京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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阪急電鉄の桂駅西口から直線で約五百メートル、市街地の住宅に囲まれた小さな寺院があります・・これが、洛西観音霊場第二十五番札所の阿弥陀寺です。(京都市西京区桂千代原町)
民家のような建物にびっしりと小さな観音菩薩像が貼り付けられたたいへんユニークなお寺です。


阿弥陀寺は、山号を吉祥山(きっしょうざん)という浄土宗西山深草派の寺院で、本尊として阿弥陀如来像を祀ります。寺伝によると、創建は室町時代で、現在、新京極にある浄土宗西山深草派総本山・誓願寺の第三十九代法・空覚照恵上人が、隠居寺として創建したのが始まりとされます。その後、尼寺となり明治時代に衰退しますが、昭和三十六年(1961)に、先代の赤壁住職が入山して復興しました。

観音巡礼の観音様は、通称、「千代原観音」と呼ばれる、千手千眼観世音菩薩立像です。胎内には化仏の頭部等が納められており、これらは恵心僧都作と伝えられます。また、元々は西山の法華山寺に祀られていたと伝えられます。
(尚、法華山寺は、洛西の歴史を語る上では重要な寺院で、通称「峰ヶ堂」と呼ばれ、室町時代の全盛期には「東の清水寺、西の法華山寺」と言われたほどの大寺院でしたが、丹波方面から京都を伺う勢力が往来する唐櫃越の山上に位置していたため、応仁の乱以降、何度も戦乱に巻き込まれて衰退、廃寺となりました。)

その後、この観音は、観音寺(阿弥陀寺の東、約百五十メートルにある現在の桂小学校付近)に移されましたが、記録によると、観音寺では、正月の十八日に修正会が催され、かつては通過儀礼的な役割もあった西国巡礼の若者達が観音講を行うなど、千代原地域でも観音信仰が盛んだったようです。そして、その後、観音寺が廃寺となったために、この観音菩薩像は、当山に奉られるようになったということです。


さて、この千手観音菩薩立像(千代原観音)は、雷除け、悪病除けのご利益があるとされ、堂内には、右に本尊阿弥陀如来像、左に千手観音菩薩立像(千代原観音)が祀られています。また、御詠歌の額は弘化二年(1845)に奉納されたものということです。
また、先代住職は、千手観音菩薩立像(千代原観音)の脇仏の日光、月光菩薩をはじめ二千体余りの観音像を刻んで、境内のところ狭しと安置しました。中には身丈四メートルの車など現代の道具を手に持つ千手観音像もあり、他にも子授け観世音大菩薩、水子供養地蔵尊等々が祀られています。

尚、前回に採り上げた洛西観音霊場第二十二番札所の常楽寺の納経も受け付けています。


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