京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

イメージ 15

イメージ 16

イメージ 17

イメージ 18

イメージ 19

イメージ 20

イメージ 21

イメージ 22

イメージ 23

イメージ 24

千本釈迦堂(大報恩寺)については、かなり前にお盆の風景として少しだけ採り上げましたが、まだ一度もきちんと書いていませんでした。千本釈迦堂(大報恩寺)が一番華やいで見える季節、春の「阿亀桜(おかめ桜)」の様子を中心に掲載してみます。


上京区七本松通今出川上る溝前町にある大報恩寺(だいほうおんじ)は、正式には、瑞応山千本釈迦堂大報恩寺という真言宗智山派の寺院で、かつては千本通に境内東面を接していたことから、通称の千本釈迦堂(せんぼんしゃかどう)の名前で広く親しまれています。
新西国三十三箇所十六番札所、京都十三仏霊場第八番札所、ぼけ封じ及び近畿十楽観音霊場第二番札所ということもあって、境内には庶民的な親しみやすい雰囲気が漂っていますが、京都市内最古という国宝の本堂をはじめとする文化財的にも第一級の寺院といえます。



千本釈迦堂(大報恩寺)は、鎌倉時代の承久3年(1221)、義空上人(ぎくう 号は求法(ぐほう)上人)によって創建されました。開山の義空上人は、奥州藤原氏の三代目・藤原秀衡の孫と伝えられる人物で、承安二年(1172)に出羽国千福里で誕生しました。この時、上人の母が薬師如来に祈って、日輪を飲む夢を見て懐妊したと伝わります。文治二年(1186)、十五歳で鎌倉の月輪坊阿闍梨(げつりんぼうあじゃり)の童子役となり、十九歳で剃髪、鶴岡八幡宮のお告げによって比叡山比叡山で澄憲(ちょうけん)上人に師事して倶舎、天台、真言の三学を会得しました。
そして、十数年の後の承久元年(1219)に、現在の千本の地をこれら三学の道場と定め、中納言猫間光隆(藤原光隆)の家臣、岸高という人物から自邸の土地の寄進を受け、承久三年(1221)に仮本堂を建立し仏像(釈迦如来像と十大弟子像を)を安置しました。これが千本釈迦堂(大報恩寺)のはじまりです。その後、貞応二年(1223)、大堂建立に着手し、安貞元年(1227)十二月に上棟されました。(上棟の事は、義空上人自筆の国宝棟木願文に記載されています。)


この伽藍造営は、たいへんな大工事だったようで、造営に関して寺の縁起に以下のような物語が伝えられます・・・大本堂造営の際、大光柱(大黒柱)にする木材が見つからず工事は停頓していました。
その頃、摂津尼崎の富裕な材木商「成金」の夢に、金色白眉の老僧が現れ、「洛中に一大精舎が建立されようとしている。お前の持つ巨木中に大光柱(大黒柱)とすべき木がある。是非とも提供して欲しい」と語ります。夢の中で成金が申し出に応じたところ、老僧は直ちに巨木の頭に「大報恩寺」という刻印を打って去りました。夢が覚めた成金が不思議なことだと思って材木を調べてみると、正に大報恩寺の刻印が打たれた木材を発見。翌日、寺院を訪れたところ、夢の老僧は、仮本堂に安置された釈迦十大弟子の迦葉(かしょう)尊者であったことから、成金はたいへん感動してその材木を寄進したということです。

こうして完成した寺院は、嘉禎元年(1235)に、倶舎・天台・真言三宗兼学の道場として勅許を受けました。尚、義空上人は仁治二年(1241)四月に七十歳で亡くなっています。
その後、堂場として隆盛を極め、徒然草にも登場する千本釈迦堂(大報恩寺)は、応仁の乱の兵火等で堂宇を焼失しましたが、本堂(釈迦堂)だけは奇跡的に焼失を逃れました。
そして、この本堂は、京洛(旧京都市内)に現存する最古の仏堂建築、鎌倉時代の貴重な遺構として国宝に指定されています。

国宝らしい風格あるこの巨大な堂々とした建物は、梁行五間・梁間六間(正面24.30m、側面28m)の入母屋造檜皮葺の寝殿造りで、内部は外陣・内陣に分かれ、さらに内陣に四天柱に囲まれた内々陣が設けられています。(内々陣の本尊厨子、天蓋、本堂来迎板壁画も国宝指定です。)
また内陣の柱には刀・槍の傷跡が見られます。これは応仁の乱時代の傷跡と伝えられ、この辺りは西軍側の陣地のあった場所でしたが、東西両軍の手厚き庇護のもと、特に西軍の将、山名宗全の特別のはからいで、この本堂が残されたとも伝わります。
堂内には、快慶の高弟・行快唯一の作と伝わる秘仏の本尊釈迦如来像(重文)を安置しています。




次回は本堂に飾られたおかめグッズから、「阿亀塚(おかめ塚)」その他境内の様子を掲載します。

全1ページ

[1]


.
hir**i1600
hir**i1600
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事