京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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前回の曼荼羅山の護法弁財天から、山裾を東へ伝っていくと、八幡宮神社(鳥居本八幡宮神社 嵯峨鳥居本北代町)があります。
神社の来歴等は不明ですが、元々この地にあった寺院の鎮守社として建立されたという説もあるようです。どこまでが境内がわからないような山裾の森の中に、時代から取り残されたような古びた社殿が鎮座しています。この周囲の森や竹林に溶け込んだ少し荒涼とした社殿の雰囲気、またスペースの広さ等が、この神社を京都屈指の時代劇のロケ地にしているのでしょう。


さて、京都では様々な場所が、映画やテレビ等の時代劇のロケ地となっています。市内周辺でロケ地として有名な所では、大沢池や広沢池、鳥居本の平野屋付近、保津峡、渡月橋、嵐山の桂側沿いの河原「罧原堤(ふしはらつつみ)」、仁和寺、妙心寺、神護寺、上賀茂神社、下鴨神社、金戒光明寺(黒谷)、今宮神社、京都御苑、二条城、相国寺、伏見の酒蔵付近、随心院、八幡市の流れ橋等々・・色々ありますが、これ以外でも京都の観光地クラスの名所等は、これまでに必ずどこかの時代劇に登場しているといっても良いのかもしれません。しかし、観光地でも無い無名の神社(鳥居本八幡宮)の境内が、ロケ地の頻度ではトップテンクラスというのは面白いです。


時代劇の撮影となると、古くて雰囲気のある建物のある寺院や神社の境内を中心に、背景となる山や森、池や河原等の自然風景が美しい場所で、ビルや看板などが無いことも重要でしょうし、また撮影所等からのアクセスも考慮しなければならないと思いますが、もう一つ、野次馬などの邪魔が入らないというのもありそうです。私も、観光地でロケに遭遇し、ロケ隊が「すみません。これから本番入りますので、声を出さないように、お静かにお願いします!」等と周囲に呼びかけるところを見たことがありますが、観光客等が多い場所も、早朝に撮影してしまうなど時間帯を考えなければならないのかもしれません・・・これらの条件を考えても、今回の鳥居本八幡宮はロケ地にもってこいの神社といえます。

この八幡宮は太秦の撮影所にも近い上に、観光名所のほとんど無い大覚寺の西方に位置しているので、一般観光客が訪れることはまずありません。(たとえ付近まで来ても、何とも寂しげな石鳥居を見て素通りしてしまう方も多いでしょう。)そして、もちろん、境内の雰囲気は、例えば江戸郊外の鎮守の森での密会シーンでも、中山道の宿場街道沿いでの仇討ちシーンでも何でも使えそうです。これまで数多い時代劇のシーンが撮影されてきた鳥居本八幡宮の境内ですが、時代劇に興味が無くても、少し荒涼とした境内の雰囲気が何となく好きだという方(私を含めて)もおられることと思います。

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嵐山の渡月橋の東約二百五十メートルの三条清滝道から北上し、清涼寺(嵯峨釈迦堂)の東を通って緩やかに清滝に抜ける道路を「釈迦堂清滝道」といいますが、この釈迦堂清滝道は、途中「京都五山の送り火」の鳥居形のある山として知られる標高約百メートルの曼荼羅山の山裾を通ります。今回は、この曼荼羅山の山裾(嵯峨鳥居本一華表町)にある護法堂弁財天(ごほうどうべんざいてん)の写真を掲載します。

バスの停留所名(護法堂弁財天前)にもなっているように、地元では少しは知られた神社で、「嵯峨の弁天さん」とも呼ばれているようです。特に、紅葉の名所が多い嵯峨野嵐山の中でも、紅葉の隠れた名所として知られます。ここなら訪れる人も少なく、紅葉の名所ゆえの悩み・・紅葉を撮るつもりだったのに多くの観光客が写りこんでそっちの方が目立ってしまった・・といったことは無いかもしれません。


さて、護法堂弁財天に関しては、その来歴等の情報を欠くために詳細は不明です。
ただ、元々はこの地にあった仙翁寺(せんおうじ)の鎮守社だったともいう説もあるようです。ここで、少し仙翁寺について触れてみます・・・この弁財天のある曼荼羅山は、別名、万灯籠山、または仙翁寺山(せんおうじやま)とも呼ばれます。仙翁寺山という名称は、この山に、かつて仙翁寺という寺院があったことに由来していていて、有名な化野念仏寺の北には「嵯峨鳥居本仙翁町」という仙翁寺に因んだ町名が残っています。天明八年(1787)に出版された「拾遺都名所図会」は、仙翁寺は遥か昔、この地に仙人が住んだことから始まり(そこから、仙翁(仙人)の寺として寺名が起こったともいわれます)、その後寺院となったとし、また、「仙翁華」はこの地より作出が始まったと記しています。

この仙翁華=センノウについては、以前に府立植物園に関して書いたときに出てきましたが、中国原産の多年草で、日本には約六百年以上前に渡来したといわれています。室町から江戸時代には、京都では公家が夏の贈答の花や茶花として使っていたという記録があり、当時はかなり普及していたことが伺えますが、栽培が難しいために、京都では仙翁寺が栽培と普及の役割を一手に担っていたともいわれます。(また、センノウは、仙翁寺を創建した仙人「仙翁」が薬草として寺で初めて栽培したという説があります)そして、その後、この仙翁寺が廃絶したために、センノウも絶滅したと考えられていました。しかし、今から十年ほど前、島根県で盆花として使われていることがわかり、関係者の努力によって、この幻の植物を京都府立植物園でも栽培することが可能となり、現在も大切に育てられています。(植物園のセンノウの写真を最後に掲載します)

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