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呉駅から あわてて乗った広島行きの列車は これ・・・
Red Wing
広島駅で 新幹線待ち合わせの間に 昼食を・・・
ホントは 呉で「海軍カレー」を食べる予定でしたが 叶わず(汗)
行けなかった尾道に思いを馳せて・・・「尾道ラーメン」+ 半炒飯。
そうそう・・・おみやげ おみやげ!
まずは 海軍カレー と 大和の缶バッジ ↓
こちらの缶バッジは 「大和ミュージアム」「てつのくじら館」そして「艦船巡り」の3か所見学で
もらいました^^ ↓
フェルトで作ってあるマスコット(磁石)は まご助へ・・・ ↓
これは わたし用・・・クリアファイル。 ↓
あとは 定番の「もみじ饅頭」・・・を買いました^^
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広島県
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帰りの列車時刻までは もう少し時間があったので
呉中央桟橋から出港している「艦船巡り 」(30分コース)に 参加しました。
向こう岸には レンガ倉庫が見えます。(ここも行きたかったけど 時間が足りなかった)
まず初めに であったのは 大きな造船中の船・・・↓
コンテナ輸送船で、大きさは 大和よりももう少し大きいとのことでした。
それから 呉基地係船堀につながれている潜水艦が 三艇。
まず 最新型の潜水艦 ↓
画像 追加しました。 ↓
二番目の 潜水艦 ↓
(説明があったと思いますが・・・忘れてしまって・汗)
三番目の 潜水艦。
これは 古いもので、もうすぐ解体されるそうです。 ↓
つぎは・・・輸送艦「しもきた」 ↓
音響測定館「ひびき」(・・・だったと 思います) ↓
潜水艦を探知する船だそうです。
最後は・・・最大規模を誇る 護衛艦 「いせ」 ↓
大きすぎて うまくカメラに収まりません。
このあと 船を下りて、あわててタクシーで呉駅へ向かいました。
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本物の潜水艦内部を見学できる 「てつのくじら館」(海上自衛隊呉資料館) へ 行きました。
1985〜2004 3月まで、実際に運行し 日本の海を守って来た 潜水艦「あきしお」(入場無料です)
サンダーバード4号 ↓ ・・・ではなくて 遠隔操作で機雷を処分する機雷処分具
ペルシャ湾の「湾岸の夜明け作戦」で 使用されました。
アザラシ と サメ・・・
これは フロート(浮き) 掃海艇が 機雷処分をする時 このフロートに展開器を吊り下げます。
機雷除去中に 被害を受けることもあります。
発令所は 機器がたくさん。操縦席にも座れます。 ↓
右手にあるのは 潜望鏡。
ハッチを開けると 上に出られそう・・・(開きませんけど・笑)
「あきしお」の アンテナ・・・↓
第二次世界大戦中 日本海軍の潜水艦が装備していた双眼鏡
海軍伊400型潜水艦用双眼鏡 ↓
敵艦発見! ^^
このあとは 大和ミュージアム横を歩いて中央桟橋へ・・・
艦船巡り30分コースに 乗船することにしました。
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終戦70周年記念特別企画展が 催されていました。
「日米最後の戦艦展 戦艦大和とミズーリ」
館内は 撮影禁止。
パネル展示でした。
心に残ったパネルのひとつ。
戦艦「ミズーリ」と 特攻
前略〜
戦艦ミズーリは航空母艦「イントレピット」を護衛しながら北上していました。この日も特攻機による大規模な攻撃を警戒し、針路、速度を複雑に変え進んでいました。
アメリカ海軍にとって、「意思を持って突入する」特攻機の攻撃は、衝撃であり恐怖でした。
午後一時半過ぎ、アメリカ海軍のレーダーが零戦の機影を捕捉しはじめました。
その数が多くなってきたころ、鹿屋基地の通信室にも零戦から「敵戦闘機見ユ」「敵機動部隊見ユ」の通報が相次いで入り、その後「突入」の打電をともに、突入攻撃が開始されました。
激しい対空砲火の煙と水煙のなか、2機の零戦が第4任務群の背後にあたる南東から侵入、そのうちの1機が
「ミズーリ」の右舷に向かって海面すれすれに接近し、船体後部右舷に激突、炎上しました。
消火作業の後、「ミズーリ」乗組員たちが見たのは、零銭の機体の残骸と特攻隊員の遺体でした。
特攻攻撃にさらされていた乗組員たちは、恐怖と憎悪の極限状態にありました。
ホースの水で遺体を水中に落とそうとする乗組員もいました。
しかし、「ミズーリ」の艦長ウィリアム・キャラハンは、「パイロットに敬意を表して水葬に付す」と命令を出しました。乗組員から不満の声が上がりましたが、艦長の指示の下、遺体は医務室へ運ばれ、帆布の袋に収められました。遺体の当直を命じられた通信兵たちは、白いシーツに赤い丸を描き日章旗を作り遺体を包みました。
12日午前9時、「ミズーリ」甲板上には艦長以下多くの乗組員が整列しました。士官が敬礼するなか、木製の担架に載せられた特攻隊員の遺体が、舷側から海中へと静かに葬られました。
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戦艦大和の 艦上に 零式観測機発見!
乗組員のフィギュアも 発見!
こちらは 大型資料展示室に置かれてある「ゼロ戦」(零式艦上戦闘機六二型)
戦後、滋賀県の琵琶湖から回収されたゼロ戦を修復して 公開されています。
戦艦大和で使われた弾と同じ大きさの 46㎝砲弾なども展示されてありました。 ↓
大和の横のガラスケースに展示してあった旗は、戦艦長門に実際に使用されていた旗で
TVのお宝鑑定団に 鑑定にだされたものを 石坂浩二さんが 約2000万円で購入し
ここに寄付されたものだそうです。
こうしてみると 大きな旗ですよネ〜
ってことは 戦艦の実物の大きさが 思い知らされます。
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