京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

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阪急電鉄の桂駅の南約三百メートルにある革島春日神社(かわしまかすがじんじゃ)を採り上げます(京都市西京区川島玉頭町)
すぐ北にある三宮神社のまずまずの広さのある境内に比べると、こちらは小さな社域の神社に過ぎません。しかし、源氏の流れを汲む名家・革島家がその邸内に代々守り伝えてきた鎮守社と伝えられます。


神社の由緒書によると、革島春日神社は、古来、山城国葛野郡川島荘に祀られてきた神社で、春日大神(建御賀豆智命(たけみかづちのみこと)、伊波比主命(いわいぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ))を祭神とします。また、末社として稲荷社を祀ります。


さて、京都市の南西部にある西京区川島一帯は、平安時代末期には左大臣藤原頼長の荘園で、保元の乱で頼長が没落した後は、七条院(藤原殖子高倉天皇の典侍、後鳥羽天皇の生母)の所領になりました。その後、鎌倉時代には南北に分割され、南部は近衛家の所領となり、革島南庄と呼ばれました。この近衛家の革島南庄を、下司(げし 荘園の実務官・荘官)として代々管理していたのが革島氏でした。

革島氏は、元々は、清和源氏の流れを汲む佐竹氏の一族でしたが、鎌倉時代に関白近衛基通(1160〜1233)の縁故によって、近衛家の荘園、川島荘(革島南庄)の荘官となって、革島姓を名乗り、後に地頭としてこの地を領有するようになったということです。このため、近衛家の祖、藤原氏の氏神として春日神社を荘園の守護神としたと考えられています。

鎌倉時代以降現代まで同一地域に土着し続けた歴史的に稀な一族、革島家に伝わった古文書類は、千六百三十点を数え、鎌倉時代から明治に至る川島荘の歴史を物語る貴重な資料として、現在は革島家から京都府立総合資料館に寄贈され、平成十五年(2003)度に重要文化財に指定されているということです。

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