京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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前回の下京区西七条南中野町にある松尾大社の西七条御旅所の追加になりますが、境内の一角には、小さな神社が祀られています。これが武御前社(たけのごぜんしゃ)です。
御旅所の大鳥居と並んで石鳥居があり、元々は御旅所とは別個にこの地に祀られていた神社だったのでしょう。


情報の少ない神社ですが、境内にある掲示板によると、武御前社(たけのごぜんしゃ)の祭神は、武甕槌神(たけみかづちのかみ)です。
武甕槌神という神様は、神話では天照大神(あまてらすおおみかみ)の命令を受けて、出雲の国に行き、大国主命(おおくにぬしのみこと)の国譲りを見届けて高天原に還り、その様子を報告したという武神ということです。


武御前社は、この旧西七条村(西七条)の産土の神(出生地の守り神)として古くから村人から信仰されてきたと伝えられ、また、神社に関する面白い風習があったようです。

子供が生まれるとお参りに来て神主の祈願を受け(宮参り)、男子の額には「大」、女子には「小」という字を朱色で書いてもらい、鼻を摘んでもらう風習があったということです。
また、その昔、松尾大社の還幸祭の夜には、この地の子供たちが、武御前の神輿と称して白木で新たに造られた神輿を桂川まで担いで川に捨てるふりをした後、再び西七条の御旅所まで持ち帰ったということです。
さらに、古くは、神輿を夜間に桂川に捨てた翌日、神輿を壊してその木片を厠(トイレ)に挿して、疫病封じの呪いとする風習もあったと伝えられているということです。


その後、松尾武御前神輿が、明治十九年(1886)五月に新たに造立されました。昭和四十五年(1970)までは還幸祭の翌日、子供たちが眠っている間に親神輿が本社に還り、その後で巡行していたことから「居眠り神輿」と呼ばれ、子供たちは威勢良く神輿を担いで西七条近郷を巡行し、大いに歓迎されて賑わったということです。その後、一旦巡行は中断するものの、昭和五十三年(1978)に復活して、現在では、奉納された金柑を神主が撒いて延命息災を祈り、親神輿が御旅所に鎮座している日曜日に西七条一帯を巡行するということです。

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