京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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阪急電鉄の洛西口駅から、直線で約一.五キロ、樫原廃寺跡(かたぎはらはいじあと 以前にブログパート2に採り上げました)の南にあるのが、福成寺(ふくじょうじ 京都市西京区樫原内垣外町)で、洛西観音霊場の第三十一番札所として信仰を集めています。
小さな寺院ですが、山門を潜ると、苔の美しい本堂前庭が印象的で落ち着いた雰囲気があります。

福成寺(ふくじょうじ)は、山号を宝珠山(ほうじゅさん)という臨済宗建仁寺派の寺院です。
寺伝によると、平城京から長岡京へ遷都した延暦三年(784)、桓武天皇が長岡京の鎮護道場として創建したと伝えられます。当時は多くの塔頭を有する大寺院だったようですが、平安遷都後は徐々に衰退し、南北朝時代に、建仁寺第二十六世・高山慈照(広済禅師 1266〜1343)によって禅宗寺院として再興されました。その後、応仁の乱で焼失し、江戸時代になって復興されました。現在は天保年間(1830〜44)に再建されたと伝わる本堂と権現堂(寺の西側の石段を登った山の中腹にあり)が残ります。
権現堂は、元々は、寺の西側の山にある一本松塚古墳(西京区樫原百々ヶ池・勝後谷・大亀谷にまたがる山城地方最古の古墳(前方後円墳)の一つ)の山上にありましたが、黄金の権現像が朝日を受けて光り、麓の街道を通っていた馬上の武士を落馬させたため、中腹の現在地まで引き摺り下ろされたという伝説があり、ひきずり権現さんとも呼ばれます)


さて、洛西観音霊場の観音は、本尊の十一面観音立像で、藤原時代中期の作とされます。また、同じく藤原時代の像、広済禅師坐像を祀ります。また、裏山の中腹に建つ蔵王権現堂は霊験あらたかなことで知られ、毎月、二月十一日には、年中行事のオコナイ講が行われています。

また、建仁寺の塔頭、霊洞院(京都府京都市東山区大和大路通四条下る四丁目小松町)は、今回の福成寺に関する古文書「福成寺規式(建武五年八月六日)」を所蔵しています。「福成寺規式(建武五年八月六日)」は、福成寺を再興した高山慈照(広済禅師)が、福成寺の寺内で守るべき規則を定めた規式です。規式の内容は、寺内での勤行や坐禅から什物の扱いや問題が起きた時の評議等までの八ヶ条からなり、禅寺の運営を具体的に示す史料として宗教史上、古文書学上において貴重なものとされ、平成十九年(2007)六月に重要文化財に指定されました。

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福成寺の副住職(ドイツ人)が8月の28に訪ねてきました。ヘッドの折れたレスポールの修理にやってこられました。9月2日の日にgいたーを引取りに来られました。車でお寺まで送って行きました。お寺の中に入れてもらい、小一時間話しました。蚊がいっぱいでしたが、梅ジュースありがとう。その日の夕方に、蚊取り線香と缶ビール持っていきました。明日から福山に行くらしいので…。また行きますので、よろしく。

2014/9/3(水) 午後 3:10 [ say*yas*g*99 ]


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