京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1

写真容量の関係で、過去の記事をかなり削除していますが、よろしくお願いします。

大原・八瀬・岩倉他

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8月15日と16日には、五山の送り火のある「妙法」の間の山にある湧泉寺(ゆうせんじ)の境内で、京都市の無形民俗文化財に指定されている「題目踊り」と「さし踊り」が行われました。


日本最古の盆踊りといわれる、「題目踊り」について・・


時代は鎌倉末期、京都松ヶ崎の地に、平安時代から続く歓喜寺という天台宗に属するお寺があったそうですが、その歓喜寺の僧侶、実眼という人物が、ある夜夢を見ました。
夢の中で、白狐に乗った翁が現れ、「そなたは、洛中へ行って、日輪の像を拝みなさい。」と言って消えたそうです。
不思議に思った実眼が、翌日洛中に行ってみると、説法をしている一人の僧がいます。名前を尋ねると日蓮宗の僧で日像という名でした。実眼はこれこそ日輪の像だと思い、日像の説法を熱心に聞いて、大変感動します。そして、それまで信じていた天台宗を捨てて、日蓮宗を信じるようになったのです。
(この伝説は、日蓮宗が京都に広まる過程を劇的に表したような気がします。)


さっそく実眼は、松ヶ崎村の村人にも日蓮宗の教えを説きましたが、村人はなかなか受け入れようとしません。そこで、実眼は日像を寺に招いて、二夜三日説法をしてもらいました。
すると500人ほどの村人が、その教えに感心して全員改宗したのでした。
村人が全員改宗したのを知った実眼は、喜びのあまり太鼓を打ち、「南無妙法蓮華経」と唱えました。すると、村人も次々と「南無妙法蓮華経」と唱えながら踊ったということで、これが「題目踊り」の始まりと言われていて、徳治二年(1307)7月16日のことだったと伝えられています。




これが、日本の盆踊りの誕生物語だそうで、昔は毎年7月15、16日の両日行われていましたが、明治になってからは8月15、16日に行われているようです。



その後、歓喜寺は、妙泉寺と名を改めます。戦国時代には、日蓮宗と一向宗が激突した天文法華の乱によって寺は一旦焼失しますが、豊臣秀吉が再興し、大正7年(1918)近くの本涌寺と合併して現在の涌泉寺となったということで、もちろん日蓮宗のお寺です。
一方、「松ヶ崎題目踊り」として知られるようになったこの踊りは、戦国時代には京都市中にもしばしば出かけて行って踊ったそうで、江戸時代初期の後水尾上皇も見物に行幸されたというからかなりの有名な踊りだったようです。京都の風俗を描いた「宝永花洛細見図」にも、踊りの様子が描かれていますが、花笠を被っている姿で、現在よりも華やかなものだったようです。




さて、「松ヶ崎の題目踊り」は、16日は五山送り火の終了後の午後9時開始だそうで、妙法を見たついでに寄ることにしました。(15日は午後8時開始)
私は、初めてで、その上夜間でもあり、山道が少し不安でしたが、松ヶ崎小学校の東側の道から結構な人数が山に向かって歩いて行きます。後について坂道を登るとすぐ湧泉寺に到着しました。




午後9時、地元の方達が集まって、いよいよスタートです。
まず、境内の中央には2つの大太鼓が置かれ、2人の方が太鼓担当です。その両側には、男女の2列(ご高齢の方多し)が円陣となって、太鼓の合図で「南無妙法蓮華経」と独特の題目を唱えはじめます。
この節回しが耳に心地よいです。
(題目踊は音頭が優雅なので、見る踊りではなく、聞く踊りだといわれているそうです。)



その周りでは、地元の人たち50人程でしょうか、輪になって踊ります。妙法が描かれた揃いの浴衣で、女性は腰に前垂れ、たすき掛けをしています。踊り手はうちわを上下に回しながら、体を前後に屈伸しながら踊ります。ゆっくりと単調で、すぐ誰でも出来る素朴なものです。女の人は両手で扇を持つのでうつむきながら、男の人は片手に扇、片手を腰に置いて背筋が立っています。



少し休憩を挟んで、この地域の盆踊りの一種「さし踊り」も踊られます。
今度はやぐらを中央に据えて、男衆8〜10人ほどが中央でお囃子、周囲で踊り手が踊ります。踊り手の中には、拍子木を鳴らす方がいて、大きな音が周囲の山に響いていました。
こちらは少し盆踊りらしい感じですが、個人的には「題目踊り」の「南無妙法蓮華経」の独特の節回しが印象的でした。



ローカル局だと思いますが、テレビカメラが2、3台入っていました。最近は、私のようにカメラ撮影に来る人や、遠くから見物に来る人も増えてきたらしいです。
小さな可愛い子供さんや、浴衣の似合う女子中高生も参加していますので、どうもカメラはその辺りを狙いがちな感じでした。(踊りの前、主催する方が、テレビクルーに、若い人を撮影するより、出来るだけお年寄りを撮ってあげてくださいと言っていました。)
見物客はざっと300人程度でしょうか、外国人の方も、飛び入りで参加して踊っていました。



集まっていた人の話をそれとなく聞いていると、やはり初日の15日の午後8時開始の方が、踊りにもパワーがあって見物客も多いようです。16日は少し短い感じです。(実質1時間程度でした)
私も機会があれば、この盆踊りの元祖を初日15日にもう一度訪ねてみたいと思いました。


写真はフラッシュ無しで、雰囲気を出せるか撮影しましたが、やはり失敗という感じです。

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今日は五山の送り火です。毎年多くの観光客が来る、京都のお盆のメイン行事です。


五山の送り火を何所で見るか?これは毎年の悩みでもあります。

基本的には、現在は五山を全て見られる場所は無いようです。(あっても小さく見えるだけでしょう)
数多くの送り火が見える場所としては、船岡山公園(左大文字、船形、妙・法、大文字)、将軍塚(妙・法、左大文字、船形)などが知られています。
市内各ホテル、京都タワ−、京都駅ビル、二条城駅など遠くから見るのも良いのですが、街中に出かけて行って、毎年色々な場所で見る方が印象深いと思います。



単独での、五山の見物スポットと良く言われているのは・・

大文字・・・高い山なので、遠くから広い範囲で見えます。
賀茂川〜鴨川沿いならだいたい広い範囲で見られます。特に、出町柳付近は有名です。
賀茂川の御園橋〜鴨川の今出川〜丸太町付近の堤防全域、北山橋、高野橋、松ヶ崎駅付近など。
ただし、写真に撮ると望遠レンズで無ければ小さい画像になります。
大きな画像は、やはりもう少し山に近づいて、吉田山山頂付近、一番接近して、銀閣寺道交差点付近。



妙・・・低い山で、かなり接近できるので、大きな画像での撮影も簡単です。
北山通のノートルダム女学院付近〜宝ヶ池公園・宝ヶ池教習所付近〜松ヶ崎駅付近の広い範囲で見られます。山のすぐ前が開けているため、最も接近して見ることが出来る送り火かもしれません。



法・・・低い山ですが、開けた北山通沿いなので撮影も簡単。
高野川沿い堤防の松ヶ崎橋〜高野橋付近、北山通の京都工芸繊維大学グラウンド付近など。「妙」に比べると、山のすぐ脇まで住宅がありますので、あまり近づくと見える範囲が狭くなります。



船形・・・低い山で、賀茂川側を向いているので、障害物が少なく大きな画像で撮影出来ます。
西賀茂付近は高い住宅が少ないので広範囲で楽しめます。賀茂川の北山大橋〜御園橋付近から北西に向かう堤防、北山通西、松ヶ崎付近。賀茂川沿いの樹木のみが邪魔ぐらいです。



左大文字・・・低い山で少し見える範囲がありますが、大き目の画像で撮影も出来ます。
金閣寺付近〜西大路通沿い〜西院までの範囲、若干障害物がある場所もあるので、少し距離をとると良く見えます。



鳥居形・・・低い山で、西部限定という見える範囲がありますが、大き目の画像で撮影出来ます。
嵯峨野の清凉寺北側付近、広沢池、桂川の松尾橋付近。他の五山から離れた位置のため、同時に見るのは難しいですが、広沢池や渡月橋の灯籠流しとセットで楽しめる意味で単独で見たい場所です。


といった感じでしょうか?



さて、私は、近年は銀閣寺道の交差点で「大文字」を見て、その帰りに「法」を見ることが多かったのですが、今年は「妙」と「法」に出来るだけ近づいて見ることにしました。
私の安物デジカメでは、かなり接近しないと撮影出来ないからです。



そこで北大路バスターミナルから、賀茂川沿いに北上しました。
北山大橋から北数十m付近で「船形」の絶景ポイントを発見するも、心を鬼にして「妙」と「法」に集中することにしました。
五山の送り火は、「二兎を追うもの一兎を得ず」みたいなところがあって、順番に大体5〜10分おきに点火、約20〜25分で消えてしまいますので、一度に多くを近くで見るのは不可能です。
交通規制もあり車では難しく、五山全部を巡るバスツアーが、思わぬ渋滞で半分見られなかったなどという悲しいお話もあるぐらいです。


やはり、数年間かけてになりますが、五山を全て近くで見たいものです。
感動が違うと思います。



さて、とり合えず、「妙法」付近を徘徊して、ベストポイントを探しました。
「妙」のベストポイントはすぐ決定。宝ヶ池公園か宝ヶ池教習所です。
これ以上の場所は無いでしょう。山のすぐ前に、公園と教習所という広い空間があって、数百人ぐらい収容できるスペースになっています。



さて、これからが問題です。
ここから、「法」の撮影ポイントまで徒歩でどれくらいかかるのか?
「妙」と「法」は同時点火で、約20分で燃え尽きるので、両方見るには、徒歩約10分程度が理想です。そこで時間を計りながら、早足で北山通から1本入った道を東進。
家電量販店の裏側に良い場所を発見しました。



「法」文字の下が少しだけ欠けますが、これ以上山に近づけば、送り火が隠れてしまい、またこれ以上遠ざかれば、同時点火の「妙」と一緒に見るのは、距離的に困難というギリギリの徒歩12分間隔の場所です。少し左からのアングルですが、両方近くで見るにはここしか有りません。
(「法」単独の撮影ポイントは高野川方面に良い場所があるのですが、それでは「妙」はまったく見られません。)
今回は「妙」の方が、人気が有り見物客も多いようなので、やはり「妙」を優先することにして、再び戻って、宝ヶ池教習所内に入って最前列に場所を確保しました。



そしてなんとか撮影したのがこの写真です。
午後8時10分、「妙」に松明が一斉に点火されると、周辺の数百人の見物客から「オオッ!」と大歓声があがりました。しかし、私は「妙」をじっくり見ていたのは1分以内。ただちに、人を掻き分けて歩きました。そして、「法」までたどり着き写真を撮ると、5分後にはもう消えかかっていました。危なかったです。それでも満足しました。



最後に、観光客の方は、ガイドブック等の情報を鵜呑みにしないで、余裕を持って付近を歩かれることをお勧めします。
五山の送り火のベストポイントとかと書いている場所は、本当にベスト?という場所が多い気がします。
本当の穴場は、ベストポイントから道一筋〜三筋とか入った場所とか、場所の説明が出来ない地点ですね。
付近に行ってから、地元の方に穴場を聞いてみるのも良いかもしれません。(旅行案内所とかは、一般的なことしか言いません。)
観光客がいっぱいの北山通も、一筋北へ入ればすごく良い鑑賞ポイントがあります。
次回、もし送り火を見られる際は、早めに行ってご自分で探してみると良いと思います。


さて、送り火を見た後は、午後9時からの湧泉寺の「松ヶ崎題目踊り」を見学に行きました。次回に。

宝ヶ池

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深泥池とは対照的な、山を挟んだもう一つの池は、宝ヶ池です。


ここ宝ヶ池を囲む背後の山は、8月の五山の送り火の「妙」「法」で知られる山です。宝ヶ池はその裏側ということになります。
まずは国立京都国際会館・・・1966年に日本で最初の国立会議施設として開設された建物で、校倉造り風の当時斬新なデザイン。同年放送開始された「ウルトラマン」で、初代ウルトラマンが怪獣ジャミラと戦った古戦場でもあります。宝ヶ池プリンスホテルについては特にコメント必要なし。まあ地下鉄が通って交通の便が良くなったのは、多分ホテルが出来たお陰でもありますが・・。


さて、宝ヶ池公園です。
宝ヶ池公園は、国際会館を借景として、周囲約2キロの宝ヶ池の周りを遊歩道で散策できる緑に囲まれた公園です。菖蒲園、梅林園、桜の森、野鳥の森、いこいの森等が池の四方に点在しています。
遊歩道は、整備されたジョギングコース有り、野鳥の森への山道有りと、変化をつけています。
とうわけで、宝ヶ池周辺は四季折々の花々が咲くようになっていますので、広い散歩道を楽しむのも良し、ジョギングコースとして活用するも良し、ボート遊びを楽しむのも良し・・。
付近には広い運動公園もあり、京都ではこれほど開放的な公園らしい公園は他に余り無いでしょう。特に桜の季節は人気で多くの人が集まります。

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