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1981年1月21日発売
4週連続第1位
売上67、6万枚
作詞/三浦徳子 作曲/財津和夫
ファンの間では有名な話しらしいが
松田聖子はこの歌がキライである。
同じ九州福岡出身の財津さんが作ったにもかかわらず
最初に聞いた時『なんて暗い歌なんだろう・・・』と好きになれず
その場だけをとりつくろってレコーディングなんかできない!
と、十分に話し合ってからレコーディングした為、やたら時間がかかった曲なんだそうだ。
『歌は私自身ですから、私が嫌いなものをファンのみなさんに
好きになって下さいなんて、言えません!』 カッコ良いドラムから始まり、気合注入ソングに入れたいぐらいカッコ良いこの
『チェリー・ブラッサム』がなぜそこまで嫌われてしまったのか?
普通はAメロ、Bメロ〜サビ〜Aメロという構成で出来ていたのに対し
この曲、ナントオールサビで出来ているのだ。
つまり、歌う方にしてみれば
どこで気持ちを込めていいのか
どこで盛り上がっていいのかわからない!
という事になるらしい。
言われてみれば確かにサビだらけである。
まるで5曲ぐらいあった別の曲のサビだけをくっつけて作ったような曲。
しかしそこは松田聖子。
そんな気持ちではファンの人に楽しい歌を届けられない!
と、好きな衣装、好きな色、そして今や伝説となった
指パッチン・スクワット!
(ただ上下に揺れてるだけですが・・・)
という振り付けを入れて
自分でこの曲を好きになる努力をしたのだ。
この曲にそんな葛藤があった等とは露知らず・・・・
歌番組でいつもノリノリで歌っていたあの姿は
キライなピーマンを細かく刻んでハンバーグの中に入れて
食べているような克服の姿だったのだ。
歌詞には一度も出てこない『チェリー・ブラッサム』という言葉。
松田聖子の楽曲でロック・スピリッツを感じる楽曲であり
その証拠にファンでもない私が大好きでよく聞いていた曲でもあるのだ!
歌番組で歌う聖子はレコードよりも歌が上手く
フリフリ、ノリノリで声も出てたし、高音も相変わらずよく伸びてた。
あれが嫌々歌っていたというなら
好きな曲を歌う聖子のタガが外れた状態を見てみたいではナイカ!
それは『夏の扉』で発揮されるのだ。
2013年5月23日、松田聖子の育ての親であるサン・ミュージックの相澤会長が
すい臓がんの為お亡くなりになりました。
先日、葬儀の様子がワイドショーやニュースで取り上げられていて
娘の沙也加と一緒に聖子がお別れの言葉を涙ぐんで言ってるそのバックで
よりによってかかっていたのが
『夏色のナンシー!』
ここは聖子の曲をかけてやれよ・・・
と、思ったのは僕だけでしょうか。
ご冥福をお祈りします。
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♪何もかも〜
なんて、ノリノリで唄ってませんでしたか?
へぇー、そうだったんですかぁ。
2013/6/3(月) 午後 9:26 [ マカロニ ]
次の『夏の扉』も財津さんで、松田聖子はこっちは大好きなんですよね・・・
2013/6/4(火) 午前 0:50 [ しろしです。 ]
「夏の扉」の方が私は好きですね。曲もいいけど歌詞が完璧です。特に2番は感涙ものです
2018/1/29(月) 午前 8:07
決してファンではありませんが、初期の松田聖子を越えるアイドル等いるワケがないし、いたとしても断じて認めません!この頃の松田聖子は声の伸びといい肺活量といいくねりといい間違いなく歴代最強のアイドルでござんした!
2018/1/30(火) 午前 6:36 [ しろしです。 ]