京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

嵐山観光で知られる京都の京福電鉄(嵐電)沿線の多くの神社の中で、観光名所として人気の嵐山の野宮神社や芸能神社で知られる車折神社、また、知名度の高い西院春日神社や木島神社(蚕ノ社)を除いて、一般観光客にお勧め出来そうな神社となると、今回の斎宮神社(さいのみやじんじゃ さいぐうじんじゃ)かもしれません。
コンパクトな境内は良く手入れされていて、斎宮ゆかりの神社らしく白木の鳥居や花木で囲まれた社殿など、女性観光客に好感を持たれそうな清清しく可愛い雰囲気が漂っています。



京都市右京区嵯峨野宮ノ元町、京福電鉄(嵐電)の有栖川駅の南東約二百メートルに位置する斎宮神社(さいのみやじんじゃ さいぐうじんじゃ)は、平安時代の「斎宮」ゆかりの神社として知られ、祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおかみ 天照大神)です。

「斎宮」とは伊勢神宮に仕える未婚の皇女・女王のことで、七世紀後半の天武天皇の頃に制度化され、以後、歴代の天皇の即位の際に選出されることが定められ、南北朝の後醍醐の時代以後に廃絶するまで続きました。
選ばれた皇女・女王は、伊勢へ下向するまでの間、心身を清めるための潔斎所「野宮(野々宮)」に篭もることになります・・・まず宮城内の初斎院(しょさいいん)で潔斎し、次いで宮城外の浄地を卜して斎所となる野宮が設けられ、 潔斎所をその地に移して川で禊・祓の儀が行われたと伝えられます。斎宮神社は、こうした野宮の一つで、有栖川禊(みそぎ)の旧跡とされています。(斎宮が野宮で三年の間潔斎したのち、伊勢に下向することを群行(ぐんこう)と呼びました。)
また、あくまで神話の世界の話ですが、古代の垂仁天皇の皇女で初代の斎宮として伊勢神宮を創建した倭姫命(やまとひめのみこと)の別荘がこの地にあったということために、後に神社として創建されたという伝承があるということです。


ついでになりますが、野宮は、天皇の即位毎に定められていたために、野宮跡とされる神社が京都には幾つかあり、今回の斎宮神社や西院・野々宮神社(前にブログパート1に採り上げました。この西院・野々宮神社は、各地に残る野宮の名称の発祥の地、平安時代最初の野宮があった由緒ある地といわれ、桓武天皇の皇女で斎王となった布勢内親王を祀っています) 、第五十三代・嵯峨天皇の皇女仁子内親王を最初として以降、野宮として用いられたと伝えられる有名な野宮神社(右京区嵯峨野宮町)、斎明神社(神明神社、右京区嵯峨柳田町)が野宮跡と伝えられています。


その後、斎宮神社は、寛文年間(1661〜1672)に社殿を改築して同九年(1669)に遷宮、その後、嘉永元年(1848)に改築し、現在の社殿は昭和三十年(1955)に改築したものということです。また、境内にあるムクノキの御神木は、樹齢数百年で板根が大きく発達し二メートル近くなった印象的な大樹です。また、境内端のムクノキも歴史ある神社の樹木を代表する巨樹として京都市の保存樹に指定されています。他に下嵯峨街道(三条通)にも同じくムクノキの大木が二本あって、かつての斎宮神社の社地の広さを物語っていたということですが、 交通量の激増により昭和三十五年(1960)に伐採されたということです。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

嵐山観光で知られる京都の京福電鉄(嵐電)嵐山本線の沿線は、個性豊かな多くの神社に出会える地域でも有ります。(特に、嵯峨・嵯峨野地区では、京福電鉄(嵐電)やJR山陰本線(嵯峨野線)の南側に小さな神社が集中している印象です。)

この路線沿いの比較的良く知られた神社としては・・

四条大宮駅付近には、元祇園梛神社
西院駅付近には、西院春日神社
山ノ内駅付近には、山王神社と猿田彦神社
蚕ノ社駅付近には、木島神社(蚕ノ社)
太秦広隆寺駅付近には、大酒神社
太秦広隆寺駅と帷子ノ辻駅中間付近には、三吉稲荷神社
有栖川駅付近には、斎宮神社
車折駅付近には、車折神社
嵐山駅付近の野宮神社等になり、それ以外の小さな神社は十ヶ所以上あると思われます。

有名な神社は既にブログに掲載したものが多いですが、今後、小さな神社を地域ごとにまとめながら掲載していきたいと思います。



今回は、京福電鉄(嵐電)やJR山陰本線(嵯峨野線)より北側になりますが、新丸太通付近にある小さな二社をまとめて掲載します。

さて、広沢池の南に位置する京都市右京区嵯峨南野町、新丸太通の南側に沿って歩いていると、駐車場の横に通る人もほとんど気付かないような「式内社阿刀神社」という神社号を記した小さな石標があります。ここから南へ細い道(一応、参道)を進むと、マンションの影でひっそりと佇んでいる小さな社殿があります。これが阿刀神社(あとじんじゃ)です。

阿刀神社は、現在は小さな神社ですが、古代豪族として知られる物部氏(後に石上氏)の支族、阿刀氏(あとうじ)よって創建された神社で、延喜式にも登場する古社として注目されます。
祭神は、阿刀宿禰祖神(あとのすくねおやがみ)という阿刀氏の祖神とされ、神社の創建年代は不明ですが、平安遷都の際に河内国渋川郡(東大阪市)の本拠地辺りからこの地に移住した阿刀氏が創建したという説もあり、少なくとも平安時代前期にはこの地にあったようです。その後、延喜式の葛野郡二十座(大十四座 小六座)の一つに数えられました。

秦氏ゆかりの史跡が多い京都市西部で、物部氏系の神社が建立されていたということは、この地域の歴史を考える上でも興味深いと思われます。社殿の横には、区民の誇りの木に選ばれているヒノキの大木があり、江戸時代の神社の図会(既に社域は縮小していますが)にもこの木が描かれているようです。また、秋十月には、前にブログパート1に採り上げた広沢池の傍に鎮座する兒神社(ちごじんじゃ 児神社)と合わせて奉賛会により秋祭りが行われるということです。



もう一つの神社です・・
右京区嵯峨天龍寺若宮町・・JR山陰本線(嵯峨野線)の嵯峨駅や嵯峨野観光鉄道(トロッコ列車)のトロッコ嵯峨駅の北東約二百メートルに位置する若宮神社は、この若宮町周辺地区の鎮守社のようです。情報の少ない小さな神社に過ぎませんが、場所柄、嵐山観光地図では以外に大きく名前が記されていたりして、期待して訪れるとがっかりということもあるかもしれません。

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事