音選街

音楽を中心に勝手にレビューしてます

全体表示

[ リスト ]


イメージ 1

1986年6月21日発売
最高3位
売上 13、7万枚
作詞/NOKKO 作曲/土橋安騎夫

イメージ 2

『フレンズ』以降はトントン拍子で売れた感があるレベッカ。

全盛期は東京ドームに武道館6日連続公演、そして再結成の横浜アリーナと

告知した瞬間にソールド・アウトが当たり前田のクラッカーだったが

デビュー当時はレコードは売れず、ライブもお客が4人しか入らなかったり

結成してからたった3年の間に2回も解散の危機があったりと

意外と波乱万丈なバンドなのだ。

イメージ 3

そんな初期のレベッカを語る上で、この人無くしては語れないのが

『シャケ』こと

イメージ 4

☆木暮武彦(こぐれ たけひこ)1960年3月8日生まれ
東京都杉並区出身 B型 ギタリスト

レベッカの創設者であり、ロックバンド、レッド・ウォーリアーズを結成した人でもあり

NOKKOの元・ダンナでもある。

生まれは杉並だが、ワケあって母ちゃんと二人で埼玉の川口に移り住み

高校生の頃にヤマハのコンテストにクリネックスというバンドで出場。

ゴミ袋を頭からかぶり、目の所に穴を開けて

歌もギターもメチャクチャだったがなぜか優勝!

イメージ 6

12チャンの『ロックおもしロック』という素人バンドの勝ち抜き番組にも出た事がある

地元じゃちょっとした有名人だった。

ちなみに『シャケ』というアダ名の由来は

シェイク・イットの『SHAKE』をローマ字読みにしたとか

聖飢魔Ⅱのデーモン小暮がデビューして名前が一緒だった為

『アイツがデーモンなら俺はサーモンだ!』

と言ったという説もあるが、一番有力なのは

『顔が鮭に似ていたから!』

イメージ 5

そんなシャケが

『自分のやりたい音楽を実現させるためのバンド』

として結成したのがレベッカ!

バンド名は『黒い瞳の少女レベッカ』という小説から取って付け

結成時のベースはNOKKOの兄ちゃんがやっていた。

イメージ 7

1981年、埼玉県の秋ヶ瀬公園の河川敷で行われたアマチュア・ロック・コンサートに

シャケはストレートというバンドで参加したと同時に

レベッカにふさわしいメンバーも探しており

最初に声を掛けたのが田所君。

歌は上手かったが性格がちょっと変わっており

『俺は結婚する』だの『公務員になる』等と

ワケのわからない事を言って誘いを断った田所君こそ

後のダイヤモンド☆ユカイである。

イメージ 8

その次に声を掛けたのがDOLLという女の子バンドを結成して

出場していたNOKKO。

イメージ 9

高校生の頃から既に周りからNOKKOと呼ばれ

クラシックバレエの他にピアノも習っていた。

音楽に興味を持ち、兄ちゃんがやってたバンドにキーボードとして参加するも

技量の無さが理由でクビ!

イメージ 10

楽器はあきらめて自分で発声の本を買ってきて独学でボーカルを勉強。

DOLLで出た時はクラシックバレエの時に着ていた

ピンクのレオタードをアレンジしたバニーガール姿で

イメージ 11

歌った歌がピンク・レディーの『UFO』!!

イメージ 12

あまりの歌の上手さにNOKKOをクビにしたバンドのメンバーはボー然!

イメージ 13

兄ちゃんは一緒に暮らしていながら

『妹がこんなに歌えるなんて知らなかった』

イメージ 14

と、開いた口がふさがらなかったそうだ。

そんなNOKKOの才能をいち早く見抜き

声を掛けたのがシャケ!

イメージ 15

1982年にNOKKOが正式にレベッカに加入すると

同時にシャケとの恋愛もスタートした。

イメージ 16

埼玉会館で行われたアマチュア・ロック・コンサートで

たまたま見に来ていたCBSソニーのスタッフにスカウトされるも

『会社の要求に納得できない!』

と、シャケはNOKKOと一緒にアメリカに渡米!

イメージ 17

誰よりもレベッカの将来性を信じていたシャケはアメリカのキャピタル・レコードに

デモ・テープを持って自分で売り込みに行ったのである。

しかし現実は厳しく、所持金も尽きて45日であえなく帰国。

イメージ 18

戦意喪失したシャケはバンドを活動休止状態にしてしまい

レベッカはデビューもしていないのに

早くも解散の危機を迎えたのである!

そんな中、レコード会社はNOKKOだけでもソロでデビューさせようとするが

イメージ 19

NOKKOはこれを断固拒否!!

イメージ 20

シャケにレベッカの再始動を訴え、新たにメンバーを加えて

新生レベッカとして再スタート!

イメージ 21

ちょうどこの頃、アイドル・キラーと呼ばれ、バツ2の後藤次利が立ち上げた

CBSソニーの新レーベル『フィッツビート』(ミニ・アルバム専門レーベル)の

オーディションに合格!!

レベッカはここでキーボードに土橋さんを迎えて

イメージ 22

1984年4月21日、ファースト・シングル『ウェラム・ボートクラブ』でデビュー!

イメージ 23

キャッチ・コピーは

『ワンダーゾーンに音、遊ぶ。レベッカ。聞かせてロック、いかせてミステリー。』

イメージ 24

シングルのリリースと同時に行われた新宿ルイ−ドのコンサート。

その1ヶ月前に尾崎豊がデビューライブをやった場所でもある。

イメージ 25

5月にはファーストアルバム『ボイス・プリント』(47位 3、4万枚)

イメージ 26

11月にはセカンド・シングルとアルバムが同時リリース!

『ヴァージニティ』

イメージ 27

『ナッシング・トゥ・ルース』(38位 6、1万枚)

イメージ 28

ショートカットで荒削りなNOKKOのボーカルと

イメージ 29

シャケのカッティング・ギターが売りで

ライブではそこそこ盛り上がっていたものの、セールスの方はパッとせず!

イメージ 30

2枚のシングルは100位にも入らないチャート圏外で

『シンセを全面に押し出して、もっと売れる曲をやるべきだ!』

と言う土橋さんと

『音楽はロック!』

と、あくまでもロックに固執するシャケとで意見が対立。

最終的にシャケが脱退・・・・・というか

クビになった。

イメージ 31

『ロックにこだわらずやれ!みたいな意見が出てきてさ

毎日嫌なムードでディレクター変えたりしたけど同じだった。

ロックやってる俺達に歌謡曲でも歌わせるのかって感じで。

イメージ 32

俺はそんなのロックじゃないと思ってるし、俺がやってた時も

レベッカはどんどん盛り上がってきてたし、客の動員数も増えてた。

でも俺がいると何も進まないみたいになって

喧嘩ばっかりになっちゃって・・・』

イメージ 33

レベッカをつくり、リーダーであり、全ての楽曲を作っていたシャケが去り

2度目の解散寸前という非常事態を迎えたが

かえってバンドの結束力が高まり、その後は土橋さんがリーダーとなって

1985年5月22日にアルバム

『ワイルド&ハニー』(最高8位 売上18、8万枚)をリリース!

イメージ 34

初のオリコンTOP10入りを果たし、過去2枚のアルバムも再びチャートを昇り始め

ライブは超満員!!

イメージ 35

渋谷のパルコには280人のキャパに対して700人が押しかけ

同じく渋谷のエッグマンでは当時の動員記録を打ち立てた。

『酸欠ライブのレベッカ』、『レベッカ現象』等と呼ばれ

半年後に『フレンズ』と名盤『レベッカⅣ』がリリースされると

人気爆発!

イメージ 36

文化祭や学園祭でレベッカのコピーをする

女の子ボーカルに野郎がバックというバンドが全国に

ウォーリーを探せ以上に出てきた!

個人的にはレベッカの名盤と言えば『ワイルド&ハニー』であるが

ベースの高橋さんが作った『光りと影の誘惑』という極上のインストゥメンタルが入ってる分

ここは『レベッカⅣ』に名盤の軍配を上げたい。

イメージ 49

さて、レベッカをクビになったシャケは

『絶対見返してやる!』

と、すぐにバンドを結成!!

最初は『レベッカ♂(オス)』という嫌がらせのようなバンド名を名乗っていたが

すぐに改名を余儀なくされ、『R』から始まるバンド名を徹夜で考えてつけたのが

レッド・ウォーリアーズ!

イメージ 37

ボーカルはロックやってるのに潔癖症の田所君(ダイヤモンド☆ユカイ)で

イメージ 38

武道館や西武球場を入場料1000円という採算度外視のライブを行い

そこそこ人気はあったものの

これといったヒット曲には恵まれず、たったの3年で解散!

イメージ 39

その後何度も再結成−解散を繰り返しているが

今はバンドの方より、グっさんと一緒に回鍋肉のCMに出ている

シャケの娘(杉咲 花ちゃん)の方が有名である。

イメージ 40

ちなみに『フレンズ』はNOKKOがクビになったシャケを思って歌った曲で

逆にシャケがNOKKOとの思い出を歌った曲がレッド・ウォーリアーズの

『ルシアン・ヒルの上で』という曲。

イメージ 41

シャケとNOKKOはお互いのバンドが解散した後に

晴れて結婚するも、たったの3年で離婚!

イメージ 43

NOKKOはその後、音楽プロデューサーの保土田剛さんと再婚して

今は熱海で平穏に暮らしています。

さて!最後にそんなNOKKOの最強伝説を1つ!

1985年に武道館で行われたラッシャー木村VSジャイアント馬場の試合

イメージ 42

馬場が花道を入場してきた際

イメージ 44

突然花束を手に飛びあがってキスをする女の子!!

イメージ 45

残念ながら馬場がデカすぎて顔までは届かなかったが

イメージ 46

全国ネットの生放送でその姿はバッチリと流れた

イメージ 47

NOKKOである!!

イメージ 48

女の子に抱きつかれたぐらいで試合前だというのに

モアイ像だった馬場の顔がえなりかずきみたいな目になって

馬場の戦意を喪失させた罪な女!

歌ってる時もプライベートもやっぱりNOKKO

恐るべし!!

イメージ 50


この記事に

閉じる コメント(10)

武道館6日連続講演とは凄かったですね。
マカロニなんぞは、昨日まで5日間連続通院で、毎日、午前と午後に抗生物質の注射と点滴ですから・・・。
お陰さまで、腎臓の炎症はおさまりましたが。

話は戻りますが、
相変わらず、しろしさんの情報量はスゴいですね。
レベッカ自体は知っていますが、
その背景やら歴史やらは全く知りませんでした。

ダイヤモンド☆ユカイ氏は、最近良くテレビで見ますが、歌ってる姿を見たことはありません。

2015/10/24(土) 午後 3:14 [ マカロニ ] 返信する

顔アイコン

古今東西問わず・・・バンドの維持ってむずかしいんですね!

しろしです。さんの驚愕のリサーチ力のおかげで、毎回楽しんでいますが・・・このレベッカの波瀾万丈伝・・・ナイスです(^^)/
・・・NOKKOのUFO聴いてみたいな!

2015/10/24(土) 午後 3:16 細目下睫 返信する

初めまして!
レベッカ、、大好きでした。今でもよく聴きます♪
知らない事ばかりで、、驚きと、、感動です

2015/10/24(土) 午後 8:00 [ モナ ] 返信する

顔アイコン

レベッカの歌は知っているが、ノッコは知らなかった。で、東レの4番(バレーボール)うーん、そうそう迫田に似てる。ということにしときます。

2015/10/25(日) 午前 6:20 [ 団旗 ] 返信する

マカロニさん、回復おめでとうございます。なんだかんだ言って
レベッカが好きだった頃を思い出して書いてました。
改めて曲を聞き返すと、やっぱり土橋さんは偉大だなと再確認!
個人的には回鍋肉のCMでグッサンと共演していた女の子がシャケの娘だと
いう事にビビりました。

2015/10/26(月) 午前 7:28 [ しろしです。 ] 返信する

細目下睫さん、一応DOLLのオリジナルもあっての『UFO』なので
メインで歌ってたワケではありませんが、もしレベッカとして今後アルバム
を出すような事があれば、ボーナストラックにワンコーラスでいいから
入れてほしいですね。ついでに特典映像にピンクのレオタード姿も・・・・

です・・・・。

2015/10/26(月) 午前 7:33 [ しろしです。 ] 返信する

モナさん、初めまして!『メイビートゥモロー』はレベッカの曲で初めて
泣けた曲でもあります。モナさん同様、この歌詞に背中を押された事もありました
♪だ〜けど明日は〜きっといいこと〜あると信じて〜たいの〜♪
♪メイビートゥモーローーーーー♪

2015/10/26(月) 午前 7:39 [ しろしです。 ] 返信する

団旗さん、迫田もしかりですがその手の話しなら
toc*ito*hib**gさんが例えてくれた
NOKKO=泰葉が一番ドンピシャで笑えます!

2015/10/26(月) 午前 7:52 [ しろしです。 ] 返信する

レベッカ、紅白出場おめでとうございます。
しろしさんの この記事が影響しましたかね(笑)

2015/11/27(金) 午前 7:15 [ マカロニ ] 返信する

さすがマカロニさん!情報早いですね(笑)意外にも初登場だったレベッカ。
ベタな『フレンズ』以外の曲だったら何でも良いです。。。。

2015/11/29(日) 午前 5:40 [ しろしです。 ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事