京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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嵐山の渡月橋の東約二百五十メートルの三条清滝道から北上し、清涼寺(嵯峨釈迦堂)の東を通って緩やかに清滝に抜ける道路を「釈迦堂清滝道」といいますが、この釈迦堂清滝道は、途中「京都五山の送り火」の鳥居形のある山として知られる標高約百メートルの曼荼羅山の山裾を通ります。今回は、この曼荼羅山の山裾(嵯峨鳥居本一華表町)にある護法堂弁財天(ごほうどうべんざいてん)の写真を掲載します。

バスの停留所名(護法堂弁財天前)にもなっているように、地元では少しは知られた神社で、「嵯峨の弁天さん」とも呼ばれているようです。特に、紅葉の名所が多い嵯峨野嵐山の中でも、紅葉の隠れた名所として知られます。ここなら訪れる人も少なく、紅葉の名所ゆえの悩み・・紅葉を撮るつもりだったのに多くの観光客が写りこんでそっちの方が目立ってしまった・・といったことは無いかもしれません。


さて、護法堂弁財天に関しては、その来歴等の情報を欠くために詳細は不明です。
ただ、元々はこの地にあった仙翁寺(せんおうじ)の鎮守社だったともいう説もあるようです。ここで、少し仙翁寺について触れてみます・・・この弁財天のある曼荼羅山は、別名、万灯籠山、または仙翁寺山(せんおうじやま)とも呼ばれます。仙翁寺山という名称は、この山に、かつて仙翁寺という寺院があったことに由来していていて、有名な化野念仏寺の北には「嵯峨鳥居本仙翁町」という仙翁寺に因んだ町名が残っています。天明八年(1787)に出版された「拾遺都名所図会」は、仙翁寺は遥か昔、この地に仙人が住んだことから始まり(そこから、仙翁(仙人)の寺として寺名が起こったともいわれます)、その後寺院となったとし、また、「仙翁華」はこの地より作出が始まったと記しています。

この仙翁華=センノウについては、以前に府立植物園に関して書いたときに出てきましたが、中国原産の多年草で、日本には約六百年以上前に渡来したといわれています。室町から江戸時代には、京都では公家が夏の贈答の花や茶花として使っていたという記録があり、当時はかなり普及していたことが伺えますが、栽培が難しいために、京都では仙翁寺が栽培と普及の役割を一手に担っていたともいわれます。(また、センノウは、仙翁寺を創建した仙人「仙翁」が薬草として寺で初めて栽培したという説があります)そして、その後、この仙翁寺が廃絶したために、センノウも絶滅したと考えられていました。しかし、今から十年ほど前、島根県で盆花として使われていることがわかり、関係者の努力によって、この幻の植物を京都府立植物園でも栽培することが可能となり、現在も大切に育てられています。(植物園のセンノウの写真を最後に掲載します)

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以前私もこちらに参って驚いたのですが、下から三番目の写真の鳥居、足が八角柱になっていて大元宮の内宮源鳥居に似ていますね。
そのことを知ってか知らずか、とにかくこの鳥居は奉納社の方の好みなのでしょうね。

2009/6/28(日) 午後 0:02 [ hig*_p*ste2*00 ]

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弁財天女様に感動いたしました

2015/2/9(月) 午後 3:40 [ そろばんかんくげいすず ]


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