京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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現在、京都古文化保存協会主催の春の京都非公開文化財特別公開が行われています(4月24日〜5月9日)今回公開されている十四の社寺のから、大徳寺塔頭の玉林院を採り上げました。(内部の写真撮影は禁止)
(以下、「拝観の手引」より引用)

臨済宗大徳寺派大本山・大徳寺の塔頭、玉林院(ぎょくりんいん)は、山内の南西、通常公開されていて観光名所として知られる細川家菩提寺・高桐院の南隣に位置しています。
戦国時代の尼子家家臣として知られる山中鹿之助幸盛ゆかりの寺院としても知られますが、当初は、慶長八年(1603)、後陽成天皇の侍医・曲直瀬正琳(まなせしょうりん)が、月岑宗印(げっしんそういん)禅師を開祖として自身の菩提所として創建されました。

また、創建時は曲直瀬正琳の名前から「正琳院(しょうりんいん)」と称しましたが、その後、慶長十四年(1609)に境内の建物が焼失して元和七年(1621)頃までに大部分の建物が再興された際、「琳」の字を削って、「玉林院」に改めたということです。その後、久留米藩有馬氏や大阪の鴻池家等が檀越となり、鴻池家が先祖の山中鹿之助幸盛の墓を作るなどしたことから、山中鹿之助幸盛ゆかりの寺院ともなりました。


現在の本堂は再建当時のもので、大徳寺の塔頭の中では最も規模が大きく近世初期の方丈建築の代表的な建物です。(国重文指定)客殿(方丈)は、禅宗寺院の客殿らしくに南向きに建てられていますが、通常は六間からなる部屋数が、西側に二間を増やして八間取りの広さがあります。
そして、各部屋の襖には、狩野探幽ら狩野派一門の絵師による七十面の水墨画が描かれていて、その多くが国の重文指定です。尚、本堂は、老朽化により平成十四年(2002)から二十年(2008)まで解体修理が行われました。客殿前の庭は、造成中かと思わせるような平板なもので、特に興味を惹かれるものでは無いようです。

また、襖絵は、何れも寛文九年(1669)のもので、最晩年(六十八歳)の狩野探幽が狩野一門を指揮して描かせたものと考えられています。
最も東側奥にある大書院には、狩野探雪による鶴図で、その手前の礼の間(客人を最初に通す部屋)は、狩野探雪による楼閣山水図です。また、仏間の前の室中(法要が行われます)は、狩野探幽の最後の作でもある山水図、仏間の西、衣鉢の間は、狩野益信による書画図です。また、その手前の檀那の間は、狩野安信による竹林七賢図と四愛図、最も西奥の西衣鉢の間は、狩野益信による琴棋図になります。
尚、その手前の西檀那の間は、元々は、狩野洞春の山水図がありましたが、現在は明治三十五年(1902)に描かれた橋本菱華の花鳥図に改められています。


さて、大徳寺の各塔頭には、個性的な茶室があることで知られていて、特に茶を嗜む人々から注目されていますが、玉林院には、「蓑庵(さあん)」、「霞床席(かすみどこせき)」という二つの有名な茶室があり(他に数席ありますが)、「南明庵(なんめいあん)」と共に、江戸時代中期の寛保二年(1742)に建てられ、これら三つの建物は、国の重要文化財に指定されています。

「南明庵(なんめいあん)」は、大阪の鴻池(こうのいけ)家が玉林院の大竜和尚に帰依し、その祖先にあたる山中鹿之助幸盛の墓を作り、一家の昭堂として建立したものです。(以後、玉林院は鴻池家の菩提寺となりました。)
建物は、単層入母屋造、こけら葺で、庇屋根はローソク桟瓦葺です。また、西の「蓑庵」、東の「霞床席」等と接続して建てられています。内部は六畳敷の仏間からなり、寛保二年(1742)に落成した際に、山中鹿之助幸盛の位牌を祀ります。またその上部には火頭窓を開け、北斗妙見菩薩を祀りますが、山中鹿之助が、常に月や星に「我に七難八苦を与えたまえ」と祈ったという有名な逸話に由来しているようです。また、北斗妙見菩薩が主に日蓮宗で祀られることもあり、大徳寺が臨済宗でることを憚って、布で覆われています。

「蓑庵(さあん)」は、鴻池了漢(こうのいけりょうかん)が、表千家五世・如心斎(じょしんさい)に依頼して作った茶室で、名前の由来は、藁ずさが壁の表面に美しく浮き出て蓑のような様子である事に基づくということです。
本席は壁面や各部材保存のため、半解体修理が行われています。席は、三帖中板、板幅一尺寸板の中に切られています。中柱は山壁の下が広くなるように、赤松皮付のゆがみ柱を用いて変化を出し、点前座には風呂先下地窓と二重の隅棚、南東隅に茶道口を開けて水屋に通じます。客座は躙口(にじりぐち)前には床の間を設け、南に火打構の給仕口を開口し、南明庵の廊下に通じています。天井は床前半通を白竹竿縁の長杉板張、窓側掛込み天井、点前座は薄天井です。

「霞床席(かすみどこせき)」も、「蓑庵(さあん)」と同じく、鴻池家のために表千家五世・如心斎(じょしんさい)が作った席で、床の中央に筆返しのある二重棚を入れ、その奥に富士山の大幅軸を掛けると、山の中腹に霞がたなびいているように見せる独創的な趣向です。(現在は表千家十三世・即中斎の軸が掛かっています。)
席は四帖半で天井を格天井(ごうてんじょう)とする等の書院風が加味されていますが、床は板床にしながらも、かまちに煤竹を用いて侘の味も出していて、草案風と書院風を組み合わせた作りです。この床には富士山の絵ばかり掛けられることになりますが、鴻池家が山中鹿之助の正系であることを思わせるために、山の至高である富士山でなければならなかったものと推測されています。

また、これらの三つの建物の基坦に敷かれた色瓦は、代々の楽家の当主になる、所謂「赤楽」で、人が気付かないような細かい点にまで贅沢な造作になっているのが印象的です。

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玉林院を拝観した時に、抹茶と和菓子の接待はございましたか。

2011/10/10(月) 午後 9:41 [ 桜三里 ]


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