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1978年3月25日発売
最高17位
売上 10、4万枚
作詞/阿久悠 作曲/吉田拓郎
☆石野真子(いしの まこ) 1961年1月31日生まれ。
兵庫県芦屋出身 A型
小学生の頃、初めて好きになったアイドルが石野真子だった。
笑顔が素敵なアイドルはたくさんいるが
石野真子の笑顔は血液をサラサラにする!
そんな真子ちゃんは芦屋出身の正真正銘のお嬢様。
三姉妹の長女で妹は御存じ石野陽子、三女は女優の石野敦子(宝乃純)がいる。
子供の頃から歌が好きで、自宅の奥にあった3畳程の狭い倉庫で
レコードをかけては毎日ひたすら歌っていたという。
この頃よく歌っていたのがアグネス・チャンの『ひなげしの花』
将来は歌手になると決めていた真子ちゃん。中学1年の時、桜田淳子の活躍を見て
『私もあんな風にテレビに出たい・・・』
と密かに決意。
しつけには厳しかった父親だったが、習い事には理解を示してくれて
平尾昌晃歌謡学院大阪校に入校。
レッスンに通いながら数々のオーディション番組に出場するがことごとく落選。
当時審査委員だった淡谷のり子に
『あなた歌手に向いてないわよ』
と、ハッキリ言われたがあきらめる事ができず
伝説のオーディション番組、『スター誕生!』に応募。
予備審査と予選会をあっさり通過した真子ちゃんは本選の大阪大会に出場。
勝ち抜く為には会場審査の500点とプロの審査員の500点の合計1000点満点中
250点を獲らなければ合格できなかった。
『他の人と格差をつけなきゃダメよ!』と、誰も知らない
ダニエル・ビダルの『天使のらくがき』を歌うよう薦めたのはお母さんだった。
『ええッ!会場審査だけでいっちゃったよ、おい!!』
欽ちゃんが驚いたのも無理はない。
真子ちゃんは阿久悠初めプロの審査員の得点を加算する前の
会場審査だけで280点を獲り
たった1人で過半数を独占してしまったのだ!
最終的には530点を獲得!
これはあの桜田淳子も山口百恵も、ピンク・レディーも成しえなかった
空前の快挙だった。
その後行われた決戦大会ではデビュー前にもかかわらずファンが付いていて
会場からは『真子ちゃ〜ん』の雄叫びが飛んでいたという。
『一生懸命がんばりました!よろしくお願いします!』
と、挨拶した真子ちゃんにスカウトのプラカードが16社も挙がる争奪戦となった。
とびきりの美人でもなく
歌唱力にも目を見張るものはない。
しかしあの屈託のない笑顔は
万人を撃ち抜いたのだ!
その後、約1年をかけてデビューの準備を行う。
最初に事務所から言われた事は『ダイエット』だった(笑)。
父親の希望でデビュー曲が出来上がるまでは芦屋の自宅で歌のレッスンに励み
高校2年の夏休みの1ヶ月間は東京に出向いて日本テレビ音楽学院に通っていた。
他のアイドルとは違う売り方を・・・と、考えた阿久悠は作曲をあの吉田拓郎に依頼。
ディレクターだった谷田は当時をこう振り返る。
『拓郎さんの行きつけだった表参道の『プレイバッハ』に押しかけて
10万円以上もするナポレオンのボトルを入れて
お願いしたんですけど『イヤだよ』の一点張り。
それなら真子に会ってもらうしかない。
会えば絶対に気に入るはずだと。
断られた2日後に真子を連れて再び拓郎のもとを訪ねると
しばらく真子の顔を見てすぐに
『よし、書くよ!』
『僕をファンクラブの第1号にしてくれ』
と言ってくれました(笑)』
レコーディングは、1978年の1月に『ビクターの301スタジオ』で行われた。
同じ日、1つ上の『401スタジオ』ではデビュー前の
サザンオールスターズが『勝手にシンドバッド』のレコーディングに明け暮れていた。
『狼なんか怖くない』は音程のアップダウンが激しい『拓郎節』で
新人の真子ちゃんが歌うのは至難の業だった。
夜の7時から始まったレコーディングは明け方の3時までの実に8時間にも及び
どんなにダメ出しをされても
『ハイ!』と『もう一回やります!』
しか口にしなかったという。
『拓郎さんはディレクションも引き受けてくれて
その長い時間に最後迄つきあってくれた。
ようやく終わった時には
スタジオ中が拍手に包まれましたよ』
衣装は漫画家の里中満智子が手掛け、ジャケットの撮影は篠山紀信。
『出来上がった写真を見たらなんだか眠たそうな顔をしていて・・
せっかくあんな有名なカメラマンに
撮ってもらったのに本当にガックリでした。』 キャッチフレーズは『100万ドルの微笑』
♪あなたも〜狼に 変りますか〜♪
♪あなたが狼なら〜 怖くない〜♪ こんなに鳴り物入りでデビューしたのに
17位の10万枚と、真子ちゃんが売れなかったのは
あまりにも敵が強すぎた。
ちなみに『狼なんか怖くない』がリリースされた3月の
オリコン1位は解散前のキャンディーズの『微笑がえし』。
そのキャンディーズに変わって時代を席巻していたピンク・レディーの『サウスポー』が
2ヶ月もの間1位を独占!
社会現象ともなったピンク・レディーを引きずり降ろしたのが
永ちゃんの『時間よ止まれ』だった。
アイドル『冬の時代』と言われた1978年。
数字ではパッとしなかったが
真子ちゃんの笑顔は万人の記憶に残る
スーパーアイドルだった。
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もしも、今 デビューしていたら 10万枚なんてことはなかったかもしれませんね。
枚数は売れなくとも、記憶に残るスーパーアイドルの一人ですよね。
ほとんどの歌を歌えるマカロニです。
2013/10/19(土) 午前 9:33 [ マカロニ ]
もし真子ちゃんが今、デビューしてたら・・・
それは愚問ですよマカロニさん。CDなんか1枚も売れなくても
国民総選挙で1位は確実。CM200本、紅白の司会にNHKの朝ドラの主役
彼女を見ない日は無いでしょう。いいやそれでころか
7年後のオリンピックの開会式で真子ちゃんの歌声と笑顔が
世界中に映しだされルーカスが土下座をして頼むでしょう。
『レイア姫はあなたしかいない』とね!
おっと、リーガルハイの見すぎでつい口調が小三門健介になってしまいました。
真子ちゃんは50歳を超えた今でも輝いてます。
2013/10/19(土) 午後 0:21 [ しろしです。 ]
愚問でしたねー(笑)
日本初の女性総理大臣の誕生ですね。
外交問題も解決してくれそうですし。
「中国・韓国なんか怖くない」
2013/10/19(土) 午後 1:02 [ マカロニ ]