弘前大学混声合唱団 日記

団の状況、運営方針や所感などを徒然なるままにアップして行きます。
さてさて有言実行の連日投稿です
こんにちはみなさま
今日は前回の予告通り「バラライカ」のお話
前回までとは雰囲気を変えて勝手なこといっぱい話します

この詩が分かりやすい内容ながら、複雑な連想が裏にあることは前回確認しました
そんなおもしろい詩の最後、小説で言ったらオチの部分が「バラライカ」なのはすこし疑問が湧きません?
(湧かない? うん私も別に湧かなかったよ)

では「バラライカ」って何でしょう
ヤフーでもグーグルでもネイバーでも、画像検索してみてください
三角の弦楽器が出てきましたでしょう?
ロシアの民族楽器のようです

詩に登場する固有名詞のなかで「バラライカ」は随分浮いて感じられます
普段接しない言葉だからか、より具体的な形を持っているからでしょうかね

例えば詩の最後を「地球にはこんなものもある」という意味で置き換えるとしたら、「バラライカ」はけっこう奇をてらった言葉選びに感じられます
「テント」だって「チーズ」だって「ポリンキー」だってここに入れても遜色ないと思いません?
なぜわざわざ「バラライカ」を入れたのか

詩の技法の中に象徴というものがあります
いわば喩え、連想です
前回を踏まえて「砂漠」は「暑い」の象徴で「ロシア」は「寒い」の象徴と考えてもいいでしょう
では「バラライカ」は?

ここから論が身勝手に飛躍するのですが
「バラライカ」を「音楽」の象徴と解してみたらどうでしょうか

すると最後の行で「地球」に音楽が息づきます
武満はおもちゃ箱のなかにちゃんと音楽を入れたのです
作曲家らしい表現です
しかもこの音楽は「バラライカ」に象徴されることで、砂漠のように非定形なものではなく、形を持つ事物として登場します
それは「音楽」と書かれるよりも私たちの感覚に親しく、そして愛でられるものとして感じられるのです

さらに丸い「地球」と対比させる形で出てきているところを考えるに、武満は音楽に神秘的な性質を付与してする意図があるのではないでしょうか
私たちの生きているこの地球、言葉では捉えられないほど大きい地球
それと対照的でありながら、それとの対比として現われる音楽
武満はそのような音楽を私たちに近しいものとして私たちに提示している――とここまでくるとさすがに言い過ぎですかね

最後の行の「バラライカ」はすこし不思議な言葉です
いろいろな解釈が出てくるところと思います
みなさんも今日の話をヒントに考えてみてはいかがでしょうか?

さて五回にわたる連載もこれで終了です
長くつたない連載呼んでいただきありがとうございます
次回はもっといい文章書きます頑張ります

そういえば最後に一つ無駄話
この連載のタイトルの「'丸'じゃなくて'○'、'三角'じゃなくて'△'」は自分で付けたものですがけっこう気に入ってます
「地球」と「ピラミッド」などの対比を考えると「丸と三角の歌」じゃ格好がつかないよなって思って付けたタイトルです
そう考えると「○と△の歌」って曲名すごく素敵ですよね

これから歌うのがすこし楽しみです
みなさまに披露できるのはいつになるやら

ではまた次回
不定期更新ですがよろしくおねがいします

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お久しぶりですこんにちは
最近忙しかったせいで更新が遅くなってしまいました
ごめんなさい
そのお詫びではありませんが、今日と明日でこの連載を終わらせようと思います
最後までお付き合いよろしくお願いします

さて今回注目するのは「砂漠」
テーマは「連想」です

この詩に特徴的なのは、出てくる言葉の大半が形を持っている事です
「地球」「林檎」「ピラミッド」「バラライカ」
いずれもタイトルどおり丸か三角の形
連想が繋がっているのが分かります

しかし連想は「同じ」だけでなく「異なる」でもつながる事を見逃してはいけません

以前「海」と「砂漠」がそれぞれ「深イ」「ヒロイ」という言葉で地球のスケールを広げていると書きました
しかしこの効果は形容詞に尽きるものではありません
「空」「海」「砂漠」といった言葉は上の言葉と対照的に形がないのです

「砂漠」の登場は結構唐突です
何で出てきたのかよく分かりません
でもたとえば上のように「定形」に対する「否定形」の提示と考えれば、この飛躍が荒唐無稽とも言えなくなるでしょう
そしてこれが「空」や「海」につながります

また「砂漠」は「ピラミッド」を引きだして形の連想を複雑化させています
そいて「ロシア」も「砂漠」からの連想と考える事もできるでしょう
ロシアにも砂漠はありますが、寒い地帯と暑い地帯の対比がここに見て取れます

一段落目で地球が「様々な色彩」「様々な形」「定形否定形」がおもちゃ箱のように入り混じって表現されています
詩のその後の展開の土台が作られてるんですね
憎いくらい上手いです
三段落目でリフレインされる定形にしている点も憎いです

さて、以上からこの詩の連想の糸がはっきりしてきたんじゃないでしょうか
この連想全てが地球のスケールを表現するためにされてると考えるととても驚きます

今回はここまでです
次回は「バラライカ」の話
「ロシア」と「三角」の連想ですが、深く考察すると奥深いところと思います

それではまた明日
お楽しみに

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皆さんこんにちは
解説第3回です

今回は地球と林檎と空と海の話
テーマは色です

前回この詩の中の言葉遊びが面白いことを紹介しました
大小の矛盾を詩の中から拾い出してね
しかし言葉遊びはまだまだ残されていて
矛盾というほどではありませんが面白い対比がいくつかあります

まずは地球と林檎のお話しから

この詩は「地球ハマルイゼ/林檎ハアカイゼ」からスタートします
ずいぶん唐突な二行
地球の話とおもいきや林檎の話ですから

ですが「地球ハマルイゼ」って言葉を聞いたときみなさん宇宙から見た地球を思い浮かべませんか?
この地球のイメージは丸い
それが次の行で林檎が登場することでその形や質量に置きなおされるんです

前回さらりと地球が林檎サイズって書きました
地球のイメージははっきりと私たちは持っていますが、どこか絵空事です
しかしこんなことがさらりと行われているために
地球のイメージが林檎のように手元に来るんです

地球=林檎
ってすればわかりやすいですかね
初め二行からずいぶんと面白いことが起こります
しかしこう置かれると新たな矛盾が誕生します

その矛盾が’色’です

地球は何色?
ガガーリンのあの言葉は有名です
しかしリンゴは真っ赤(大体はね)

この矛盾が第二段落の「空ハ青イ」を引き出します
そしてさらに「空」が「海」を引き出します

詩ってけっこう連想ゲームなんですよね
この詩も何気なく書いているようで連想はしっかりしてます
地球と林檎の言葉遊びも連想です

林檎で十分につかみ取ったように思われた地球が
色の違いからまたどこかへ飛び出します
前回の大小の矛盾でもそうでしたが、地球を簡単に説明しようとして絶えず失敗しているんですこの詩
ただこの失敗は言葉の不自由じゃなくて地球のとらえ難さを強調します

ちなみに「空」の連想から出てきた「海」の「深イ」も「小サナ」地球と矛盾していますね
これも同様地球のスケールを広げています
しかもこの「深イ」は「砂漠」の「ヒロ」さと共謀して地球の小ささをはみ出そうとしています

さて地球と林檎と空と海の話は大体こんな感じです
次回は砂漠の話でもしましょう
今回と大体同じ流れです

連載はあと2回ですかね?
みんなもう飽きた?
実は私は飽きてきた(笑)

これでも面白い記事書いてるつもりなんだけどな
だれないうちに更新します
あと2回お楽しみに

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お久しぶりですこんにちは
少し間があいてしまいましたが、きょうも元気に更新していきます

今日は活動報告です
(「〇と△の歌」の解説はもう少し待ってね)
3日前の5月20日(日)に
団雑誌「JUNULO-Spring Edition Vol.117」(通称ユヌーロ)が発行されました↓

イメージ 1

ユヌーロは春と冬に刊行される雑誌です
団員が寄稿して、団内のみで流通します
早い話が内輪で楽しむ読み物

内容は春と冬で異なっています
春は役員の所信表明、団員それぞれの自己紹介、団規約
だいたいこんな感じ

イメージ 2


目次と私の所信表明と似顔絵と嫌いな食べ物と座右の銘が見えますね
(ちょっと恥ずかしい)

冬はお題作文、自由作文、ランキングなどなど
みなさん自由に書くので内容は雑多です
私は過去レシピとか詩とか載せた事ありますね

ユヌーロ発行は書記局のお仕事です
書記局さん今回はおつかれさまでした
みんな喜んでくれて良かったね

冬号は2月3月あたりに発行です
そのときにまたよろしくおねがいします

ちなみにユヌーロの内容は基本公開しないんですが
冬号は私はめんどくさがりなのでこのブログで書いた事をそのまま載せる気でいます

私の更新もお楽しみに
たまによくわからんエッセイここに書くかも

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「人間は考える葦である」
とはパスカルの言葉
人は自然界では葦のようにひ弱な存在だが、思考という点でなによりも偉大であるという意味

人は弱いが強い
と一見不可解な内容ではあるが、本質を言い表そうとするとき一つの性質に還元できることはむしろ少ないのではないだろうか・・・・・・

と、小難しいお話からこんにちは
今回は武満徹の「○と△の歌」のお話2回目です
感想だけだった前回と変わってより深く詩を考えてみます

さて、始めにしたお話
ちょっと簡単に、都合のいいように言い替えるとこんな感じです
「言いたいことを言おうとするとき、一見矛盾した言葉になってしまう」

「○と△の歌」でもこんなことが起きてます
いくつか抜粋してみましょう

「砂漠ハヒロイゼ」
「地球ハ(略)小サナ星ダゼ」
「ロシアハデカイゼ」
(引用はこちらから https://petitlyrics.com/lyrics/53265 )

問題
地球と砂漠どっちが大きいでしょう?
もしくは地球とロシアどっちが大きいでしょう?

そうなんです
並べると分かりやすいですが言葉の上では矛盾しているんです
なんでこんな矛盾がおこったのでしょう

大きな原因は地球のとらえ方です
「地球」を「小サナ星」と言っているとき
地球のスケールは大体林檎サイズです
両手サイズの地球儀のイメージ

対して「ロシア」や「砂漠」は風景
地平の内側まで果てなく広がる風景でとらえてます

尺度を無断で変えるなんてむちゃくちゃじゃないか
と、おっしゃる方もいるでしょう
けれどこの尺度のあべこべはすごく神秘的なんです

考えてみてください
手のひらですっぽりと覆っているこの小さな地球
しかしその中に幾人の人で持とうとも囲もうとも手から溢れるだろうあの「砂漠」や「ロシア」が含まれている

ロマンじゃないですか?
言葉遊びが私たちを数値から連れ去って、果てしないスケールの前に連れてきた
単純に地球は大きいって言うよりもなんと大きく感じるか

きっと作詩者はこの地球の果てしないスケールを書きたかったのでしょう

私はこの言葉遊びに感動したんです
少ない言葉でよくここまでできるなと

しかしこの詩の面白さはまだあるんです
面白くてこの記事が長期連載になりそうなくらい(笑)

さっき地球が林檎サイズぐらいって書きましたね
何を突然言ってるんだって思った方がいると思います
けどこれにも根拠があります
次回はこの話
地球と林檎と空と海のお話

お楽しみに

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