音選街

音楽を中心に勝手にレビューしてます

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アルバム発売1988年8月5日
最高32位
売上1、6万枚

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アイドルが出したロックなアルバムで名盤と呼べるのは2枚しかない。

1枚は中森明菜の『STOCK』。

もう1枚は本田美奈子率いるワイルド・キャッツの

『ワイルド・キャッツ』だけである!

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抜群の歌唱力と愛らしいルックスでそこそこの人気を誇っていた美奈子嬢。

洋楽には全く興味がなかったが

ゲイリー・ムーアやクイーンのブライアン・メイ、ジョー・ジャクソン

といった海外の大物ミュージシャンからプロデュースや楽曲提供を受けた事で目覚め

アイドルからアーティストへと徐々に変貌を遂げて行くのである。

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それならそれで、ソロとして歌っていけばよかったものを

なぜバンドに執着したのか?

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キッカケはロンドンでアルバムのレコーディングをしていた時

見に行ったクイーンのコンサートだった。

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『このまま死んでもいいっていうくらい

勢いとエネルギーを感じるステージだった。』

全身全霊を込めて壮絶に歌い上げるフレディ・マーキューリーの姿に感動し

美奈子嬢はバンド結成を決意する!

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『メンバーは全員女の子で、ツインギターとツインドラムで!』

という条件を事務所に出し、早速東京と大阪でオーディションが行われた。

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かくして、ドラムとキーボードとギターが2人づつに

ベースが1人という普通のバンドで言えば2組分の

ワイルド・キャッツが誕生したのである。

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1988年の年明けから練習を重ね、美奈子嬢のコンサートの

バックバンドとして共にツアーを回りながらデビューに備えていた。

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当時のガールズ・バンドと言えば

寺田恵子率いるSHOW−YAプリプリしかおらず

ワイルド・キャッツがデビューすれば、このツートップに並ぶハズだったのだが

ここでとんでもない事件が起こる。

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ラ・ムーのデビューである。

ワイルド・キャッツより5ヶ月早くデビューしたラ・ムー。

アイドルがロックバンドをやるというニュースは大きな話題となり

これから美奈子嬢がやろうとしていた事を

菊池桃子に先を越されてしまったのである。

それはそれでいい。

しかし肝心のサウンドがロック等と呼べるようなシロモノではなく

怒りを通り越して笑ってしまうほどお粗末なものだった。

ラ・ムーが世間に与えた失望感は

極刑に値する!!

そんな悪条件の中、ワイルド・キャッツがデビュー

美奈子よ、お前もか!

と、誰もがラ・ムーの二の舞かと思った。

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ここで

『ワイルド・キャッツはラ・ムーとは違うのだよ!』

という楽曲だったらもっと売れていたのに

デビュー曲がまさかの

『あなたと、熱帯』
1988年7月6日発売 最高10位 売上 4万枚

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作曲を手掛けたのはRCサクセションの忌野清志郎。

作詞は松本隆という豪華ライター陣!

清志郎を起用した事で話題にはなったものの・・・・

聞こえてきたのはアマゾンの原住民が踊っていそうな

ヘンテコリンなリズム・・・。それだけならまだいい!

♪あなたと寝たい、あなたと寝ったい〜♪

『熱帯』が『寝たい』と聞こえる奇を狙ったサビ・・・・

これをわざわざバンドを組んでまで歌いたかった曲なのか?

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これではラ・ムーが付けた傷跡に

塩を盛られたような痛さが残っただけである。

誰もが深い失望から怒りへ転じた後、このアルバムがリリースされたのだ。

遅かった・・・

『あなたと熱帯』で裏切られたファンはアルバムには見向きもせず1、6万枚と

惨敗!ほとんど売れなかったのだ。

が、しかし!!

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だまされると思って聞いてみたら

メチャクチャ良かったのだ!

『あなたと、熱帯』以外は全曲シングル・カットしても良いくらいの

完成度・クオリティ・どれをとってもレベルの高い曲ばかりで

本田美奈子がバンドにこだわった

ワケがやっとわかった

アルバムの1曲目に入ってる

『WE ARE WILD CATS』を聞いてごらんなさい!

これがデビュー曲だったら

ラ・ムーより100倍売れてた!

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