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1976年11月25日発売
最高1位
売上 65、4万枚
作詞/阿久悠 作曲/都倉俊一
♪今日もまた誰か〜、乙女のピンチ〜♪
当初A面の予定だった『乾杯お嬢さん』をB面にして
ビクターから猛反対された『大股パカパカダンス』をミニスカートで踊らせた『ペッパー警部』が
初登場99位と惨敗!
ピンチになったのは『乙女』ではなく、歌手時代は『ルイジアナ・ママ』を歌って
『スタ誕』でピンク・レディーを発掘したディレクターの
飯田久彦だった
飯田はデビューが遅かったピンク・レディーを売る為に
『とにかく露出をしなくてはならない』
と考え、『ペッパー警部』の時は『月刊平凡』のグラビアで雪山で水着!
『S.O.S』の時はイントロに“SOS”のモールス信号を入れる事を提案
テスト盤をラジオでオンエアした所、放送局から『遭難の事実のない遭難信号の発信』
に当たるとして怒られた挙げ句、冒頭部分はカット!
それを新聞やマスコミがピンク・レディーの新曲放送禁止!
と騒いでくれたおかげで絶好の話題作りにはなったものの
初登場42位と『S.O.S』なスタートだった
この時、首位を独走していたのが
都はるみの
『北の宿から』(4週連続1位、売上143、5万枚)
♪あなた、カルビはないですか〜♪
もとい!
♪あなた、変わりはないですか〜♪
1976年の年末はまさに『北の宿から』一色であり
都はるみはこの曲で『レコード大賞』を受賞
その時の新人賞がピンク・レディーの『ペッパー警部』
僕がテレビで初めてピンク・レディーを見たのもこの時で
ノリの良いメロディーに変身ポーズさながらの振り付けにポカーンとし
揺れるミニスカートがハニーフラッシュでドキドキしたのを覚えている
大晦日の夜は『レコード大賞』を誰が取るかで釘付けになり
日本野鳥の会が凄い早さで客席を数え、『紅』『白』どっちが勝つのか見届けた後
除夜の鐘がゴーン!
放送開始から90年もやってる『ゆく年くる年』を見てお参りに行くのが
多くの国民同様、我が家の恒例行事であった
全国の子供達がお年玉でレコードを買ったかどうか定かではないが
年が明けた1977年の1月、『ペッパー警部』はオリコン4位迄上昇!
相乗効果で『S.O.S』もトップ10にランクインを果たした
この時、1位をガッチリキープしていたのが
中村雅俊主演のドラマ『俺たちの旅』の大ヒットで『青春』ブームとなり
リリースから半年経ってようやく売れた森田公一とトップギャランの
『青春時代』(4週連続1位 売上 101、8万枚)
これを1位から引きづり落としたのが
『S.O.S』!
1年に販売されるチョコの4分の1をたった1日で売上げ
もらえない男にとっては地獄の日となるバレンタインデーに
たった50枚差という僅差で
ピンク・レディーが初の1位を獲得!
♪男は狼だから〜気をつけなさい♪
田舎から出てきて右も左もわからないミーちゃんとケイちゃんに
親心のような歌詞を送った阿久先生
後に真子ちゃんが
♪あなたが〜狼なら〜怖くな〜い♪
と歌い切るまで
なった事はありませんが
男はみんなオオカミ扱いでした(笑)
ちなみに『北の宿から』、『青春時代』、『狼なんか怖くない』も全て
阿久悠作品!
『歌は時代とのキャッチボール。時代はいつも飢えている。その飢えている時代に
僕は言葉を投げかけて、その飢えを満たすんだ
時代の中に隠れた飢餓に命中する事がヒットではなかろうか』
カラオケで歌う女子に
♪エス、オー、エス!♪
♪エス、オー、エス♪
の所で手拍子を入れる人はケイちゃんファンで
♪エス、イー、エックス!♪
と騒ぐ男子はミーちゃんファンが多い・・・(しろしリサーチ調べ)
あれだけ日本中がピンク・レディーブームだったにもかかわらず
僕の周りにはピンク・レディーのファンやグッズを持ってる子はおらず
ミーちゃんとケイちゃんになりきって歌ったり踊ったりする女子もいなかった
それどころか鉄板で聞かれる
『ミーちゃんとケイちゃんのどっちが好き?』
という質問もされた事がない
もし聞かれればミーちゃんと答えるが
それはケイちゃんに比べてのミーちゃんであり
後に真子ちゃんが出てきて両目がハートマークになるまで
僕の中ではミキちゃんがNo1であった!
ぶっちゃけ、ピンク・レディーの曲は好きだがレコードを買うほどのファンではなく
物体的な興味も無く、これと言ったエピソードも無いにもかかわらず
黄金期のヒット曲は今でも歌えるし、振り付けもイントロとサビなら
腰痛と相談しながら
今でも踊れる!
2001年に放送された『探偵!ナイトスクープ』で
『30代の女性は誰でもピンク・レディーを踊れるのか』
という調査を行った所、道行くほとんどの女性がインタビューに応え
『もう忘れました』、『できないです』、『無理、無理、無理』
と、拒みながらも、『UFO』のイントロが流れた瞬間
買い物中の主婦も
往診帰りの女医さんも
自然に身体が反応して踊り出したのだ!
中には踊りながら歌う人もいれば
一緒に踊ったのは初めてという2人組や
瞬時にパート分けを行って踊る女の子に
『サウスポー』まで踊る女の人もいた
極め付けはカメラに映ってない所でこっそり踊ってる女性も含め
全員がピンク・レディーの振り付けを完璧に踊りこなしていたのだ!
しかもイントロだけではない
フルコーラスでだ!!
男性で言えば
急に渡されたのがマニュアル車であっても、すぐに乗れてしまうのと同じであろう!
子供の頃に覚えた振りを30年以上経っても忘れていないという驚異の影響力こそが
ピンク・レディー最大の凄さではなかろか!
この番組には30年が経過した順に
『セーラー服を脱がさないで』
『LOVEマシーン』
『恋するフォーチュンクッキー』
でも是非検証して頂きたいものである
次回もピンク・レディー!
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『S.O.S』の発売日は、マカロニの誕生日でした。←知りませんでしたが、何か縁があるかもしれません。
当時、どちらが好きかと問われれば、ミーちゃんでしたが、ラン姉さんの魅力には及びませんでした。
もちろん、真子ちゃんも好きでしたし、「エス・イー・エックス」も好きですが、何か?
それにしても、阿久悠作品がこんなにはびこっていたとは驚きです。
次回の投稿も楽しみにしています。
2017/10/5(木) 午後 6:14 [ マカロニ ]
歌謡曲の詩は冷静に聞くと物凄い事を言っていたり、動機が不純だったり『ぶっとんで』いたりしています。妄想で詩を書いていたのなら奇人・変態・変人・宇宙人です!
阿久悠ワールドって凄いものがあります。このような方は2人と居ないでしょうね!
2017/10/5(木) 午後 6:48 [ toc*ito*hib**g ]
いやいや・・・凄かったんですよ!休み時間の振り真似大会は・・・(>_<)
キャンファンでありながら、迫害をのがれようと・・・表向きはピンク贔屓なそぶりをしていました・・・そんな1977年の冬でした・・・(>_<)・・・うっそ!(UFOチックに)
2017/10/5(木) 午後 9:01
マカロニさんも僕のリサーチ通りでしたね(笑)
お誕生日に『S.O.S』の発売日とは奇遇ですね!お寿司とノドグロを超えるには
奥様女体盛りで狼になるしかありません!
♪ダメ、ダメ〜ダメ〜ダメ、ダメよ♪
♪エスイーエックス!♪
パン、パン!
♪エスイーエックス!♪
パン、パン!
2017/10/6(金) 午前 6:27 [ しろしです。 ]
阿久先生の凄い所は、ピンク・レディーだけを書くならまだしも
同時期に沢田研二、岩崎宏美、石川さゆりと言った、まるで個性の違う人にも
詞を提供していた事です。頭の中と気持ちをどうやって切り替えていたのか・・
月に何本も連載を抱え、全く違う作品を同時進行で描いていた
手塚治虫先生に匹敵する作詞界の
『神』です!
2017/10/6(金) 午前 6:43 [ しろしです。 ]
細目下睫さんのクラスに居たかった・・・ピンク・レディーが全盛期の頃
川崎の小学校に通ってましたが、いなかったな・・・・
身を持って体験したのは聖子ちゃんブームが最初でしたね・・・
自分がやっていた事は覚えてます
机の上に仰向けになって片足をあげて
『ちょっとだけョ、アンタも好きね〜』
と、東村山音頭(笑)
2017/10/6(金) 午前 6:56 [ しろしです。 ]