京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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京都市東山区清水二丁目、清水寺の山門まで約二百メートルという辺りで産寧坂と清水坂と五条坂という三つの坂が交差する場所があります。
京都観光をした人なら必ず一度は通ったと思われるこの場所の北東角に、小さなお堂が建っています・・・これが、現在は清水寺の境外塔頭となっている来迎院(らいごいん)という小さな寺院で、経書堂(きょうかくどう、きょうしょどう)の名前で知られています。


さて、経書堂こと来迎院の創建年代は不明ですが、中世に成立した清水の花見を主題とした謡曲「熊野(ゆや)」に、「御法の花も開くなる 経書堂はこれかとよ」と謡われていることから、古くから清水寺の参詣道にあって親しまれてきた事が伺われます。

また、江戸時代の天明七年(1787)刊行の「拾遺都名所図会」や元治元年(1864)刊行の「花洛名勝図会」にも記載されていて、それによると、経書堂は、院号を来迎院という真言宗の寺院で、聖徳太子の開基と伝えられ、太子がこの地に来た時に、阿弥陀、観音、勢至の三尊仏が空中に影向するのを拝して草創したということです。
また、この来迎院の僧が、小石を集めて、僧俗(僧侶や俗人)男女の参詣者に法華経や大乗経等の一字を一つの石に書かせて水を注いで諸霊を供養したので、お経を書くお堂という意味の「経書堂」と呼ばれるようになったと伝えられます。本尊は、三尺(約九十センチ)程の聖徳太子自身が彫ったとされる十六歳の太子像で、脇檀に三尊像を安置しているようです。

また、御堂の内部正面、手前に置かれている丸い石は、「願掛け石」、「占い石」とされる「重軽石(おもかるさん)」という玉石で、「疑わしい事があれば信心をこめて伺って、軽く持ち上がれば万事よし。もし持ち上がらなければ明日また、上がるように自ら考えること。」と言い伝えられているということです。

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