京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

京都御苑周辺

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京都市上京区の寺町通り沿いは多くの寺院が立ち並んでいます。
これまで、天寧寺、西園寺、阿弥陀寺、十念寺、佛陀寺、本満寺、さらに南に下って、本禅寺、清浄華院、盧山寺を採り上げてきました。もちろん、これ以外にも小さなお寺は幾つか有るのですが、来歴の面白い寺院はあまり残っていないと感じています。今回はこの寺町通り沿いの、知らない人は絶対に通り過ぎてしまう隠れた由緒あるお寺と墓地です。


上京区寺町通上る鶴山町にある小さな寺院が大歓喜寺(だいかんきじ)です。
小さな山門の向こうには、表札が無ければ寺院だとわからない一般住宅のようなお寺があり、小さな墓地と祠が点在しているだけです。しかし、この大歓喜寺は、京都の門跡尼寺の最上位に位置して「御寺(おてら)御所」とも呼ばれる大聖寺門跡(前にブログに採り上げています 上京区烏丸通り今出川上ル御所八幡町)の由緒ある非公開の菩提寺になります。これら歴代の皇女尼僧の命日には、宮内庁によって非公開の追悼式が今も行われているということです。

そして、現在、この大歓喜寺には、「中世日本研究所 女性仏教文化史研究センター」がおかれています。
この研究施設は、平成十五年(2003)、日本の中世史、特に近年は門跡尼寺の研究で知られるコロンビア大学名誉教授のバーバラ・ルーシュ氏が、コロンビア大学の中世日本研究所の姉妹団体として平成十五年(2003)に設立したものです。平成十三年(2001年)、バーバラ・ルーシュ氏が、大聖寺の花山院慈薫門跡を訪問した際に、大聖寺の菩提寺である大歓喜寺の長く空き家となっていた2階建ての庫裏を、事務所及びセンター設立準備室として使ってはどうか、との申し出を受けて設置され、以来、広く東アジアでの女性と仏教の歴史に関する研究拠点として活用されています。
町の路地裏にこのような皇室ゆかりの民家のような寺院があり、日本でも研究が遅れていた尼門跡寺院の調査・修復を中心とした日本文化の探求が行われているというのは、いかにも京都らしい風景ではあります。


また、大歓喜寺の境内奥には、宮内庁が管理する大聖寺宮墓地(9墓1塔)があります。
これらは、安土桃山時代から江戸時代末期に至る大聖寺の歴代の皇女尼僧の墓になります。京都で最上位に位置する門跡ゆかりの宮墓地は、近所のお年寄りの憩いの場でもある鶴山児童公園の隣でひっそりと佇んでいるといった印象です。


大聖寺宮墓地

○正親町天皇皇孫女・永邵(えいしょう)女王墓

○後陽成天皇皇女・文高(ぶんこう)女王墓

○後陽成天皇皇女・永宗(えいそう)女王墓

○後水尾天皇皇女・元昌(げんしょう)女王墓

○後水尾天皇皇女・永亨(えいこう)女王墓

○霊元天皇皇女・八重宮(やえのみや)墓

○霊元天皇皇女・永秀(えいしゅう)女王墓

○霊元天皇皇女・永応(えいおう)女王塔

○中御門天皇皇女・永皎(えいこう)女王墓

○光格天皇皇女・永潤(えいじゅん)女王墓

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