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1980年4月1日発売
最高12位
売上 28万枚
作詞/三浦徳子 作曲/小田裕一郎
最初に断っておくが
私は松田聖子のファンではない!
オリジナル・アルバムは持ってないどころか聞いた事すら無い。
CDで4枚組のベスト盤を持ってるだけだ。
その証拠にデビュー曲は
ずっと『青い珊瑚礁』だと思っていた!
にもかかわらず、20枚目の『天使のウインク』までサビなら
全部歌える!!
ファンでもないのに・・・
恐るべし松田聖子!
もはや歴史上の人物と言っても過言ではない。
結婚−出産−離婚−再婚と、叩けばPM2.5以上のホコリが出てくる私生活!
にもかかわらず未だ現役バリバリ!
ファンではないが、今後松田聖子を超えるアイドルは
永久に現れない気がする!
☆松田聖子(かまち のりこ) 1962年3月10日生まれ
福岡県久留米市出身 160cm 42kg A型 さほど可愛いくもない松田聖子がデビューしたキッカケは高校1年の時に応募した
『ミス・セブンティーンコンテスト』
優勝すると『アメリカのディズニーランドご招待』で
大好きなミッキーマウスに会える事と、全国大会のゲスト審査員が
憧れの郷ひろみだったからという単純な理由だった。
九州大会では桜田淳子の『気まぐれヴィーナス』を歌って優勝。
ところが全国大会は父親の猛烈な反対にあって出場辞退!
その時、CBSソニーのディレクターだった若松氏が
たまたま地方大会のデモ・テープを聞いた時に聖子の歌を聞き
『この子は絶対売れる!』
と、確信!
猛反対する父親の説得に1年半もかかったが、それでも許しが出ないとわかると
聖子は高校を退学して単身上京というもの凄い行動に出るのだ。
それからは『サン・ミュージック』の相沢社長宅で寮生活をスタート!
その後、連れ戻しに来た父親に聖子はこう言った。
『帰らんち!絶対に帰らんち!
好きで歌うんやから
ダメとわかるまではいやや!
絶対頑張る!』
1980年4月1日『抱きしめたい!ミス・ソニー』
のキャッチコピーでデビュー!
『裸足の季節』のジャケット撮影はたった10分で終了。
一重まぶたの顔はまるで森林に生息する小動物みたいだったが
歌は確かに上手かった! 『サン・ミュージック』は実は聖子を売り出す前に中山圭子という新人に力を入れていたが
彼女が出演するはずだったシャンプーのCMが薬事法違反で販売中止。
代わりに取ってきた仕事が資生堂の洗顔クリームのCMで
『裸足の季節』の歌は使われたものの、肝心のエクボが聖子にできなかった為
CMには山田由紀子という女優さんが出演。
誰もが山田由紀子が『裸足の季節』を歌っていると思うようなCMであった。
実際2人揃ってのサイン会が行われた時
山田由紀子の方には大勢の人が集まって松田聖子の方には人が集まらず
『あの子、誰?』
と言われ、涙が出るほど悔しい思いをしたという。
二度と『あの子は誰?』なんて言わせない!
そう心に強く誓った松田聖子。
やがて聖子の人気が爆発して立場は逆転!
山田由紀子の名前はあっという間に忘れ去られ
山田と言えば『花子』が相場となった。
そんな松田聖子の芸名の由来は2つあって
海外進出する時の為に日本が世界に誇る時計の
『SEIKO』と自動車メーカーの『マツダ』
から取って付けたというのが一つと
(実は『ホンダ』も候補に挙がっていたので一歩間違えれば『本田聖子』だったかもしれない。) デビュー前に出ていた『おだいじに』というドラマの役名が
『松田聖子』だったのでそのまま芸名にしたという説。
このドラマ、本当は同じ事務所の先輩だった香坂みゆきが出る事になっていたのが
スケジュールの都合が合わず、松田聖子に声がかかったんだとか・・・。
予定通り香坂みゆきが出演していたら、『松田聖子』という役名は
ドラマの終了と共に消えてなくなる運命だった。 その場合最初に用意されていた芸名が
『新田明子』
『納豆ごはん』並みに平凡でパッとしない名前な上にデビュー曲の『裸足の季節』は
『ハイヌーンは熱く』
とい、エロビデオみたいなタイトルだった。
ソニー大型新人デビュー!新田明子、『ハイヌーンは熱く』
これじゃ1億%売れない(笑)
山口百恵が引退した年にデビューした松田聖子。
『ポスト百恵』とマスコミが騒ぎたてると聖子は胸を張ってこう言った。 『第2の山口百恵ではなく
第1の松田聖子になります!』 |

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