京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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左京区東大路通の二条、仁王門付近には多くのお寺が密集していますが、その中でも最も目立つのは、妙伝寺でしょう。(数年前のブログパート1に掲載した記事を引用します。写真は最新のものです。)


左京区東大路二条の東南角にある大きな寺院として知られる妙伝寺(左京区東大路通二条下ル北門前町)は、山号は法鏡山いう日蓮宗一致派本山で、本尊は勧請様式曼荼羅です。

さて、妙伝寺は、室町時代の文明九年(1477)に、日意上人によって創建されました。
日意上人は、元天台僧で、甲府(山梨)の身延山久遠寺十一世・日朝上人に帰依して日蓮宗に改宗し、後に身延山久遠寺十二世となった人物です。日意上人は、関西の法華宗徒が京都から身延山へ参詣することの不便さを考え、本山の身延山から宗祖日蓮上人の真骨(骨舎利)と七面大明神を勧請し、薬屋妙善の帰依を得て妙伝寺を創建しました。そして、これにより妙伝寺は「西身延」「関西身延」と称されるようになりました。

元々は、上京区の一条尻切屋町にあり、その後、四条西洞院に移って日蓮宗二十一ケ本山の一つとして大いに栄えますが、他の本山と共に天文五年(1536)の天文法華の乱で灰燼に帰し、堺に逃れました。永禄元年(1558)に帰洛を許され、西洞院四条下る綾小路に再興します。(現在、妙伝寺町の名前が残ります。)その後、天正十九年(1591)、豊臣秀吉の命により寺町夷川〜竹屋町に移転し、宝永五年(1708)の大火で焼失し、現在の地に移転再建されました。
現在の本堂(桁行5間梁間5間、入母屋造本瓦葺)は、江戸時代の宝暦十四年(1764)に再建されたもので、他に広い境内には、本堂や客殿、庫裏等があります。また、境内の墓地には幕末の七卿落ちの一人で、明治以降は軍人となった四条隆謌(しじょうたかうた)の墓があるということです。

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はじめまして。ご紹介ありがとうございます。
HPを作成しましたので、ご覧になってください。

2015/3/16(月) 午後 2:35 [ 本山妙伝寺 ]


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