京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

中京・下京

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下京区大宮松原西入る中堂寺西寺町の周辺には、幾つかの寺院が集まっています・・中堂寺、西照寺、長円寺、末慶寺、勝光寺、玉樹寺等々ですが、これらの寺院の中でも最も目立つのが、赤い壁のあるお寺、通称「赤寺さん(あかでらさん)」と親しまれている善徳寺(ぜんとくじ)です。(下京区役所のHP以外に情報は少ないようなので、引用します。)


さて、善徳寺は西山浄土宗に属する寺院で、本尊の阿弥陀如来像は室町時代の僧恵心僧都の作と伝えられています。善徳寺といえば赤壁ですが、これは、江戸時代に紅屋を営んで成功した檀家の木村平兵衛という人物が、寄進した山門の土壁を京紅で塗ったことに由来しています。

京紅というのは、紅花から採取した顔料のことで、上質のものは京都産だったことから一般的に「京紅」と呼ばれました。精製に時間がかかるため、たいへん高価で庶民には手の届かない化粧品として、江戸時代の女性の憧れの品となっていました。太夫と呼ばれる大金を稼ぐ上級遊女らはこのような高額の紅で美を競ったのでした・・・いつの時代でも美しくなるためには、女性は金を惜しげもなく使い、それによって男性が寄ってくるということなのでしょう。


さて、善徳寺の檀家の木村平兵衛は、この高額な化粧品事業で大儲けをして、寄進した山門脇の土塀を女性憧れの美しい紅で塗ったと伝わります。現在の壁の色とは多少違うのでしょうが、憧れの京紅で塗られた美しい壁を見た当時の女性達が、大きな衝撃を受けて強く惹きつけられたことは想像できます。たちまち、赤壁の美しさは評判となり、このお寺に参ると美人になれるという噂が広まったということです。そして、今でも善徳寺は女性参拝者の信仰を集めているということです。
境内には区民の誇りの木に選ばれたソメイヨシノが植えられていて、春には赤壁がさらに映えるのでしょう。


また、来歴は不明ですが、墓地には新選組隊士の沖田総司の姉のものとされる墓があるということです。一般的に沖田総司には、九歳上のみつ、六歳上のきんという二人の姉がいたと伝えられ、みつは明治四十年(1907)に大連に渡って七十五歳で、きんは同四十一年(1908)に東京で七十三歳で亡くなったとされますが、この墓については機会があれば確認してみたい気もします。

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