京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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賀茂川の上流に位置する「西賀茂」と呼ばれる地域は、「大文字五山の送り火」の一つ、「船形(山の名は船山)」のあることで知られている地域です。

この地域の観光寺院としては、正伝寺(しょうでんじ)が有名ですが、正伝寺から北へ約五百メートル新興住宅地の中を北上すると、京都グルフ倶楽部の船山コースの傍に、土塀に五本線が引かれ皇室との関係を伺わせる寺院があります・・これが、霊源寺(れいげんじ)です。
霊源寺は、境内のみ自由で、春は桜、ツツジの名所でもあります。



霊源寺(京都市北区西賀茂北今原町)は、正式には霊源皇寺、山号を清凉山という臨済宗の単立寺院です。江戸時代の寛永十三年(1636 寛永十五年とも)に、第百八代・後水尾上皇の勅願により、仏頂国師(一絲文守、いっしぶんしゅ)上人を開山として創建されました。
また、当初は、霊源庵(れいげんあん)と呼ばれていましたが、寛文六年(1666)に上皇より「清凉山霊源寺」という勅額を贈られ、現在の山号、寺名に改められました。
さらに寛文十一年(1671)には、御所・清涼殿の用材を賜って、仏殿が建立されたと伝えられ、その後も、第百十二代・霊元上皇の勅願所となるなど朝廷の厚い崇敬を受けました。仏殿には、本尊釈迦如来像をはじめ、後水尾上皇、開山・仏頂国師像などを安置しています。山門を入ると、ツツジが多く植えられた小さな庭園があり、左奥の瓦筋塀にある木戸から本堂の前庭に入るようになっています。


また、開山仏頂国師(一絲文守、いっしぶんしゅ)が、江戸時代初期の公家で、岩倉家の祖となった岩倉具堯(いわくらともたか ?〜1633 村上源氏久我家の出身)の子だった関係から、霊源寺は岩倉家の菩提寺ともなり、幕末には、和宮降嫁問題で排斥された岩倉具視が潜伏した寺院としても知られます。



さて、岩倉具視(1825〜83)は、文政八年(1825)九月十五日、公家・堀河康親(後に従二位権中納言)の次男として京都に生まれ、天保九年(1838)八月に下級公家・岩倉具慶の養子となりました。その後、第百二十一代・孝明天皇の侍従となり、安政五年(1858)に、日米修好通商条約を締結した幕府が条約勅許を朝廷に求めると、岩倉は、反対派公卿を結集してこれに強く反対しました。
安政七年(1860)年の井伊直弼の暗殺後は、公武合体を唱え、和宮降嫁の進言者として活躍しましたが、これらの行動が、尊王攘夷派の志士から佐幕派とみなされ、朝廷内の三条実美ら尊王攘夷派公卿からも排斥されることになりました。

尊攘派の圧力で、文久二年(1862)七月、岩倉は孝明天皇の近習を辞職しますが、岩倉排斥の動きは止みませんでした。孝明天皇の信頼も失った岩倉は、八月二十日に蟄居処分となり、さらに、辞官と出家を強制されます。出家した後は、九月半ばに岩倉家菩提寺・霊源寺から西芳寺に移り、十月初旬に洛中からの追放令を受けて洛北岩倉村に隠棲しました。そして、慶応三年(1887)までの約五年間、岩倉村で隠棲しながら諸藩の志士と交流し明治維新の原動力となりました。
現在、霊源寺の山門前には、岩倉具視の旧跡を示す石標があり、境内には、具視の歯牙(しが)塚もあります。


また、平成十年(1998)に、江戸時代に池があったという庭に、建築家の山口隆氏設計による庫裏「透静庵/ Glass Templ」が」が建てられました。
この庫裡は、庭から地下に続く階段の下にあり、天井がガラス張り、全面が白壁というアート空間で、当時内外の建築界で話題になり、平成十三年(2001)には「ベネディクタス国際建築賞」の大賞を受賞しました。当時、数日間のみ特別一般公開されましたが、それを最後に一般公開は行われていません。

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岩倉具視も不遇の時があったんですね。傑作

2010/5/5(水) 午前 4:03 あるく 返信する

ご訪問ありがとうございます。岩倉は蟄居させられたことをかなり恨んでいたようですが、この不遇時代が、政略に長けた維新の中心人物へと成長させたのかもしれませんね。

2010/5/5(水) 午前 9:58 [ hir**i1600 ] 返信する

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初めまして テレビで願徳寺の観音様に癌を直していただいたと言うお話を聞いて入院している方の代わりにお参りしたいと思い、あなたのブログたどりつきました。主人は四国88ケ所6回。京都150ケ寺。西国33ケ寺とお寺参りが好きです時々同行します。岩倉具視は父と同じ名前なので一度お参りしてみたいです。またブログ伺います

2010/12/7(火) 午前 10:58 とんバーバ 返信する

ご訪問ありがとうございます。NHKの仏像番組で願徳寺の話をやっていましたね。私も京都在住にもかかわらず願徳寺を知らなかった両親に是非にと勧めてお参りさせました。京都は国宝仏の数では奈良に及ばないですが、一般観光客にはあまり知られていない法界寺、蟹満寺、観音寺(京田辺)等々地味な何気ないお寺に素晴らしい仏様がありますので、是非多くの方にお参りして欲しいです。

2010/12/7(火) 午後 5:58 [ hir**i1600 ] 返信する

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初めまして。母方の祖父・祖母のお墓が霊源寺にある者です。
今回、小生のブログ(http://ameblo.jp/hah00735/)を書く際にリンクさせていただきました。
貴重な情報をありがとうございます。

2011/9/24(土) 午後 6:11 [ Smoto ] 返信する

ご訪問ありがとうございます。
最近は史跡めぐりより、文献資料を調べることの方が多く、ブログは休眠状態ですが、どうぞ、よろしくお願いします。

2011/10/14(金) 午後 0:28 [ hir**i1600 ] 返信する

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