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1977年9月5日発売
12週連続1位
売上 120、1万枚
作詞/阿久悠 作曲/都倉俊一
第一号の国民栄誉賞が王さんだった1977年9月5日
ピンク・レディー5枚目のシングルとなる
『ウォンテッド』がリリース!
静と動に笑を装備したこの曲は
日本人の音楽感を変えたと言っても過言ではない!
僕の中でも一番の大好物であり
ピンク・レディーの全シングルの中で最長となる
12週連続1位のウルトラ大ヒットを記録!
♪私の胸〜の鍵を〜こわしてに〜げて行った〜♪
黒と白のスダレ衣装を着たミーちゃんとケイちゃんが
いつもの激しい踊りもイントロの伴奏も封印して、交互にマイクを差し出しす姿は
モモレンジャーのように勇ましく
♪あいつはど〜こへいるのか〜♪
他のアイドル同様、めずらしく立ったままで歌っていたかと思ったら
♪盗んだ心、かえせっーーーーーー!♪
突如羽化した超獣のように暴れ出し
♪う〜ウォンテッ!♪
♪ウォンテッ!♪
『ガチョ〜ん!』に似たガオーなポーズは
『指名手配を捕まえるぞ!』
という土居先生のワイルドな振り付けで
瞬く間に大流行!
♪ウォンテッ!♪
そこへもってきて歌い出しが
♪あんちくしょう♪
ときた!
『あんちくしょう』なんて言葉を聞いたのは
『あしたのジョー』の
♪憎い〜あんちくしょ〜うの〜顔〜めがけ〜♪
以来!!
そもそも『あんちくしょう』とは『あの畜生』であり
『家畜と同等の馬鹿』
という意味!
今風に言い換えるなら
『おしゃべりクソ野郎』
『金髪豚野郎』
『このハゲーーーーー!』
と言った所でしょうか・・・・
『たくさんのメロディーがゴチャまぜになっていて全部面白くて
全部覚えたいけれども長くて覚えきれないのがいい』
阿久先生の脳内チャプターがフル回転した♪う〜ウォンテッ!♪は
奇策と奇襲の雨あられ!
昔は多羅尾伴内
僕の時は如月ハニーが言っていた
『ある時は○○、またある時は××・・・・』
という名セリフを
ラップ調にしてコミカルに歌わせるアイディアの凄さ!!
そうかと思ったら、これを聞いたら鳥肌が着席しなくなる
♪好きよ〜好きよ〜こんなに〜好きよ〜♪
♪もう、あなたなしでい〜ら〜れない〜ほどよ〜♪
ピンク・レディー極上のハーモニー!
まるで赤ちゃんを寝かしつけるお母さんの優しい声で
♪空っぽよ〜(空っぽよ〜)心は〜♪
♪うつろよ〜(うつろよ〜)何もないわ〜♪
♪あの日あなたが〜♪
♪盗んだのよ〜♪
うっとりと聞き惚れてしまうハモリの美しさは
『萩の月』からこぼれ出るカスタードクリームの海を
泳いでいるような幸福感に浸らせてくれる
珍しくピンク・レディーにしてはへヴィなメロディーラインで
本線で延々と繰り返される
♪ズラッ、チャ、チャ、チャ、ズラン♪
というリフのカッコ良さもさる事ながら
♪アイウォンチューベイビー!♪
♪アイウォンチュ、ベイ〜ビ〜♪
♪ア〜、ア〜、アー、アーーッ!♪
♪う〜ウォンテッ!♪
この流れは最強で
ラストでは頭のお飾りがブっ飛ぶぐらいの
ヘドバン攻撃の嵐!!
クビがもげるのではナイカ?
と思うほど
頭をグリングリン回してからの
♪う〜ウォンテッ!♪
は圧巻!!
これをテレビで見る事ができた時代に生まれて本当に良かった!
後に都倉先生が
『必死について行った時期があった』
とコメント!
あのピンク・レディーブームは仕掛けた側が作り出したのではなく
ファンが作ったブームにピンク・レディーが乗っかったもの
純粋で素直な子供達が大人よりも早く飛びつき
中高生や若い男性諸君はもちろんの事
テレビなんか見そうもない社会の重鎮や
便座に座ってどっちを出すのか忘れたジイちゃん・バアちゃんまで
日本中を巻き込み、社会現象にもなったピンクの台風!
幼稚園児や小学生、特に女の子にとってピンク・レディーは『神』であり
子供の為に親はレコードを買い、孫の喜ぶ顔が見たいと
ジイちゃんとバアちゃんはピンク・レディーのおもちゃを
買う!
買う!
買う!
レコードは売れ、ピンク・レディーが出る番組は高視聴率を上げ
とある音楽番組で
『痩せる為にウーロン茶を飲んでいる』
と言った途端
ウーロン茶が大ブーム!
世界初の缶入りウーロン茶が日本で発売されたのは
この発言がキッカケだった!
CMに出れば商品は飛ぶように売れ その経済効果、350億円!
現在の貨幣価値に換算すると実に
800億円!
ちなみにピンク・レディーが所属していた事務所(T&Cミュージック)の売上げは
デビューした1977年の決算が4600万円だったのに対して
翌年には10倍以上の6億4000万!
1979年には18億9000万という莫大な売上を記録!
あるラジオ番組で
『相当儲かったでしょう?』
と聞かれたケイちゃんは
『全然入ってきてないです。お給料制だったからね』
当時、大卒の初任給が9万円だった時代にデビューしたピンク・レディーのギャラは
最初の1年目で
月5万円
『カルメン77』から『U.F.O』迄の絶頂期で
15万円
『サウスポー』から『カメレオン・アーミー』の時でも
30万円で
『ジパング』から『マンデーモナリザクラブ』の頃にようやく大台突破の
150万円!
解散迄の5年目は
350万円と
2人が当時稼いだギャラは総額で
約4850万円!
歌唱印税しか入ってこないとは言え
シングル1105、6万枚、アルバム213、6万枚
トータル・セールスで1319、2万枚を売上げた実績から見ると
メチャクチャ少ない!
ちなみに先頃、引退を表明した安室ちゃん
彼女も歌唱印税だけでピンク・レディーと同じ月給制でしたが
月600万円!
ピンク・レディーの頃は2人とも、あまりに多忙すぎて使うヒマが無く
貯金していたお金は解散と共に両親にプレゼントしたんだとか
『お金について事務所に注文した事はないです。
だってようやく見つけた生きる道だよ』
ミーちゃんのその言葉にピンク・レディーの神髄を見た気がしました
数々のヒット曲を世に送り出したピンク・レディー
黄金期でも給料が月2、30万だったと聞くと、何となく親近感がわきますが
仕事内容はブラック中のブラック!
例えば、イベント会場の出演が12時に終わったとして
次のテレビ番組の収録が12時からという悪魔のようなスケジュール!
子役時代の杉田かおるがピンク・レディーが来ない為に撮影が進まない事に腹を立て
『ピンク・レディーを降板させろ!』
とプロデューサーに文句を言った所
『お前が降板しろ!』
と、逆ギレされたのも
『夜ヒット』の時はリハーサルに間に合わず、百恵ちゃんと淳子ちゃんが
ピンク・レディーの代わりに歌ってくれたのも
スケジュールに移動時間というものが入っていなかった為!
渋滞にハマれば衣装の上に私服を着て電車に飛び乗り
ファンが殺到しすぎてパトカーが先導してくれたり
ヘリコプターをチャーターして現場に駆けつけた事もあった
『どこにいるのか、何の仕事なのか、全然把握してなかった』
食事は移動の車の中でパンと牛乳や果物、ビスケット!
毎日のようにある歌番組の収録にCM撮り
週末には地方コンサートをこなし、3ヶ月おきにリリースされる
新曲の振り付けのレッスンとレコーディングを朝迄こなし
デビューしてから『UFO』でレコード大賞を取るまで
1日も休み無し!
『いつも明け方に帰ってきて、居間にあったコタツに入って
ガウンだけ羽織って仮眠を取る毎日でしたね』
『先に寝るかシャワーを浴びるかで迷う』
当時のトップアイドルの平均睡眠時間が3時間と言われていた中
ピンク・レディーは睡眠ではなく
『仮眠を45分』
だったそうだ
ちなみに絶頂期のピンク・レディーの仕事
1日15本!
それが毎日4年間続いていたのだ
『とにかくマネージャーのかかとを見つめて着いて行くだけっていう感じ』
『自分達が実際にどれくらい人気なのか全く分からなかった』
雑誌の写真やマルベル堂で売られていたブロマイドの撮影は
通常2時間はかかる所、カメラマンに与えられた時間は
たったの5分! あまりの忙しさにスタジオに入っている時間が無く
テレビ局の廊下や階段、移動の合間にその辺で撮影したものが使われ
インタビューはテレビ収録のホールの入り口から楽屋に入るまでの間に
歩きながらこなすという神業!
『インタビューでケイが話している時、私はだんだん意識がなくなっちゃって・・・』
『頑張ってないと意識がなくなっちゃうんですよ』
『もうひたすら頑張るのみでした』
そんな殺人的スケジュールの中
『私がピンク・レディーでいる価値があるのかどうか確かめたくて』
と、思い立ったケイちゃんは移動中の車から飛び降りて脱走!
誰か追いかけて来てくれると内心期待したものの
マネージャーもスタッフも追いかけて来ず
ガッカリしたケイちゃんは
これが最後の仕事だと、歩いて現場に向かうと
入り口で大勢のスタッフが花道を作って拍手で出迎えてくれたんだとか
『お帰り〜!ケイの事だから絶対帰ってくると思ったよ』
みんなケイちゃんが来るのを信じてずっと待っていたなんて
感動のるつぼ!!
『1日の区切りがわからないからずっとつながってる感じ』
ほとんど寝ていないせいで記憶が定着せず、当時の事は2人揃って
『ほとんど覚えていない』
毎週のように出ていた『ザ・ベストテン』で
ある時ケイちゃんが大ファンだった俳優の田村正和が
1位になったお祝いに花束を持って駆けつけてくれた事があったが
それもケイちゃんは
『全く覚えていない』
んだとか・・・・
それどころか
『ベストテンに来た事は覚えているけど
黒柳さんと久米さんに会った記憶がない』
♪ダバダ〜ダ〜バ、ダバダ〜♪ みなさん働きすぎには注意しましょう・・・・
次回は『ユッフォ!』 |

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♪好きよ〜 好きよ〜のくだり、大好きです!
そして、如月ハニーを思い出させる「ある時○○」の部分。阿久先生は本当に凄いですよね。
マカロニがガキの頃、憧れのアニメ女性は、ハニー。
峰不二子や森雪。けっこう仮面も良いけど、なんと言ってもハニーでした。
話はそれましたが、
ウォンテッド(指名手配)のB面は、逃げろお嬢さん てのも面白いですね。
2017/11/20(月) 午後 5:25 [ マカロニ ]
ホントにすごかったんですね〜ピンク・レディーは!
1974年頃に生まれた人たちは、人生で最初に知った英語がI love you でも This is a pen でもなくWanted!だったんですね(最初に覚えたフランス語はアン・ドゥ・トロワ?)
2017/11/20(月) 午後 7:40
詳しくないのですが、40年ほど前は売り込む時にお金を使い、売れたらとことん働かせる様な世界が芸能界ってイメージがありましたね!
お金を懸けても全く売れないタレントも多く居ると思いますから・・・芸能事務所も大変な世界ですよね!
2017/11/20(月) 午後 9:12 [ toc*ito*hib**g ]
スーパーマーケットでシャワランのポスターを貰ったので部屋に貼っていた記憶が・・・
2017/11/20(月) 午後 10:45
マカロニさん同感です!不二子ちゃんや森雪は大人の女性として
距離がありましたが、ハニーはもちろんの事、『魔女っ子メグちゃん』の
メグちゃん、『エースをねらえ!』の岡ひろみも好きでしたね・・・・
2017/11/22(水) 午前 6:28 [ しろしです。 ]
タイチオさん、今でも覚えているフランス語は『コマンタレ―ブー』
(ご機嫌いかが)で、英語は『掘ったイモいじるな!』
(What time is it now)『知らんぷり〜』も忘れられません!
2017/11/22(水) 午前 6:32 [ しろしです。 ]
細目下睫さん、『シャワラン』も良いですが、ひろ子嬢の『ちゃん、りん、しゃん』
も良かったですね〜!
2017/11/22(水) 午前 6:36 [ しろしです。 ]
toc*ito*hib**gさん、ピンク・レディーが成功したのは
金銭目的として活動してなかった所でしょうね・・・・
純粋に歌が好きという事が最後までブレなかった!
そんなアイドルもう二度と出ないでしょう!いたら『指名手配』します!
2017/11/22(水) 午前 6:47 [ しろしです。 ]