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滋賀県と言えば、名勝「近江八景」が知られています。
日本各地の「○○八景」の元祖的な存在ですが、「近江八景」は、室町時代の明応九年(1500)、南近江の守護大名、六角高頼に招かれて近江に滞在した関白近衛政家が、八つの美しい風景を和歌に詠んだことに始まると伝わります。その後、江戸時代に浮世絵師・安藤広重が、この八景を版画にしたために非常に有名になりました。
実は、元々、中国湖南省にある洞庭湖の名勝を集めた有名な「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」をモデルにしていて、琵琶湖を洞庭湖になぞらえて選定されています。(近衛政家は、招待してくれた六角高頼に感謝するためにも、六角氏の領地の南近江から選んでいるのでしょう。)
「近江八景」ですが・・
○瀬田の唐橋
○比良の暮雪
○三井の晩鐘
○粟津の春嵐
○石山の秋月
○唐崎の夜雨
○堅田の落雁
○矢橋の帰帆
○瀬田の夕照・・・になります。主に現在の大津市内の風景ですね。
近江八景が大津市周辺に偏るため、昭和二十四年(1949)に琵琶湖全体から「琵琶湖八景」が選ばれました。
「琵琶湖八景」
○新雪 賤ヶ岳の大観
○深緑 竹生島の沈影
○月明 彦根の古城
○春色 安土・八幡の水郷
○暁霧 海津大崎の岩礁
○涼風 雄松崎の白汀
○煙雨 比叡の樹林
○夕陽 瀬田・石山の清流・・・になります。
さて、ようやく「瀬田の唐橋」です。
京阪電鉄の唐橋前駅から東へ歩くと約100mでこの橋に出会います。近江八景「瀬田の夕照」、琵琶湖八景「夕陽 瀬田・石山の清流」と両方で選ばれているように、瀬田川に架かる長い橋が、夕日に照らされると琵琶湖屈指の美しさになるということです。
「瀬田の唐橋」の起源は不明ですが、「瀬田橋」「瀬田の長橋」とも呼ばれ、日本書紀にもその名が登場するように、非常に古くから架けられていたようです。京都宇治の宇治橋、京都山崎の山崎橋と共に、「日本三名橋」とも呼ばれてきました。
特に瀬田は、東国から京の都へ入る時は、必ずこの地を通ったという交通や軍事の要衝だったため、「唐橋を制する者は天下を制す」とまで言われたのでした。壬申の乱、恵美押勝の乱、承久の乱、南北朝の興亡等、この地でしばしば戦いが繰り広げられ、その度に、唐橋は破壊と再建を繰り返してきました。
当時、もう少し上流に架けられていたそうですが、織田信長が現在の位置に新しい橋を建設して以来、この位置に落ち着いています。その後も何度か架け替えられた唐橋ですが、現在の鉄筋コンクリート製の橋は、昭和五十四年(1979)に建設されたものです。
木製時代の姿を留めようと、少し反ったクリーム色の欄干に、旧橋の擬宝珠(ぎぼし)を付けた造りになっています。
私も、一度だけ夕方に瀬田の唐橋を見た記憶が有るのですが、機会があれば、もう一度美しさを確認してみたいと思っています。この日は冬の使者のユリカモメがたくさん瀬田川を飛んでいましたよ。
次回も「瀬田の唐橋」から少しだけ
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