京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

中京・下京

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下京区松原通麩屋町東入る石不動之町にある明王院は、小さな街中のお寺です。
情報の少ないお寺ですが、境内に小さな京都市観光課の駒札(説明板)があり、少しだけ書いてみます・・・
明王院不動寺は、山号を青連山という真言宗東寺派の寺院で、松原通りに面していることから「松原不動」、北向きであることから「北向き不動」とも呼ばれています。


正確な創建年代は不明ですが、寺伝によると、創建は朱雀年間(672)に道観大徳(どうかんだいとく)和尚が法相宗寺院として創建しましたが、平安時代初めに弘法大師空海が自作の石造不動明王像を安置して以降は、真言宗に改められたということです。
また、桓武天皇が、平安京の王城鎮護のために、都の東西南北に一切経の経巻を納めた「平安京四岩倉(磐座)」一つで、明王院不動寺は、「南岩倉」だったと伝えられます。

この、桓武天皇が平安京の東西南北に置いた「岩倉(磐座)」は、以下のようだったようです。

北岩倉・・・山住神社(左京区岩倉河原町  ブログに採り上げました。)

西岩倉・・・金蔵寺(西京区大原野石作町 ブログのパート2に採り上げました )

東岩倉・・・観勝寺(左京区粟田口大日町 大日山(東岩倉山)にあったが応仁の乱で焼失)

南岩倉・・・明王院不動寺(下京区石不動之町)・・現在も明王院不動寺の本堂には「南岩倉」の扁額が掛かります。


その後、天暦年間(947〜956)には、賀茂川の氾濫によって堂舎がすべて流没し、一時、比叡山の苔筵法師(たいえんほうし)によって、再興されたともいわれ、室町時代の応仁の乱で再び荒廃しました。
そして、天正十四年(1586)、秀吉が聚楽第を築いた際、荒れ果てていた明王院不動寺に残っていた苔むした本尊不動明王像を、聚楽第に持ち帰ったところ、毎夜、不思議な霊光を放ったので、再びこの地に戻して、堂舎を建立して祀ったとも伝わります。

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この前はどうもありがとうございました。

また、コメントを残しに来てください。

2008/5/5(月) 午前 0:25 [ みさき ]

ありがとうございます。

2008/5/17(土) 午後 4:56 [ hir**i1600 ]


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