京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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観光名所で溢れる嵯峨野嵐山ですが、大覚寺の西側には空白地帯のように長閑な田園風景が広がり、観光客もほとんど見かけません。この広い地域一帯には、「嵯峨観空寺」という地域名(嵯峨観空寺明水町・岡崎町・久保殿町)が付けられていますが、これはかつてこの地に観空寺(かんくうじ)という大寺院があったことを表しています。

嵯峨嵐山周辺には、観空寺と同じく、大覚寺周辺を「嵯峨大覚寺門前」、天龍寺周辺を「天龍寺」、二尊院周辺を「嵯峨二尊院門前」、清涼寺(嵯峨釈迦堂)周辺を「嵯峨釈迦堂」というような大寺院の名前が取られた地域名が付けられていますが、これらの寺院が現在も観光名所として非常に有名なのに対し、今回の観空寺のみは、その地域名は残っていても実際の寺院はほとんど知られていません。


さて、大覚寺の西の田畑の中に、ぽつんと佇んでいるような小さな御堂のみが残る観空寺(京都市右京区嵯峨観空寺久保殿町)は、真言宗大覚寺派の寺院です。
平安時代の初期に第五十二代嵯峨天皇が創建し、貞観十二年(870)に官寺(定額寺)に指定されて以来、嵯峨天皇の後裔となる嵯峨源氏の菩提寺として信仰されてきたということですが、嵯峨源氏の衰退もあって、その後、中世になると荒廃しました。その後、慶長年間(1596〜1615)に後水尾天皇が一時再建しますが再び衰退して、現在は大覚寺の境外仏堂として、行基作と伝わる大寺院時代の本尊十一面観音像を祀っています。この十一面観音像は、江戸時代には洛西三十三観音巡礼の札所の一つに数えられたこともあったようです。また、江戸時代の住友家初代の住友政友(すみともまさとも)は、かつてこの地に住んで十一面観音を深く信仰していたところ、観音の夢のお告げによって、その後、住友家の財源となる伊予別子銅山を発見したという伝承があるということです。

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