京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

右京区

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京都市右京区太秦椙ケ本町・・有名な広隆寺から南へ約三百メートル程度進むと、住宅地に挟まれて空き地のようながらんとした境内の神社があります・・これが市川神社です。
本来なら、コメントする程の神社でもないのですが、境内に由緒書きがあるので引用して書いてみます。

市川神社の祭神は、速秋津日子神 (はやあきつひこのかみ)と速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)で、山王社を合殿として祀ります。
速秋津日子神と速秋津比売神は、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)伊邪那美神(いざなみのかみ)の御子神で、共に海の神、水戸の神で、夫婦神になります。水戸とは、水の出入りする門口、つまり港や河口等を意味していて、かつて、桂川・大堰川が何度も氾濫していたのを渡来系氏族の秦氏が太秦一帯の治水灌漑を行って農業地へと変えた際、水に縁のある二神を秦氏がこの地の守り神として祀ったといわれています。(神社は、その後、貞観十三年(871)四月従五位を授かったとします)そして、やや意味が不明な所がありますが、太秦小字大石中里の神(恐らく市川神社の意)は、山王大権現を祀り、木島神社(蚕の社)祭礼の五社の鉾の二番であるとしています。
ただ、水の神も力が及ばなかったのか、太秦村誌によると、この神社は常に泥沼の中にあって、洪水でいつも水の上に浮かんでいるような様子だったと伝えられます。また、かつては、境内の中央東南に御神木の大杉があって、注連縄が張ってあり大人五名が手を広げても及ばないほど太く、高さは三十メートルあったそうですが、大正時代後期に雷が落ちて枯れてしまったようです。また、現在の神社の形は昭和中期になってからのものということです。



また、市川神社から東南に、西高瀬川に沿って三百メートル程度歩くと、太秦藤ケ森町周辺の鎮守社、春日神社があります。
春日神社の周辺は新興住宅地で、現在も社域の右と後ろに接して住宅建設中なので、春日神社はその内、住宅に埋もれて、現在より見つけるのが難しくなりそうなりそうです。

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