京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

東山区

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新熊野神社その2

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新熊野神社の続きです・・・


さて、新熊野神社の、また地域のシンボル的な存在が、境内の東南隅にある高さ約十九メートル、幹周約六.五メートルの巨大な「大樟(クスノキ)」です。
永暦元年(1160)の新熊野社創建の際、後白河上皇が紀州熊野から移植して、国家鎮護と万民福祉を誓願したお手植えの神木と伝えられ、樹齢は九百年と推定されています。また、熊野の神々が降臨する霊樹「影向(ようごう 影向とは神仏が現われるという意味)の大樟」ともいわれ、健康長寿や病魔退散、中でも、後白河上皇が腹の病を常に煩っていたのが治まったことから「お腹の神様」「安産の守り神」と信仰され、人々から「大樟大権現」「樟龍弁財天」として崇敬されています。
(大樟社の前には、体の悪い個所をさすって、快復祈願する為の「さすり木」が置かれています)そして、この御神木は、市街地に植えられた大樹としては傑出した大きさであることから、京都市指定の天然記念物に指定されています。


また、本殿の左右に植えられているのが御神木「梛・椥(なぎ)」の木です。
「梛」は、中国南部の海南島や台湾等に自生するイヌマキ(マキ科)の雌雄異株の常緑樹で、黒潮に乗って日本の和歌山や四国九州などに定着したと考えられています。
梛は熊野三山等では神木として境内に植えられ、平安末期〜鎌倉初期の歌人・藤原定家も「千早振る 熊野の宮のなぎの葉を 変わらぬ千代のためしにぞ折る」と詠んでいます。また、梛の葉には多くの縦脈があって切れ難いために縁結びの木といわれ、また、実が二つ並んで仲良く実ることから、夫婦円満の目出度い木とされています。そして、同じ定家が「千早振る 遠つ神代の椥の葉を 切りに切りても祓いつるかな」と詠んでいるように、梛には、罪穢・災禍・病魔等を祓う霊験があると信じられ、熊野詣等では道中の安全のお守りや、さらにその名が朝凪・夕凪の「ナギ」に通じることから、船乗りの安全無事のお守りとしても用いられたようです。

新熊野神社も、古来より「梛の宮」とも呼ばれて、かつては、神社周辺は梛の木が茂る深い森だったようです(今熊野椥ノ森町という町名の由来)
新熊野神社の境内には、昭和五十五年(1980)三月十七日に、満二十歳になった浩宮徳仁親王が植樹した樹齢二十年の梛の木があります。また、昭和六十三年(1988)八月十八日、和歌山県観光協会主催による「熊野詣再現セレモニー」が新熊野神社境内で行われ、熊野三山から土と梛が運ばれて大樟と八百年ぶりの対面式が行われ、記念として境内に熊野の土を納め、熊野の梛が植樹されています。(また梛の苗木の配布等もあり、私もこの度無料でいただいてきました。)


境内には、前述した「能楽大成、機縁の地」を記念する謡曲史跡保存会の掲示板や、昭和五十五年(1980)十月に建てられた石碑があります。この石碑は、世阿弥の著書「花鏡」から取られた「能」の一文字を刻んでいて、歴史学者として知られる故林屋辰三郎氏によって記されたものです。

横の碑文には、「王朝の昔から神事や後宴の法楽に演ぜられてきた猿楽が、大和結崎座の大夫観阿弥とその子世阿弥によって今日伝統芸術として親しまれる能にまで仕上げられた」とし、「その端緒となった時は、今から六百余年前の応安七年、場所はここ今熊野の社頭であった」と記します。そして、「古くは八百二十年前の永暦元年、後白河上皇が御願をもって紀伊熊野の森嚴なたたずまいを移されたこの地で、猿楽能を見物した青年将軍足利義満は、当時十二歳の世阿弥の舞容に感銘した。そして世阿弥を通して能の大成を後援し、ついに幕府の式楽として採用したのである。」「現代の能の隆盛につけても、その日のあでやかな世阿弥の風姿を知る老樟の下に往時を追懐し、今熊野猿楽の復興を志す人々が一碑を建立してこの史実を記念することになった」として、「碑銘の文字を世阿弥自筆本花鏡のなかから撰ぶとともに、その由来を録して社頭の繁榮と能の發展を併せ祈願するしだいである」と結ばれています。

また、側にもう一つ平成四年(1992)十月に建立された記念碑があります・・平成四年(1992)が、新熊野社を創建した後白河上皇の八百年正忌(崩御後八百年)、後水尾天皇の中宮・東福門院の御願によって寛文十三年(1663)に新熊野社が再建復興されて三百二十年、また、後白河上皇の御願によって平清盛が紀州熊野三山の神をこの地に勧請してから八百三十年、更に「今熊野勧進猿楽」を三代将軍足利義満の面前で演じた能楽の祖・観阿弥・世阿弥父子、特に猿楽を大成した世阿弥した世阿弥の六百年の年に当たるため、これらを記念する記念大祭を斎行し神幸祭を再興、記念事業として老朽化した拝殿と社務所等の屋根瓦の全面葺き替え工事を施工したことを記念する石碑です。


最後に、年中行事としては、新年祈願祭(一月一日)、左義長神事(一月十二日頃 成人の日)、節分祭(二月三日)、例大祭(神幸祭「新熊野祭」五月五日)、夏越の祓と芽の輪くぐり(六月三十日)、大樟祭(九月十四日頃 中秋の名月の日)、火焚祭(十一月二十三日)、つなかけ祭り(十二月二十三日)、大祓式(十二月三十一日)、新年祈願祭(平成21年)があります。
授与されるお守りとしては、大樟ゆかりの「健康長寿(特にお腹の神様)」、熊野神の化身「八咫烏」、神社境内で能楽の大成者・世阿弥とその保護者・足利義満が始めて出会って、世阿弥が能楽を芸術にまで大成させたことから「芸能上達」、世阿弥と義満との運命的な出会いから、良縁と巡り会う「えんむすび」お守り等があります。

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