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前回の続きです。
前回に、おりょうの回想録が印象的なので引用してみました。
また、龍馬の手紙からも、父を失ったおりょうが、七条新地にあった旅館・扇岩で働きながら、母親のお貞を手伝って、大仏付近の土佐藩志士の隠れ家で飯炊きをしていたことがわかり、これが二人の出会いの場となったというのが通説です。
ただ、龍馬とおりょうの出合いに関しては諸説あるようで、武信稲荷神社の伝承のように、おりょうの父・将作が勤皇の志士を厚く支援していたことから、柳馬場三条にあった屋敷には勤皇の志士が絶えず出入りしていたともいわれ、龍馬が将作と親交ができていて、この時に長女のおりょうと出会っていた可能性も無かったとはいえないということです・・もちろん真偽は不明です。
武信稲荷神社の龍馬とおりょうの物語は続きがあります。
こちらの方が前半より感動的でしょう・・・。
その後、幕府に命を狙われる龍馬は身を隠し、おりょうと離れ離れとなります。おりょうは龍馬の身を案じ行方を捜していましたが、二人で何度も訪れた武信稲荷神社の榎を思い出して訪れました。
するとそこには龍馬の見慣れた独特の字で「龍」の一字が彫ってあったということです。龍馬は、自分がまだ京都にいて今も生きているということを、二人だけにわかる一文字に込めたのでした・・・龍馬とお龍(おりょう)二人の名前に共通する一文字「龍」に・・・。
龍馬が京都にいることを知ったおりょうは、その後二人の共通の知人を訪ね、それにより二人は再開出来たということです。
真偽はともかく、榎に刻んだ龍馬とおりょうの愛のメッセージが、二人を強く結び付けたという伝承は、非常にうまいストーリーです。現在は、もちろん御神木に文字を刻むことは出来ませんが、二人にあやかって、絵馬に恋愛成就の願い、愛の伝言などを記して奉納すると、榎の木(「えん(縁)の木」)の生命力で恋愛成就するということです。
また、武信稲荷神社は必勝祈願でも知られ、古くから「勝駒」という駒形の絵馬が伝わります。
豊臣秀吉が朝鮮出兵の際に持参したという話も伝わっていることから、それ以前から授与されてきた歴史ある絵馬のようで、所願成就、成功発展、開運発達、試験合格、健康長寿等の御利益が得られるということです。
少し古風な雰囲気のあるこの神社、龍馬やおりょうが関係していても不思議でないような独特の雰囲気が残っていて、何度も訪ねてしまう場所です。
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