびくともしませんが、橋完成後間もなくの昭和二十八年(1953)八月の豪雨で、水位が橋面から三十センチ程度上昇した時には初めて流出したということです。
そして、平成九年七月まで通算十五回の流出の記録があり、その度に復原されてきました。


以下、ややマニアックですが、その流出記録です。

○昭和二十八年(1953)八月十五日の八月豪雨による増水のため

○昭和三十四年(1959)九月二十五日の伊勢湾台風による増水のため

○昭和三十六年(1961)六月二十四日の梅雨の豪雨による増水のため

○昭和四十七年(1972)七月十日〜十七日の七月豪雨による増水のため

○昭和四十九年(1974)七月十日の七月豪雨による増水のため

○昭和五十一年(1976)九月八日〜十三日の台風十七号による増水のため

○昭和五十七年(1982)八月一日〜三日の台風十号による増水のため

○昭和六十年(1985)六月二十一日〜七月十七日の梅雨の豪雨と台風による増水のため

○昭和六十一年(1986)七月二十日〜二十二日の梅雨の豪雨と台風による増水のため

○平成二年(1990)九月十九日〜二十日の台風十九号による増水のため

○平成四年(1992)八月十九日の台風十一号による増水のため

○平成五年(1993)七月五日の七月の豪雨による増水のため

○平成六年(1994)九月三十日の台風二十六号による増水のため

○平成七年(1995)五月十二日の五月の豪雨による増水のため

○平成九年(1997)七月二十六年の台風九号による増水のため




最後に、掲載した写真でもわかるように、橋の付近一帯は、広々とした木津川の砂地の河原が連なり、
のどかな日本の原風景を感じさせる場所になっています。
そのため、橋をバックに時代劇のロケ等に利用され、また毎日多くの地元の方が両岸の行き来に利用しています。そして、休日には家族連れや、若者達がお弁当やバーベキューを楽しんでいる憩いの場ともなっています。
(ただし、数年前から、橋の上で打ち上げ花火を上げたり(かつて時代劇でも同様のシーンがあったようですが)花火遊びを原因とする火災が連発し、焼けた橋板を修復してきています。橋全体が焼失する危険もあり当然ながら厳禁です。また、薄い橋板上をバイクで走るのも危険行為ですが、守らない人もいるようです。)

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TBさせて頂きました。ありがとうございます。

2008/4/8(火) 午後 6:44 みのX

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