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アルバム発売 1986年6月20日
全米・全英第1位
売上 全世界2500万枚
『ニューヨークに引っ越して1年目に拳銃を突きつけられて強盗に遭った。
それからナイフを突きつけられて
屋上に引きづり出され強姦されたこともあった。
アパートには3度空き巣が入ったことがあったが
なぜわたしの部屋に盗みに入るのかはわからなかった。
最初の空き巣でラジオを盗られてから
金目の物なんてわたしの部屋には無くなっていたから』
さすがのマドンナも強姦された事は相当ショックで
警察はもちろん、誰にも言えず
ダンスにも身が入らなくなり自らカンパニーを退団。
そんな中、オーディション情報誌で映画キャストの募集を見つけ
2ページにも及ぶ長い履歴書を書いて見事採用され
主演の座を射止めたのが後に
『マドンナが売れていない頃に出ていたポルノ映画』
という宣伝文句で発売された
映画『マドンナin生贄』
この作品、撮影途中で予算が無くなってお蔵入りしていたのに
後にマドンナがスーパースターになると、あわてて完成させたという
しょーもない映画です。
ストーリーはレイプされた女性が復讐するという
ポルノの『ポ』の字もないB級映画でしたが
それでもレンタル中の札が絶え間なかったのだけは覚えています。
ちなみにこの映画に出た時のマドンナのギャラ
たったの100ドル(約2万円)!
そう言えばシルヴェスター・スタローンも売れていない頃に出ていた
『イタリアの種馬』というポルノ映画が話題になりましたが
マドンナ同様、『ロッキー』が大ヒットした後にお蔵入りしてた物を再編集!
ギャラは200ドルだったそうな・・・
『エビドリアーーーン!』
『セックスは目標達成の為の手段でしかなかった。
それ以上の意味は何一つない』
ダンス・カンパニーを辞めたマドンナは再びクラブ通い。
生活の為に男を引っ掛けて何とか食いつないでいたんだとか・・・・
そんな下積み生活が5年!
デビューのキッカケは当時付き合っていた彼氏がバンドをやっていて
そこで歌う事に目覚めたマドンナは
『スターになるには歌って踊れなきゃダメ!』
と、デモ・テープを作ってレコード会社に売り込み!
しかし全く相手にされず。
『力を貸してくれそうな有力者と出会えるような場所に
手当たり次第に出掛け、そこでおきる
わずかなチャンスに全てを賭けていた』
そこで考えたマドンナは有名なDJがやっているクラブに出向くと
『凄くいい曲があるわ!皆凄く気に入るわよ!』
と言ってDJの唇にキスするという
『お色気作戦』を決行!
フロアにマドンナの曲が流れ、やがてそれが若者の反響を呼ぶようになると
ワーナーブラザーズの傘下サイアーレコードからスカウトされ
契約金5000ドルに1曲ごとの印税
さらに出版料として1000ドル支払うという内容で契約!
1982年10月、シングル『エヴバディ』(全米107位)でデビュー!
マドンナの顔すら載っていないジャケットはビルボードの
ダンス・クラブ・チャートで3位迄上昇!
予想外のヒットにレコード会社はあわててファーストアルバムの制作に取り掛かり
翌83年にデビューアルバム
『バーニング・アップ』(全米8位、全米400万枚)をリリース!
このアルバムからはナント5曲がシングル・カットされた。
普通なら新鮮味が無くなって順位は下がって行くのに
(あのマイケルジャクソンの『スリラー』でさえ、『ビリージーン』『ビート・イット』の連続1位の後は
『スタート・サムシン』(5位)、『ヒューマン・ネイチャー』(7位)、『P・Y・T』(10位)と順位を下げ
最後にシングル・カットされた『スリラー』でさえ1位を獲得できず4位だった)
ところがマドンナの場合、『エブリバディ』と『バーニング・アップ』こそ圏外だったが
『ホリディ』(全米16位)
『ボーダーライン』(10位)
『ラッキースター』(4位)と
シングルをリリースする度にランクが上昇!
ちなみにこの時の1位は10週連続で首位を独走してた
オリビア・ニュートン・ジョンの『フィジカル』でした。
そして1984年、全世界にその名をとどろかせたのが
『ライク・ア・バージン』!
世界で一番有名なマドンナの曲である。
高校生の頃は『処女が好き!』という意味だと思っていたが
♪処女みたぁ〜い!処女のフリしてぇ〜♪
という意味らしい(笑)。
元々はマドンナの為に書きおろされた曲ではなく
男性アーティストに歌わせる為のものだったのが
(バージンの意味は『処女』の他に『童貞』という意味もあるらしい)
たまたま聞いたワーナーの幹部が
『こりゃマドンナにピッタリだ!』
と、その場で楽曲を買い取り。
プロデューサーはナント!大物ナイル・ロジャース!
デビッド・ボウイの『レッツ・ダンス』や
デュラン・デュランの『リフレックス』をプロデュースした人で
当初は『ライク・ア・バージン』はシングルのみにする予定だったが
マドンナがそれを断固拒否!
ナイル・ロジャースの反対を押し切って収録させたアルバムが84年にリリースされた
セカンド・アルバム『ライク・ア・バージン』!
全米3週連続1位、売上1000万枚!
全世界で2100万枚を売上げるウルトラ大ヒットに!
『成功するために大切なのは、あきらめずやりぬく事。
君には才能が無いから別の道を行った方がいいと
周囲に説得されてあきらめていった人をたくさん私は見てきた。
わたしも数多くそう言われたが
忠告にしたがわなかった。』
35ドル持って19歳でニューヨークにやってきて5年・・・
今となっては年間125億円を稼ぎ
シングル、アルバムの総売上は3億枚以上(女性アーティスト歴代トップ)
世界で最も成功し、最も売れた女性アーティストとして
ギネス・ブックにも載っているマドンナ。
アメリカのレコーディング・アーティストの資産ベスト10では
779億円のポール・マッカートニーを抑えマドンナが1位!
その資産なんと
944億円!!
今年57歳を迎え、今も昔と変わらず
こんなことしちゃうマドンナは
人類最強の姐御です! まだまだ続くマダーナ!
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『人類最強の姐御です!』
これ、、、名言です。 本当にそう思います。
マドンナ大好きです
2015/11/29(日) 午前 10:50 [ - ]
モナさんコメントありがとうございます。
当ブログにおいては女性のコメントはツチノコ並みに貴重なので
とっても励みになります(笑)
2015/11/30(月) 午前 8:41 [ しろしです。 ]