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今回は、洛西の観光名所として知られる松尾大社から鈴虫寺(華厳寺)に向かう途中にある小さなお寺を採り上げます。
西京区松室地家山にある最福寺(さいふくじ)は、開山延朗上人に因んで「延朗堂(えんろうどう)」とも呼ばれています。現在は小さな寺院に過ぎませんが(管理は直ぐ東北に位置する西光寺がされているということです)、かつて洛西の地を代表する大寺院だった最福寺の名跡を現在に伝えています。
最福寺は、平安時代末期の安元二年(1176)に、当時を代表する高僧の一人だった延朗(えんろう)上人が建立した寺院で、「谷ヶ堂(たにがどう)」の通称で知られていました。
寺院の案内板によると、松尾谷ヶ堂西福寺の開山・延朗上人については、「元享釋書」「太平記」「三井寺続燈記」「雨月物語」等に詳しく記されているということで、それらによると、延朗上人は、八幡太郎源義家の孫にあたる源義信(源義親の長子)の長男として但馬国養父郡に誕生しました。上人は幼くして父母を失ったために、元養元年(1144)、十五歳で出家し大和(奈良県)の比曽寺に入ります。その後、近江(滋賀県)の三井寺や比叡山延暦寺で修業し天台密教を極めますが、平治の乱後の三十歳の時、源氏出身ということで平清盛に追われて各地を遊歴し、遠く奥州松島にある廃寺に入りました。そして、安元二年(1176)、四十七歳の頃にようやく帰京し、この松尾山麓に壮大な池を掘って七堂伽藍を建立し、松尾社(松尾大社)の神宮寺として最福寺を創建しました。
「吾妻鏡」によると、その後、源義経が入京し、最福寺の興隆を願って丹波国亀岡篠村庄を寄進しましたが、この篠村庄は、元々、三位中将平重衡の所領で、義経が平家追討の恩賞として拝領したものでした。延朗上人はこの寄進に遠慮しながら、已むなくこれを受けました。そして、村人に阿弥陀如来の名号を唱えて祈る事を勧め、その数に応じて年貢を免除する等の善政を施し、当時流行していた悪病難病の治療のために寺内に浴室を造って病人の看病を行ったともいわれます。(尚、義経が鎌倉幕府から追討された後、上人は篠村庄の辞退を申し出ますが、幕府は文治二年(1186)に上人の以前通りの領有を承認しています) こうして、上人は顕密兼備の名僧として多くの人々から崇敬されて松尾の上人と呼ばれ、承元元年(建永二年 1207)正月十二日に七十九歳で入寂しました
最盛期の最福寺は、多くの堂宇を有し塔頭四十九を数えたと伝えられ、「太平記」は、寺の経蔵には経典七千巻を所蔵したと記し、その景勝を描写して、奇樹怪石を並べた庭園の池の辺には、都卒天の内院を模した四十九院の楼閣が立ち並び、その十二の欄干は、珠玉を天に向けて捧げ、五重の塔は金銀の如く月光に輝き、あたかも極楽浄土の七宝荘厳の姿のようだと記しています。
しかし、南北朝の戦乱が起こり、元弘三年(1333)四月の六波羅探題軍と千種忠顕率いる後醍醐天皇軍が交戦した際に、最福寺は、隣接する浄住寺(じょうじゅうじ)等と共に全山焼失してしました。
その後、再建されるものの、応仁・文明の乱、織田信長の元亀の乱等の兵火に遭って衰退し、江戸時代の享保十二年(1727)十一月には第百十一代・霊元天皇が行幸したという記録もあるようですが、かつての壮大な姿に再建されることは無いままに廃絶し、現在は再建された延朗堂を残すのみとなっています。
この延朗堂には、鎌倉時代の作と伝わる延朗上人坐像(文化財指定)が安置されていて、毎月、延朗上人命日にあたる十二日に開帳されるということです。その他、境内には、延朗上人八百回大遠忌記念として平成十九年(2007)に建立された「さしのべ観音」や宝篋印塔、座禅石や石碑等が点在しています。また、 毎年の二月十一日の夕方には、「延朗上人、さしのべ観音 竹とうろう祭」が行われ、この日は、日没から上人の供養が行なわれ、 願い事等を書いた六百本以上の青竹燈篭を境内に並べて、さしのべ観音をライトアップし、演奏会(フルート、琴、尺八等)や甘酒の接待があるということです。
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ちょっと四国遍路を思い出しました。
2009/5/16(土) 午前 4:58 [ moriizumi arao ]
ご訪問ありがとうございます。パート2の方に、この地区の小さな寺社を連続で掲載したいと思っています。
2009/5/16(土) 午前 10:19 [ hir**i1600 ]
こんばんは。頼まれごとで源満仲を調べておりましたらたどりつきました。このほかに情報があれば教えて下さい。
2010/11/5(金) 午後 11:29 [ - ]
密告堂さん、源満仲については、ミネルヴァの人物叢書が割りと評判いいみたいですね。一般的にはマイナーですが、資料の少ない平安中期の武士の誕生を調べる上では、最重要な人物の一人ですね。
2010/11/17(水) 午後 2:20 [ hir**i1600 ]
ありがとうございます。かなりの発見がありました。
2010/11/17(水) 午後 11:12 [ - ]