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大和の武士について

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山田道安

本名は順貞または重宗、妹の大方殿が筒井順昭の妻で、順慶の伯父にあたる
山田(馬場)城主で二千石を領す
絵画・彫刻に非凡な才能を持ち、多くの作品が現存
永禄十年の東大寺大仏殿炎上に際し、翌春から自費で大仏を修復したことで知られる
天正元年(1573)十月二十一日没した

箸尾高春

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筒井順慶の妹の夫。
箸尾氏は代々、大和の箸尾城に拠り、応永年間(1394〜1428)は筒井氏と戦う。
高春に至って筒井氏の麾下に属し知行二万五千石、ほかに布施、万財、南郷、東院などの
諸士を従え、合わせて約四万石。
筒井氏の移封後もとどまって豊臣秀長に仕え、関ヶ原の戦のあと所領を失い、
慶長(1614)大野治房の招きにより大坂城に入り、大坂落城ののち本国に隠れていて死す。
法名 本覚院殿心誉浄啓大居士

                       参考資料 戦国人名辞典 新人物往来社

助命宗政

奈良県山添村助命地区の集落の南方、字城ノ谷に助命城という城がある。
「郷土記」によると、永禄元年(1558)頃、助命宗政という武将がいたことが
記録されている。
同じ頃の状況を記したと思われる「国中廻文次第」にも助命氏の名前がみられる。
さらにさかのぼれば、至徳元年(1384)の「長川流流鏑馬日記」にも名前がみられ
興福寺の国民であったことがわかる。


参考文献 畑城と山添村の中世城館 竹内英雄

番条長懐

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地侍として番条長懐・番条戌亥・番条辰己の名が『雑事記』に残る。長懐は番条一統の惣領で、学延坊と称し、常善院の住持であった。応仁の乱前は越智方に属し、長禄3年(1459)8月、筒井方に攻められ番条長懐父子は自害没落。

写真は、番条長懐の墓

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丹波守博介
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