京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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中京区西大路下立売西入る西ノ京御輿岡町(みこしがおかちょう)、西大路通から妙心寺道を少し西に入ると、広いスペースと大きな鳥居が見えてきます・・・これが北野天満宮(かつては北野神社)の御旅所です。言うまでもありませんが、御旅所というのは、神社の祭礼の際に、祭神を神輿に遷して巡幸した後、神輿を一時鎮座しておく仮宮のことです。
京都の大きな神社の御旅所は、広い敷地を持つ場合も多く、地域のシンボル的な存在になっています。このブログでも前に今宮神社の御旅所を採り上げていますが、今後も幾つかピックアップしてみたいと思います。


さて、いつも参拝者の絶えない北野天満宮と違って、その御旅所は、京都市指定の保存樹・クロガネモチの大きな木が目立つ静かな空間といった印象です。
しかし、これから秋十月に行われる「ずいき祭」では、神幸祭(しんこうさい)から還幸祭(かんこうさい)までの間、三基の鳳輦や、ずいき神輿がこの御旅所に駐輦して、着御祭(八乙女舞 やおとめたまい)や表千家宗匠による献茶祭、甲御供奉饌などの祭典・行事で賑わうことになります。


この北野天満宮の「ずいき祭」は、御旅所の駒札によると、慶長十二年(1607)、天満宮の本社造営の際、西ノ京の氏子らが、造営を祝って新鮮な農作物で神輿(ずいき御輿)を作って、九月四日に神前に奉納したのが始まりと伝えられ、以来、現在まで受け継がれてきているということです。

また、北野天満宮のHPによると、この西ノ京他の氏子の祭りは室町時代に遡るとされ、この祭りに、明治時代になって神幸祭(神輿に遷られた祭神が氏子区域を巡行する祭)が取り入れられ、現在の形になったということです。神幸祭は、かつては「北野祭」と呼ばれていた天満宮の官祭(現在、毎年八月四日に例祭が行われています。)の一部で、その頃は本殿祭と神幸祭が一体となって行われていましたが、応仁の乱によって神幸祭が途絶えてしまったようです。
その後、明治時代初期に、神幸祭の復興を願った氏子有志達の努力によって、氏子達が諸具や祭典にかかる費用を負担することを条件として、明治八年(1875)京都府から私祭として許可されたということです。

こうして、再興された神幸祭は、毎年の十月一日、本社北野天満宮から祭神(天神様)をお遷しした神輿がこの西ノ京御輿岡の御旅所へ渡御し、三日間の駐輦の後に、十月四日に本社に還幸されることと定められました。また、祭礼期間中は「ずいき御輿」が御旅所に供えられ、還幸祭にあわせて氏子区域を練り歩くことも定められました。そして、かつての「北野祭」の八月四日は例祭として本殿祭だけが斎行されるようになりました。


北野天満宮のHPによると、「ずいき祭」の中でも、還幸祭は特別の意味がある重要な行事ということです。一般的な神社の祭礼でいう、祭神が本社にお帰りになるという意味だけでなく、「おいでまつり」という別名があるように、「大宰府で御隠れになった菅原道真公の御霊が神として初めて北野の地においでになる」という北野天満宮御鎮座の由来を回顧し、再現する意味もあるということです。歴史伝承を再現したページェント(宗教劇)的な性格もあるということなのでしょう。
そして、かつては、氏子達も神幸祭の行われる一日には普段どおりの仕事をしていても、還幸祭の行われる四日には親類等を招いて御馳走を作って行列に供奉したり、沿道から御輿を拝んだということです。



さて、御旅所の中に小さな神社が祀られています・・これが、御輿岡神社(みこしがおかじんじゃ)で、この土地の守り神として大巳貴命(おおなむちのみこと=大国主命(おくににぬしのみこと))、医薬・病気平癒の神として少彦名命(すくなひこなのみこと)、そして学徳成就の神として菅原大神(菅原道真公・天神)を祀っています。

北野天満宮の創建以前、この御旅所の一帯は、古くは「神楽岡(かぐらおか)」と呼ばれる大きな森林地帯で、鎮守の神として、早くから大巳貴命と少彦名命の二神が祀られていたと伝えられます。
その後、平安時代の天暦元年(947)、北野の地に天満宮が創建され、初めてこの場所に神輿が渡御したことによって御旅所と定められ、地名も「御輿岡(みこしがおか)」と改められたということです。
こうして、この地にあった鎮守社も、菅原大神(菅原道真公・天神)を合祀して、御輿岡神社と呼ばれる北野天満宮の境外末社となったと伝えられています。

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どうでもいい事ですが、私はよくこの近くにある宿を利用しています。

最近よく更新されていますね、毎日楽しみに読ませてもらっています。

2008/9/9(火) 午後 9:24 [ hig*_p*ste2*00 ] 返信する

いつも、ありがとうございます。見た目も同じようなマイナーな神社や寺院を1日で10数件も訪問していると、何処に行ったのか忘れてしまいそうなこともあるんです。そこで、何とか記憶に残っている間に連続更新したいのですが、それでも追いつかない事も多いのが悩みです。

2008/9/9(火) 午後 10:21 [ hir**i1600 ] 返信する

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なるほど。

ところで北野天満宮で思い出しましたが、
ご存知かとは思いますが、最近天満宮では
数年前に発見された神像群(平安中期作で何れも重文)を公開しています。
小ぶりな鬼神像を十体ほど見られるのですが、
松尾大社の神像や大将軍八神社の神像群を見た時の感動と比べると(何れもこのブログで取り上げられていますね)、
何か物足りないものがありました。
そもそも神像というもの自体が少なく、私自身何度も見たことがあるわけではないので、なんとも言えませんけども。

2008/9/10(水) 午前 10:53 [ hig*_p*ste2*00 ] 返信する

北野天満宮の神像はまだ実物を見たことは無いのですが、熊野速玉大社とか松尾大社などの神像を見てしまうと、中々他の神像では物足りない感じがありそうですね。私も神像には興味があって、奈良や京都の博物館等で拝見したりしますが、平安時代の以降は印象が良くないです・・仏像以上に後の時代になるほどパワーを失う気がします。また、古美術店でも神像を見かけますが、やはり女神像の方が人気があるみたいで、結構すぐ売れるということです。(古美術店では、もちろん作の良いものなど無く、安くても30万〜50万円くらいしますが・・高い。)

2008/9/10(水) 午後 10:21 [ hir**i1600 ] 返信する

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安くても30〜50万とは・・・・、

しかし、古美術店や博物館等に神像がよくあったり、
あるいは近年になって大量の神像が発見されたり(今回の北野天満宮など)、
ということを総合して考えると、これは決して偶然というわけではなくて、
明らかに歴史的なものが大きく関係しているのではないかと思ってしまいます。
それはおおよそ神仏習合と神仏分離の二言に尽きるわけですが・・。

2008/9/15(月) 午後 9:56 [ hig*_p*ste2*00 ] 返信する

明治の神仏分離令の影響は大きいですね。分離令の影響で多くの文化財が失われてしまいました・・そのため流出して拝見できるようになった物もあるとはいえ。また、例えば神社好きで寺院に興味の無い人とかもいますが、日本の歴史を通して、仏教伝来以来は神仏習合が主流だったことを考えると、分離する方が不自然なのかもしれませんね。懸仏などは日本独自のもので、面白いですね。

2008/9/15(月) 午後 10:25 [ hir**i1600 ] 返信する

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たしかに神社好きでかつお寺はそこまで・・・、といった方はたくさんおられるようです。
おそらく、それは寺院の世俗的な面、つまり「生臭坊主」とか数々のお坊さんに関することわざでにも表れている通り、寺、坊主に関して負のイメージがあるからではないかなと推測します。
あるいは、神社はだれでも無料で入ることができるというような開放的なイメージに比べて、寺院は入ることができない所もありますし、拝観料をとったりしているように、
神社に比べて閉鎖的なイメージがあるからという可能性はあるのかなと思います。
こういった方々が多いのは、ある種明治政府の分離令が非常にうまく機能した結果なのかもしれません。(と、同時に寺社の区別がつかないというような人も大勢いるのは事実ですが・・)

私は神仏習合思想に非常に興味がありますので、寺社の好き嫌いはないわけですが、
神社好きの方々には寺もたくさん見てほしいとは思うことはあります。

2008/9/18(木) 午後 3:24 [ hig*_p*ste2*00 ] 返信する

そうですね。神社に行くと、清々しい神聖的な印象を感じて、心が清められるなあ・・といわれる方は多いと思います。これは、国民にそういった感情を持たせるために、明治以降の政権が採った宗教政策が成功しているということかもしれませんね。(特に神宮といわれる国家プロジェクト型の神社とかですね。)
私は、観光客が行く大きな神社とは別に、山などの名も知れないような神社を訪れていると、分離令で変質化する以前の自然信仰の深さみたいなものを感じます。また、寺院でもそこに昔の民衆の信仰の深さを感じて感動します。
時代を超えて生き残ってきた寺社は深い信仰に支えられてきたと思って、コツコツ訪ねて行きたいと思います。

2008/9/19(金) 午後 7:54 [ hir**i1600 ] 返信する

最近、伊勢神宮から比叡山延暦寺まで近畿二府三県の150の寺社が協力して、新しい霊場めぐりを開始しましたね。
江戸時代に流行した神仏名所めぐりの再来ということですが、観光による寺社の発展のためにはこのような協力関係も増えていくのかも知れません。

2008/9/19(金) 午後 9:46 [ hir**i1600 ] 返信する

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