京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

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今回は左京区上高野にある崇導神社(すどうじんじゃ)に関する二つの史跡です。
(尚、崇導神社については、前に少し書きましたが、好きな史跡なので今後書き直して「京都を感じる日々★古今往来Part2」というもうひとつのブログの方に掲載したいと思います。)


左京区上高野小野町には、小さな森があって「おかいらの森」と呼ばれています。
この面白い名前は、「お瓦の森」が転じたもので、水田に囲まれたこの小丘を中心に明治以来多くの瓦が出土したことに由来するものです。
瓦を多数用いた寺院跡ではないかという説もあったそうですが、近年(2004年)この地の調査が行われ、大量の瓦の他に平安時代中期と推定される瓦窯跡が出土しました。また、この地から出土した瓦と同じ型で作られた瓦が平安宮跡からも見つかったことから、この地は「延喜式」に記されている「小野瓦屋」に関する平安京造営瓦窯跡と考えられています。さらに、この小山(おかいらの森)全体が人工的に作られた積土による丘であることも判明し、瓦生産の際に壊れた瓦や焼土、灰や炭などが捨てられ体積したものと考えられます。
また、この地は、崇道神社の御旅所にもなっていて立ち入りは禁止されています。



さて、「おかいらの森」から東南、上高野大明神町にあるのが「伊多太神社址」です。

この伊多太神社というのは、上高野地域の最古の神社といわれ、崇道神社と三宅八幡宮というこの地区の二大神社よりも由緒ある神社だったようです。(また、三宅八幡宮は、伊多太神社の境内末社だったともいわれ、その前身だったという説もあるということです。)応仁の乱で焼失して衰退しますが、明治十六年(1883)に再興され、明治四十一年(1908)に崇導神社に合祀され、その跡地には鳥居と「延喜式内社伊多太大社旧跡」という石標が建てられています。
伊多太神社は、「伊多太(いたた=痛)」という名前から、現在は痛み解消に霊験がある神として信仰されていますが、元々は「湯立て」から転じた「いたて(いだて)」だったとされます。そして、全国にある「いたて(いだて)」と読まれる「伊達」「伊太氏」「躬楯」などの祭神と同系の出雲系農耕神だったと考えられているようです。

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