京都を感じる日々★古今往来Part2・・京都非観光名所案内

京都を感じる日々★古今往来part1・・京都非観光名所案内のニューバージョンです。

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堀川の続きです・・・



前回に写真を掲載した中立売通の「堀川第一橋」の下流に向かうと、上長者町橋、下長者町橋、赤レンガの出水橋を経て、下立売通の「堀川第二橋」があります。

「堀川第二橋」は、「堀川第一橋」架橋の翌年、明治七年(1874)に架橋された同じく石造りのアーチ橋です。但し、南北に新しく拡幅されているために、その姿は橋の下からしか確認できません。
また、「堀川第一橋」が「鶴の橋」と呼ばれてきたのに対し、「堀川第二橋」は「亀の橋」と呼ばれ親しまれてきました。今回の堀川周辺整備によって、橋下から簡単にアーチ橋の様子が見られるようになりました。



「堀川第二橋」から、椹木町橋、スロープのある広い丸太町橋を南下すると、堀川は二条城に平行して流れます。
この辺りがもうひとつの見所のようです・・二条橋付近の掲示板によると、この付近の川沿い西側の石垣は、二条城築城に伴って、慶長八年(1603)頃に築かれたもので、昭和十四年(1939)十一月三十日に、二条城と共に国の史跡に指定されました。

東側の石組とは明らかに違った積み方になっていて、堀川に架かる二条橋の北側には、「是ヨリ北紀州」と読める銘文が石に刻まれていることから、慶長五年(1600)から元和五年(1619)まで紀伊国を治めた紀州浅野家が北の石垣普請を担当したと考えられています。その他二十一ケ所の刻印が発見されています。これらの刻印は、工事に関わった大名達が、受け持分の石材が集石場や輸送の途中で分散したり紛失したりするのを防ぐために目印として刻んだもので、現在の製品タグのようなものでした。

これらの刻印が見つかる範囲は、夷川橋の北から二条橋の南までの範囲で、刻印は切り出した石の表面をそれ程加工しないで彫り込まれているために、見過ごして通り過ぎてしまうものが多く、石の隙間を覗き込んでようやく発展できるものもあるということです。

こうして、二条城の南の押小路橋で地上開渠部は終了します。
写真のように、まだ京都らしい風情というより、街中の「普通の川」といった雰囲気ですが、二条城観光のついでにでも、堀川沿いを歩いてみるのも悪くないかもしれません。

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