京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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瑠璃光院その2

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瑠璃光院の続きです・・・

二階席からは、瑠璃の庭を見下ろしたり、周辺の八瀬の紅葉も楽しめます。
全体として、山荘の雰囲気が強いので伝統ある寺院のような精神的な深みは感じませんが、蓮華寺以外にあまり観光名所らしい史跡の少ないこの地域では貴重な存在といえるかもしれません。

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瑠璃光院その1

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京都市左京区の八瀬に、明治の太政大臣・三条実美ゆかりのお寺があります。平成十七年(2005)から新緑と紅葉の季節に季節限定で公開されている瑠璃光院(るりこういん)・・正式には「無量寿山光明寺 京都本坊」という寺院です。
左京区上高野東山町、高野川沿いにあるこの寺院は、近年、紅葉の名所として知られるケーブル八瀬駅周辺の観光スポットとして知られた存在になってきました。



八瀬という地域は、古くは「矢背」「癒背」とも記されたように、壬申の乱で背中に矢傷を負った大海人皇子(後の天武天皇)がこの地の「かま風呂」で傷を癒したという伝説で知られる場所です。
この「八瀬のかま風呂」は、丸い形をした日本式の蒸し風呂の原型とされ、江戸時代には十数基はあったそうですが、瑠璃光院に貴重な遺構が残されています。(現在も八瀬の幾つかの旅館にはかま風呂がありますが、瑠璃光院のものも含め、現代人向きに改良されたボイラー式のものです)
その後、八瀬の地は、平安時代には貴族の保養地になり、後には本願寺の歴代門跡も訪れたということです。また、明治の元勲三条実美は、明治にこの地にあった庵を「喜鶴亭」と名付けてしばしば訪れ、直筆の命名額が現在も瑠璃光院に保存されています。このように八瀬の地は、いつの時代にも風光明媚な景色が愛された地域だったようです。


さらに、八瀬といえば「八瀬童子(やせどうじ)」も有名です。
伝教大師最澄が使役した鬼の子孫という伝承など謎めいた話もありますが、南北朝時代に、後醍醐天皇が足利軍の攻撃を受けて比叡山に逃れる際に、八瀬の郷の住民がその警護に当ったことから、この功績で地租課役の永代免除の綸旨を受け、以来、天皇の行幸や葬送の際に輿を担ぐこと仕事としていた人々です。(昭和二十年頃までこの免税の特権があたえられていたということです。)明治天皇や大正天皇が崩御した際の大葬の儀でも、八瀬童子が天皇の棺を載せた葱華輦(そうかれん)を担ぎ、昭和天皇の時は、警備上の都合で皇宮護衛官が代行したものの、八瀬童子会の代表も葬送に参列しました。そして、現在も八瀬童子会が伝統保存に努めています。
また、ブログPart1にも採り上げた「八瀬赦免地踊り」は、比叡山延暦寺と八瀬郷の住民の境界争いに端を発した伝統的な夜祭で、私が最も好きな京都の祭の一つです。



さて、大正末から昭和の初めにかけて、明治に設立された電力会社・京都電灯の創業者が、この地に敷地面積約一万二千坪、約二百四十坪の数寄屋造りと中庭付きの別荘を造営しました。
建築は、京数寄屋造りの名人といわれた中村外二を棟梁として行い、築庭は、有名庭師の佐野藤右衛門一統の作と伝えられます。
この伝統的な日本美で飾られた別荘は、戦後は囲碁本因坊位の対戦場として使用されたり、有名俳優の保養所にもなったそうですが、近年、岐阜県岐阜市にある無量寿山光明寺が京都の活動拠点、京都本坊として「瑠璃光院」を開設し、別荘時代の様式をそのまま残しながら阿弥陀如来立像を祀る本堂を設置して寺院に改造しました。


高野川に面した瀟洒な山門を入ると、茶庵や十三重石塔のある山露地の庭があり、さらに池に掛かる石橋を渡ると玄関が見えます。まず、最初に八瀬名物の「かま風呂」の貴重な遺構を見学し、書院に進みます。書院前の庭は「瑠璃の庭」と呼ばれています。
庭全体は数十種の苔の絨毯で覆われ、その間を縫うように細い繊細な流れが優美な曲線を描いていて、瑠璃色に輝く浄土の世界を象徴的に現した主庭になります。
訪問した時は紅葉はまだこれからという感じでしたが、赤、橙、黄色等の色や種類の違うカエデが植えられてい、苔に映えると美しい光景になることでしょう。

さらに三条実美が命名した茶庵「喜鶴亭」に向います。
「喜鶴亭」は、千家第六代覚々斉原叟好みの茶室です。また茶室前庭は「臥龍の庭」と命名されていて、今まさに天に駆け上ろうとしている龍を水と石で躍動的に表しているという池泉庭園です。さらに、文化財として無量寿山光明寺に伝来する寺宝の幾つかが、毎年数点づつ公開されています。(今回は阿弥陀三尊図(室町時代)、南蛮図屏風等です。)



次回に庭の写真を掲載します。

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