京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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丹波国亀山(現京都府亀岡市)は、戦国時代末期に、明智光秀が丹波亀山城を築城して以来、山陰と京都を結ぶ交通拠点として栄えた城下町でした。
そして、今も、JR亀岡駅前の亀山城跡の周辺には、城下町時代の歴史を伝える小さな史跡が点在しています・・今回の大圓寺(だいえんじ)もその一つになります。(以下、亀岡市の案内掲示板等参照)


さて、京都府亀岡市西町にある大圓寺(大円寺)は、正式には「鏡智山瑞雲院大圓寺」という浄土宗知恩院派の寺院で、本堂に本尊阿弥陀如来像を祀ります。

大圓寺(大円寺)は、天文二十二年(1254)九月、室町幕府の第十三代将軍・足利義輝の外護を受けた、専譽周公(専譽秀光 せんよしゅうこう)上人によって創建されました。
創建当初は、保津川の北(確かな所在地は不明)に建てられ、学問所としての性格を備えていたということです。その後、明智光秀が亀山城を中心とした城下町を形成するにあたり、城下の西、穴太道の要衝となる現在地に移されました。また、小早川秀秋が文禄四年(1595)に米弐石を寄進した五箇寺の一つでもあるということです。
その後、寛永二十年(1643)と元禄十二年(1699)の二回の火災に遭って焼失再建を繰り返し、現在の本堂や山門は、宝永七年(1710)に再建されたものです。


平成十二年(2000)に建てられた新しい薬師堂に祀られている薬師如来坐像(亀岡市指定文化財)は、関西地方では非常に珍しい鋳鉄製の仏像で、鎌倉時代(平安時代末期とも)の作と考えられ、定朝様式の表情も穏やかな仏様です。(因みに関東方面には鋳鉄製の仏像は数があるようです)

この鋳鉄薬師如来は、別名を「亀山薬師」と称し、古くから霊験あらたかなる尊像として知られ、元々は、亀岡(亀山)という地名の由来になる小山「亀山」(現亀山城天守閣付近)に祀られていましたが、その地に天守閣が築かれることになった為、一旦追分村に移され、その後大圓寺に移されたものと伝わります。薬師如来像の胎内からは室町時代の応永年中(1394〜1427)の墨書やさらに古い年代と思われる墨書きも見つかっているということです。
また、この薬師如来像と同范(同じ型)で造られたと思われる鉄仏が、京都市右京区山ノ内の念仏寺(通称、水子供養寺 ブログ掲載済み)と、ドイツのケルン東亜美術館に所蔵されているということです。

他に、本堂の左前には、亀岡樹木百二十選の一つに選ばれている「三鈷の松」があります(写真)
一本の松が根元から三本に別れて仏具の三鈷に似ていることから名付けられています。

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