京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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京都の繁華街、四条河原町から八坂神社に向かって東へ向かうと、最初に出会うお寺が、通称「目疾(めやみ)地蔵」こと仲源寺(ちゅうげんじ)です。
狭い境内の小さなお寺ですが、通行途中で参拝に寄る人も多く、有名な観光名所の少ない四条界隈に位置していることもあって、観光ガイドに掲載されることが多い寺院です。(人通りが多い四条通に面しているため写真を撮るのが難しく、これまでブログ掲載を敬遠してきました)


仲源寺(ちゅうげんじ 京都市東山区四条通大和大路東入ル祇園町南側)は、山号を寿福山という浄土宗寺院で、本尊の丈六の地蔵菩薩坐像は、目疾(めやみ)地蔵と呼ばれ、眼病に霊験があるとして広く信仰されています。また、収蔵庫に祀られている千手観音菩薩立像は、平安時代の作で国重要文化財に指定されています。また、この観音像は洛陽三十三所観音霊場の第十六番札所にもなっています。


仲源寺の創建には諸説あるようですが、平安時代中期の治安二年(1022)に、仏師として有名な定朝(じょうちょう)が、四条大橋の北東に建てた一堂に自作の木造地蔵菩薩像を祀ったのが始まりとも、土中に埋まっていた地蔵菩薩が掘り出されて、同じく橋の北東の地に安置されたのが始まりとも伝えられます。
(また、元治元年(1864)刊の『花洛名勝図会』は、仲源寺についての記載が多いのですが、この寺は、大和大路四条の東南角にあり、中間寺或いは仲源寺と記し、開基は不明だが、中国からの渡来系の塩瀬浄因という人物が大壇越として建立したとも言われていると記します)しかし、間もなく、この地蔵堂は荒廃し、地蔵菩薩像が鴨川の河原付近に人知れず残されていたようです。

その後、鎌倉時代の後堀河天皇の時代、安貞二年(1228)秋八月、台風の影響で鴨川が洪水となったため、朝廷から洪水対策を担当する防鴨河使(ぼうかし)に任じられた勢多判官・中原為兼(せたのはんがん・なかはらためかね)が、四条河原に祀られていたこの地蔵尊を知って、止雨を祈願したところ、雨が止み洪水も治まったと伝えられます。
そこで、荒廃していた地蔵堂は、中原為兼の名字に人と水を添えて、「仲源寺」と称した寺院として再興され、霊験あらたかな「雨止(あめやみ)地蔵菩薩」として後堀河天皇の勅願寺となったとされます。(『花洛名勝図会』は、この時、中原為兼は、地蔵菩薩の化身の異僧に会い、洪水は人力を持って防ぐのは難しく、この川上北に弁財天を勧請し、また川の南に古代中国の夏国の禹(う)王(恐らく、黄河の治水に成功した聖君という伝承があることからでしょう。)の廟を祀って祭祀を行うようにと指示し、為兼が両社を祀ると、水はたちまち引いて洪水が治まったといわれ、その後、両社は荒廃したという説を記しています。)

また、「雨止み」という名前の由来として、近くの祇園社(現八坂神社)の参詣者等がにわか雨に遭った際、当時は近くに家々も無く田畑の中に仲源寺だけが建っていたことから、寺で雨宿りをして雨の止むのを待つことが多く、いつしか「雨止地蔵」と呼ばれるようになったとも伝えられます。
その後、仲源寺は、豊臣秀吉の時代の天正十三年(1585)に、現在地へと移転しています。


また、別の伝承があります・・・その後、この付近に、地蔵菩薩を熱心に信仰していた老夫婦がありましたが、ある時、夫が失明してしまいます。すると、夢に地蔵菩薩が現れ、仲源寺の井戸の沸き水で目を洗うようにと告げました。早速、お告げ通りに目を洗うと、たちまち目は回復したということです。そして、夫婦が地蔵菩薩にお礼参りをすると、地蔵の右目が朱色に変色し涙が流れていました・・・この、地蔵菩薩が自らの右目に眼病を移して、夫婦を苦しみから救ったという伝承から、いつしか「雨止」から転じ、眼病に御利益がある地蔵菩薩、「目疾(めやみ)地蔵」と呼ばれるようになったとも伝えられます。


さて、「雨奇晴好(うきせいこう)」の額がかかる山門を潜ると、狭い境内の正面に本堂があり、土中から出現したとも、定朝作という伝承もある本尊の丈六(約二百九十センチ)の地蔵菩薩坐像が祀られています。この像は、実際は室町時代の作と考えられていて、梅疾(めやみ)地蔵の名前で知られ、眼病に霊験があるとして現在も多くの参拝者に信仰されています。

また、本堂の地蔵菩薩像の傍には、「山越阿弥陀像」と呼ばれる室町時代の阿弥陀座像があります(江戸時代の名所図会の類では、恵心僧都作と記します)
さらに、現在は本堂右手の収蔵庫(観音堂)に安置されている、同じく丈六(約二百五十センチ)の木像千手観世音菩薩坐像(重要文化財)は、平安時代の作で(春日仏師の作とも、古くは行基作とも伝承)、洛陽三十三所観音巡礼第十六番札所として信仰を集めています。
その他、境内には、天道大日如来、大黒天、妙見大菩薩、道了大権現、水子地蔵尊等が祀られています。

また、仲源寺の年中行事としては、節分会(節分の前・当日)、彼岸会(三月二十三日、九月二十三日)、地蔵会(八月二十三日〜二十四日)、月例祈願会(毎月二十三日)、水子供養会(毎月二十四日)があります。

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四条通に面するこのお寺、一度訪ねたことがあります。
良い意味でも、悪い意味でも、現世利益でそれなりに信心を集めるお寺だと存じます。
そういう意味では、観光社寺ではない。
一方、葬式墓地のお寺でもない。

記事編集著作の際の資料は、どんな方法をされておられますか?
結構大変ですね。
これからも、無理しない範囲でがんばって下さいませ。

2014/5/19(月) 午前 0:47 みぃにゃん 返信する

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