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嵐山観光で知られる京都の京福電鉄(嵐電)沿線の多くの神社の中で、観光名所として人気の嵐山の野宮神社や芸能神社で知られる車折神社、また、知名度の高い西院春日神社や木島神社(蚕ノ社)を除いて、一般観光客にお勧め出来そうな神社となると、今回の斎宮神社(さいのみやじんじゃ さいぐうじんじゃ)かもしれません。
コンパクトな境内は良く手入れされていて、斎宮ゆかりの神社らしく白木の鳥居や花木で囲まれた社殿など、女性観光客に好感を持たれそうな清清しく可愛い雰囲気が漂っています。
京都市右京区嵯峨野宮ノ元町、京福電鉄(嵐電)の有栖川駅の南東約二百メートルに位置する斎宮神社(さいのみやじんじゃ さいぐうじんじゃ)は、平安時代の「斎宮」ゆかりの神社として知られ、祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ 天照大神)です。
「斎宮」とは伊勢神宮に仕える未婚の皇女・女王のことで、七世紀後半の天武天皇の頃に制度化され、以後、歴代の天皇の即位の際に選出されることが定められ、南北朝の後醍醐の時代以後に廃絶するまで続きました。
選ばれた皇女・女王は、伊勢へ下向するまでの間、心身を清めるための潔斎所「野宮(野々宮)」に篭もることになります・・・まず宮城内の初斎院(しょさいいん)で潔斎し、次いで宮城外の浄地を卜して斎所となる野宮が設けられ、 潔斎所をその地に移して川で禊・祓の儀が行われたと伝えられます。斎宮神社は、こうした野宮の一つで、有栖川禊(みそぎ)の旧跡とされています。(斎宮が野宮で三年の間潔斎したのち、伊勢に下向することを群行(ぐんこう)と呼びました。)
また、あくまで神話の世界の話ですが、古代の垂仁天皇の皇女で初代の斎宮として伊勢神宮を創建した倭姫命(やまとひめのみこと)の別荘がこの地にあったということために、後に神社として創建されたという伝承があるということです。
ついでになりますが、野宮は、天皇の即位毎に定められていたために、野宮跡とされる神社が京都には幾つかあり、今回の斎宮神社や西院・野々宮神社(前にブログパート1に採り上げました。この西院・野々宮神社は、各地に残る野宮の名称の発祥の地、平安時代最初の野宮があった由緒ある地といわれ、桓武天皇の皇女で斎王となった布勢内親王を祀っています) 、第五十三代・嵯峨天皇の皇女仁子内親王を最初として以降、野宮として用いられたと伝えられる有名な野宮神社(右京区嵯峨野宮町)、斎明神社(神明神社、右京区嵯峨柳田町)が野宮跡と伝えられています。
その後、斎宮神社は、寛文年間(1661〜1672)に社殿を改築して同九年(1669)に遷宮、その後、嘉永元年(1848)に改築し、現在の社殿は昭和三十年(1955)に改築したものということです。また、境内にあるムクノキの御神木は、樹齢数百年で板根が大きく発達し二メートル近くなった印象的な大樹です。また、境内端のムクノキも歴史ある神社の樹木を代表する巨樹として京都市の保存樹に指定されています。他に下嵯峨街道(三条通)にも同じくムクノキの大木が二本あって、かつての斎宮神社の社地の広さを物語っていたということですが、 交通量の激増により昭和三十五年(1960)に伐採されたということです。
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