京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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上京区出水通六軒町西入ル七番町にある光清寺(こうせいじ)は、これまでにも幾つか採り上げてきました「出水の七不思議」の一つ、「浮かれ猫の」絵馬で知られるお寺です。また昭和を代表する作庭家・庭園研究家として有名な重森三玲による庭園があるので重森の庭に興味がある人にも興味深いかもしれません。


光清寺は、山号を心和山という臨済宗建仁寺派の寺院です。寛文九年(1669)、伏見宮貞致親王が生母・慈眼院殿心和光清尼の菩提を弔うために杲山(こうざん)上人を開山として創建されました。創建当時は天台・真言・華厳・禅の四宗兼学で声実庵(せいじつあん)と称していましたが、宝永三年(1706)に火災により堂宇を焼失し、伏見宮永親王によって再建されました。この再建の際に伏見宮家の生母の法名「心和光清尼」から、心和山光清寺と改められました。光清寺はこの伏見宮との縁により無本寺格として宮準門跡に列せられ、明治初年に臨済宗建仁寺派寺院に属しました。
本堂には慈覚大師円仁作と伝える観世音菩薩立像が安置されています。また弁天堂は旧伏見宮邸より移築されたものです。また当寺は明治維新の元勲岩倉具視で知られる岩倉家の菩提寺で、先祖の恒具(1701〜1760)他三十の墓があるということです。



さて、弁天堂の南側に掲げられている絵馬には、かすかに猫が描かれていて、「出水の七不思議」のひとつに数えられる「浮かれ猫」の不思議な伝説が伝わります。
この伝説に関して、鎮守堂(弁天堂)に説明書きが掲載されていますので、引用させていただきたいと思います・・・この牡丹に三毛猫の絵という変った絵馬は、江戸時代から掲げられていて、江戸時代の後期、近所にあった遊廓から三味線の音が聞こえてくると、誘われるように絵馬の猫が浮かれ出して女性の姿になって踊り始めたということです。(江戸時代末期から付近の五番町には、水上勉の小説で映画化もされた「五番町夕霧楼」で知られるように遊郭が建ち並んでいました)それを見た人がいて、大騒ぎとなったことから、当時の住職が不快に思って法力で浮かれ猫を絵馬に閉じ込め金網をかけてしまいました。

その夜、衣冠束帯姿の立派な武士が住職の夢に現れ、「私は絵馬の猫の化身だが、あなたに封じ込められて苦しくて仕方が無い。今後は世間を騒がすことは決してしないので、許してもらえないか」と嘆願します。住職は哀れに思って法力を解いて金網を外したということです。
お寺の解説文には、明治時代までお寺の周りには民家も殆んど無く、江戸時代には千本通りから西のこの辺りは立ち並ぶ寺院以外には畑や薮が広がっていたことから、遊里がほど近く、夜はひっそりとして深い闇が広がる寺町街が、「浮かれ猫」をはじめ「出水七不思議」のような怪談奇談を生み出したのかもしれないと記されています。


さて、重森三玲の作庭の庭は、これまでも東福寺方丈庭園、東福寺光明院庭園、大徳寺瑞峯院庭園、東福寺龍吟庵庭園、重森三玲邸庭園、松尾大社庭園等を採り上げてきましたが、光清寺には玄関前庭として「心月庭」、本堂前庭として「心和の庭」があります。(尚、今回は、時間が無く、「心和の庭」は門のの横から覗かせていただいた写真を掲載します。次回はお寺にお願いして本堂正面から見させていただきたいと思っています。)

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中京区六角通大宮西入ル三条大宮町にある善想寺は、門前の地蔵堂に安置されている地蔵菩薩(洛陽第六番地蔵尊)が「泥足地蔵(どろあしじぞう)」、「汗出地蔵(あせだしじぞう)」として親しまれている浄土宗寺院です。(お寺のHPを引用させていただいて書いてみます。)


善想寺は、室町時代末期の天文十一年(1542)、藤原家一族の子孫、想阿善悦上人によって創建されましたが、間もなく戦国時代の兵火によって焼亡してしまいます。その後、孫弟子にあたる正誉法春上人が、天正十年(1582)、二十五歳の時に、豊臣秀吉の召に応じて入京して、同年六月の大徳寺内の総見院における織田信長の葬儀にも加わって法要を営みました。こうして秀吉の知遇を得た法春上人は、同年(1582)十月に、大宮六角の現在地に善想寺を再興しました。
尚、この地は平安時代には藤原家の本宅に当る三条殿があった地でもあり、天元三年(980)の御所焼失後に仮御所となった四条後院の跡地でもありました。その後は、室町時代中期まで地蔵菩薩を本尊とする星光寺という大寺の境内地になり、その後の戦乱の時代を経て、善想寺が再興されて現在に至ります。


さて、現在の本堂は、江戸時代の文政年間(1818〜1829)の再建で、その際に御所より菊御紋と本堂内陣の御簾(みす)等を賜っています。本堂には快慶作とも伝わる本尊・阿弥陀如来像を、また山門前の地蔵堂には伝教大師最澄の自作と伝えられる地蔵菩薩像(泥足地蔵・汗出地蔵)を祀ります。(尚、この両仏の前には御神鏡が祀られていて神仏習合の信仰を表しているということです。)

「泥足地蔵」、「汗出地蔵」の通称のある地蔵菩薩像は伝教大師最澄が一刀三礼で刻んだ霊像と伝えられ、元々最澄の故郷、近江国(滋賀県)坂本に長く祀られていました。
「泥足地蔵」の通称名の由来です・・・・・・・地蔵菩薩像がまだ近江坂本に祀られていた頃のことです。或る年、旱魃で田の水が涸れて苗の植付けも出来ませんでした。百姓らはどうすることも出来ずただ嘆き悲しむだけでした。その中で、地蔵菩薩を常日頃深く信仰していた作兵衛という男が、人々にも勧めて三日三夜、地蔵菩薩に祈念をしたところ、忽ち大雨が降って田に一杯の水で満たされました。
百姓たちは我先にと苗を植付けましたが、作兵衛は折悪しく腹痛が起こって寝込んだために植付けが出来ません。そこで村人一同は相談して、明日は作兵衛の田を皆で植えてやろうと話し合いました。ところが、翌朝作兵衛の田へ行ってみると、田植えは既に終わっていたのでした。

驚いている百姓たちに、近所の或る人が、夕暮れに一人の僧侶が田植えしていたのを見たと言います。あまりに不思議なので一同が地蔵堂へ行ってみますと、地蔵菩薩像が腰から足に掛けて一面泥まみれになっていたので、このお地蔵様が田植えをしてくださったと判り、以来「泥足地蔵」「田植地蔵」等と呼ばれ信仰する人が増えたということです。
そして、天正十五年(1587)三月、開山の正誉法春上人がこの寺に地蔵菩薩を迎えて、人々にお参りし易いように山門横に地蔵堂を建造し、以来、現在まで誰でも信仰を集めています。



さて、「泥足地蔵」が現在地へ祀られた後の江戸時代の文化五年(1808)秋、今度は「汗出地蔵」の通称の由来となった不思議な出来事が起こりました。
堺町(現中京区堺町通)に勘兵衛という人がいましたが、その妻が非常な難産で、産気づいてから十二日間も昼夜苦しんでも生まれません。近所の在る人から教えられて、勘兵衛がこの地蔵菩薩に一日一夜記念したところ、家から安産の知らせが届きました。勘兵衛がお地蔵さんにお礼を申し上げてお顔を見ると、お顔一面に玉のような汗が流れていました。以来、「汗出地蔵」とも呼ばれるようになったということです。今でも妊婦の苦しみを引き受けてくださるとお地蔵様として安産祈願のご利益があるとして信仰を集めています。
その他にも、夜半に善想寺の和尚に地蔵菩薩の夢のお告げがあり、驚いて跳ね起きると、台所から煙が出ていて無事に消し止める事が出来た話等多くの信仰を集めてきたエピソードがあるということです。



また、境内裏の墓地入口には、善想寺境内地から出土した鎌倉時代初期の作とされる大きな阿弥陀如来石仏が安置されています。
また墓地には、華道家元池坊宗匠歴代の墓碑があります。三十二世二代目専好(専朝)が万治元年(1658)に当墓地に葬られて以来、明治四十一年(1908)の第四十二世正師までの歴代家元が祀られているということです。寛永年間(1624〜43)に後水尾天皇の勅許により法橋となった二代専好は、「立花大全」を著し、立花の芸術を宮中から一般にまで広めた立花中興の祖でもあり名人と称されました。また十八世紀前半の元文・寛保(1736〜42)頃に、立花から生花(しょうか)としての形が定着しました。この頃活躍した第三十六世・三十八世となった専純や四十世専定は生花を大成させ、近代いけばなの名匠として知られます。また、孝明、明治の両天皇から愛された京都相撲の名横綱「兜潟弥吉」の墓碑もあります。

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