京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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先日まで、京都市右京区花園妙心寺町にある臨済宗妙心寺派大本山・妙心寺の塔頭・衡梅院(こうばいいん)で、「京の冬の旅」の特別公開が行われました。(2009年1月10日〜3月18日)
衡梅院は、花園天皇の離宮跡地に建つ妙心寺の塔頭寺院で、応仁の乱で荒廃した妙心寺を再興した第九世・雪江宗深禅師の塔所(はかどころ)になります。妙心寺は一年を通して観光客の多い寺院ですが、衡梅院も十九年振りの公開ということで、多くの方が訪れている様子でした。


さて、衡梅院の創建は、室町時代末期の文明十二年(1480)、妙心寺中興の祖・第九世・雪江宗深(せっこうそうしん 1408〜86)禅師を開山とし、室町幕府管領・細川政元(細川勝元の長男 政元は父勝元の死後、妙心寺全山再興を援助)の外護を受けて創建されました。
また、衡梅院の寺域は、鎌倉時代末期の花園上皇の離宮跡地に当り、妙心寺の開基・花園上皇が離宮を改めて妙心寺を創建した由緒ある地になります。


衡梅院の開山・雪江宗深禅師は、応仁の乱(1467〜77)後、後土御門天皇の勅命を受けて、応仁の乱で全山焼失した妙心寺を再興し、再中興開山(妙心寺六祖)と呼ばれた名僧です。
(尚、妙心寺四派開祖以前の六祖は、妙心寺開山関山慧玄(無相大師)、二祖・授翁宗弼、三祖・無因宗因、四祖(中興開山)日峰宗舜、五祖・義天玄詔、六祖(妙心寺再興)雪江宗深になります。)
そして、文明十八年(1486)に亡くなった禅師の遺命によって衡梅院が塔所とされました。

また、雪江宗深禅師には、景川宗隆(けいせんそうりゅう 1425〜1500 龍泉派祖)禅師、悟渓宗頓(ごけいそうとん 1416〜1500 東海派祖)禅師、特芳禅傑(とくほうぜんけつ 1419〜1506 霊雲派祖)禅師、東陽英朝(とうようえいちょう 1428〜1504 聖澤派祖)禅師といった四人の優れた弟子があり、この四人は妙心寺四派の開祖となって妙心寺発展の基礎となる強固な宗門体制を構築し、妙心寺住持を一期三年で順次交代する輪番制を定めて、妙心寺住持の制度化を図りました。こうして、復興した妙心寺は、現在、全国に約三千四百ヶ寺の末寺を持つ臨済宗妙心寺派大本山へと発展していきます。

その後、衡梅院は一時無住となり衰退しますが、江戸時代初期の慶長九年(1604)に衡梅院の中興となった天秀得全(てんしゅうとくぜん)禅師が、大阪の陣の豊臣方七人衆の一人、真野蔵人一綱(まのくらんどかずつな)の援助を得て再建しました。


現在の本堂は、この時に再建されたもので、昭和四十二年(1967)に重要文化財の指定を受け、五十一年(1976)一月から五十三年(1978)四月まで全面解体修理が行われ慶長の再建当時の禅宗方丈建築が復元されました。方丈(建築面積は、二百二十五.三五平方メートル、六十八.三坪)は、入母屋造柿葺で、内部中央に、内陣・室中を設けて、中央の左側に、「上間一の間、二の間」、右側に「下間一の間、二の間」を配しています。また、上間の間の左隣には「鞘の間」、内陣の裏側には「眠蔵」を設けて住持修行僧の居間として使用されていました。

正面には開山・雪江宗深禅師像を祀り、「下間一の間」以外の全ての五十二枚の墨一色の障壁画は、江戸の宝暦年間(1751〜63 宝暦六年とも)に活躍した狩野派の絵師・大岡春卜(おおおかしゅんぼく)の晩年の筆です。特に、内陣前の「室中の間」は、方丈中心の最も重要な場所でもあることから、春卜の龍虎や獅子は豪壮な迫力ある筆致となっています。その他、「上間二の間」は静寂な楼閣山水図、住職の居室である「上間一の間」は落ち着いた山水図、床の間は一本の松の木を中心として描かれています。

「下間一の間」の十六枚の障壁画は、当事八十六歳だった故・加瀬藤圃(かせとうほ)画伯が、昭和五十二年(1977)三月から六十年(1885)三月にかけて完成させたものです。
妙心寺の歴史をふまえて雪江宗深禅師の業績を十六羅漢図に見立てて描いたもので、禅月流羅漢図の伝統的な筆致に大和絵の手法を加え、禅宗寺院の方丈に似合った重厚で優美なものになっています。

八条間の四面には、それぞれ画題が付けられていて、「竜虎聴聞(りゅうこちょうもん)」は、開山・無相大師(関山慧玄禅師)に擬せられた羅漢に、天子を表す竜と武将を表す虎が法を聴いている姿を、「結集護法(けつじゅうごほう)」は、雪江宗深禅師に擬せられた禅月(中国の禅月貫休(ぜんげつかんきゅう)禅師)風の羅漢を、四派の祖が囲繞(取り囲む)している姿を描いています。

また、「蕉蔭看経(しょういんかんきん)」は、芭蕉の茂る葉陰に羅漢が経典を開いて、あるいは禅定(ぜんじょう さとり)に入っている姿で、歴代の祖師が如法に伝灯を護持している姿を描き、さらに、「善財童子(ぜんざいどうじ)」は、外護者が妙心寺への助力を惜しまなかったことを表していて、特に利貞尼(りていに 室町時代末期の美濃の豪族・斉藤利国の妻、夫の死後妙心寺に帰依し広大な寺地を寺に寄進したことで、現在のような広大な妙心寺境内となりました。)や、真野蔵人一綱の功績を讃えている姿を描いています。


さて、衡梅院の方丈前庭は、江戸時代初期に衡梅院が再建された際に造られたもので、全面を杉苔が覆い、石組と楓の調和が優美な庭となっています。
左奥に滝石組があるように、元々は、一面に白砂が敷かれた枯山水庭園でしたが、その後、自然に苔が生えて、現在のような禅宗寺院としては珍しい優雅な庭となったようです。また、その後楓やナツツバキ等が植えられたことで、新緑期や紅葉期にはたいへん見ごたえがある庭になったということですが、普段は非公開なので、その様子は展示パネルでしか見られないのが残念です。
この庭は、衡梅院が、妙心寺四派(前述したように、雪江禅師の弟子たちが四派の開祖となりました)の源流となった雪江禅師の寺(塔所)であることから、これに因んで「四河一源(しかいちげん)の庭」と名付けられていて、右手奥にある大石が雪江禅師を表しているということです。

また、「四河一源の庭」の左にある、茶室「長法庵(ちょうぼうあん)」は、衡梅院第十八世住職・広堂和尚の夫人が古い茶席を求めて南山城より移築したもので、天井の一部が楠木の一枚皮で張られる珍しいもので、煎茶・抹茶ともに使用できる便利な茶席となっています。

梵鐘(重要美術品 京都国立博物館の妙心寺展に出品中でした)は、江戸時代の寛文十二年(1672)に、衡梅院の第六代住職・妙道和尚が、生母の桂春大姉(後水尾上皇の中宮・東福門院の侍女)の菩提を弔うために鋳造寄進したものとされ、荷葉(蓮の葉)形に姿に緑青が美しいものです。飛雲上に聖観音、十一面観音、馬頭観音、如意輪観音の坐像を半肉に鋳出し、また、撞座も筋弁八弁蓮筆を精美に表し、竜頭も中国風に玉噛み龍を造形するなど美術的にもたいへん貴重なものということです。

その他、衡梅院には、他に投老軒(とうろうけん)、錦嶺軒(きんれいけん)という二つの書院があり、墓地には、衡梅塔(開山・雪江宗深禅師墓)、画聖と呼ばれた明治大正時代の画家・富岡鉄斎の師匠だった中島華陽の墓があります。

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閉じる コメント(3)

こんにちは。
日記には触れられていないのでおそらくとは思いますが、衡梅院蔵で僧形の細川高国自画像は見られましたでしょうか?

2009/3/18(水) 午後 2:53 [ hig*_p*ste2*00 ]

残念ながら、衡梅院ではここに記した襖絵以外に寺宝の公開はありませんでした。応仁の乱以降の細川氏の興亡は結構面白いですね。高国もフィクサーとして活躍した人物ですなので、私も高国像は見たいです。

2009/3/18(水) 午後 9:24 [ hiropi1700 ]

はい、私も見られるものなら是非見たいですね。権力闘争に明け暮れた高国が、せめて余生は安泰に仏道生活を送りたいという気持ちが、あの僧形高国像の安らかな顔に出ているのかもしれませんね。写真で見る限りはですけど…。

そしておっしゃる通り、世間的な認知度はかなり低いかと思われますが、勝元以降の細川管領家の興亡史はかなり面白いですね。
この記事にも出てきますが、特に政元は高校の歴史教科書にも出てこない程度の歴史上の人物なんですけども、あれだけ変な権力者も日本史上稀ではないか、と思う点で私は強く興味をそそられます。

ちなみに高国含む京兆家の人々の自画像の絵巻物は、記事にもあります『妙心寺展』でたぶん見られます(私が東京で見た時は見られました)。ただ江戸時代のもので、そんなに丁寧には描かれてはいないのですが…。(それよりも私の一番の必見は直筆の花園院宸記でしたが…!)
もし行かれていなくて興味がおありならば是非、と思います。

2009/3/19(木) 午後 5:16 [ hig*_p*ste2*00 ]


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