京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

京都府下

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観光都市京都ですが、遠方から来られた観光客は、さすがに市外(京都府下)の史跡まで訪れるのは大変なようです。このブログでは、市外の小さな史跡も出来るだけピックアップしたいと思っています。今回から数回、少し前に採り上げた木津川流れ橋(上津屋橋)の続きとして、八幡市東部の神社を中心に採り上げてみます。

京都府八幡市の史跡といえば、まず、平安時代の延喜式以来、伊勢神宮に次いで格式が高かった石清水八幡宮が必見で、松花堂美術館&庭園と、流れ橋(上津屋梯)と合わせて三大観光名所といったところでしょう。それ以外の小さな史跡となると、京都市内の史跡以上に情報も少ないため、八幡市観光協会等の情報から転載させていただきます。



さて、八幡市上津屋浜垣内、木津川流れ橋(上津屋橋)の西堤近くにある伊佐家住宅(いさけじゅうたく)は、蔵や堀跡などが残った風情ある古屋敷です。(内部見学については、近くにある「やわた流れ橋交流プラザ四季彩館」に事前予約が必要です。)

江戸時代の上津屋村は、里、浜、東向三つの集落で構成され、地域には浄土真宗の善照寺(伊佐家の西隣)や専琳寺、光瀬寺といった三つの寺院がありました。伊佐家は浜地域にあって幕府領の庄屋を代々務めた大家でした。現在の主屋は棟札によって、享保十九年(1734)に建造されたことがわかる江戸中期の建物で、江戸中期以来現存する南山城地方における代表的な庄屋屋敷として、主屋、長蔵、内蔵、東蔵、乾蔵、宅地が、国の重要文化財に指定されています。
入母屋造の主屋は、軒端の厚み1m以上の茅葺屋根とべんがら色の壁、柱や梁も太い堂々とした建物です。この主屋の土間には、大きな竃が据えられていて、主屋の北側に内蔵があり、さらに東蔵・木小屋・二階蔵・乾蔵が続いて、庭をはさんだ南側に長蔵があります。また、屋敷の周りは濠で囲まれていて、かつては木津川から舟で直接屋敷内に出入りができたということです。



つづいて、御園神社です。

八幡市上奈良御園にある御園神社(みそのじんじゃ)は、上奈良地域の氏神として祀られている小さな神社です。「奈良御園神社」の石碑から石橋のある参道を進むと、小さな森に囲まれて静かに本殿がたたずんでいます。神社の祭神は、春日大神中の三神・・武甕槌命(たけみかづちのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)です。

御園神社の創建は、社伝によると、延暦六年(787)、桓武天皇が河内国交野への行幸途中、この地で鷹狩りを行った際に神託を受け、同年十一月に、大納言藤原継縄に命じて一社を建立させ、奈良の春日社から三神を遷座したのが始まりということです。
その後、南北朝時代の正平七年(1352)二月の八幡合戦、応仁の乱による応仁二年(1468)三月の兵火に遭って炎上しましたが、明応三年(1494)九月に再建されたということです。

尚、この奈良御園の地は、天皇に供する野菜(瓜、茄子、大根等)を栽培した場所と伝えられます。この野菜を朝廷へ献上する風習はその後、途絶えましたが、この伝統は、現在も毎年十月の御園神社の例祭「御園の青物祭」に受け継がれています・・この青物祭では、野菜で飾った「ずいき(サトイモ)神輿」を奉納して、五穀豊穣を祈願します。
尚、他に境内には末社として八坂社、貴船社、太新宮があります。


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