音選街

音楽を中心に勝手にレビューしてます

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

アルバム発売 1984年11月12日
全米・全英第1位
売上 全世界2100万枚

イメージ 2

先月、また一つ歳を取りまして・・・・・

四捨五入すると50代の仲間入りです(笑)

そこで今回はPC復活&バースディ記念と言う事で

普段はやらない洋楽アーティストを特集してみました。

来年2月に10年ぶりの来日公演を控えた

クイーン・オブ・ポップこと

イメージ 3

ダーナ!!

☆マドンナ(マドンナ・ルイーズ・ヴェロニカ・チッコーネ)1958年8月16日生まれ
アメリカ・ミシガン州ベイシティ出身 164cm

最初に洋楽の女性アーティストを好きになったのは

オリビア・ニュートン・ジョン!

イメージ 4

映画『グリース』で純情な高校生だったオリビアが

イメージ 5

最後は極妻もビックリの

ヤンキー姉ちゃんに変貌するストーリーで

イメージ 6

そのあまりのギャップに一目惚れ!

ブルーの瞳に輝くようなブロンドヘアーにメロりんキューでした!

イメージ 7

その後『フィジカル』が大ヒットしてPVの中で

イメージ 8

レオタード姿で踊るオリビアのバミューダトライアングルに

イメージ 9

思わず股間がニュートン・ジョン!

そんな中、洋楽のバイブルとも言える番組

『ベストヒットUSA』に突如として現れたのがマドンナ!

イメージ 10

♪ライクぁ、バージン〜♪

♪ふぅ!!♪

イメージ 11

その姿を見た時の衝撃は今でも忘れない!

あの眼光!!

イメージ 12

誰にもNOと言わせない鬼の眼力は

一瞬で一生忘れないセクシー美ームであり

イメージ 13

その辺の男なら2秒で軽々と手玉に取りそうなオーラと

イメージ 14

小悪魔のように憎めない可愛いさは

イメージ 15

まさにリアル版峰不二子!!

イメージ 16

キャッチーなメロディーとシンセがてんこ盛りの

♪ライクぁ、バージン〜♪

イメージ 17

♪ふぅ!!♪

は売上400万枚!

イメージ 18

6週連続1位という大ヒットとなり

世界で一番有名なマドンナの曲!!

イメージ 19

『ハイヒールを一足ちょうだい。それさえあれば世界を征服できるわ!』

イメージ 20

マドンナは1958年(昭和33年)生まれ。日本で同い年の芸能人と言えば!

ドリフが全盛期だった頃、営業1回2時間のギャラが1800万円だったのに対し

ピンク・レディーが全盛期だった頃の月収

イメージ 21

たったの350万円だった

ミーちゃん!

イメージ 22

2013年に銀座博品館劇場で行われた復活ライブのチケットが

1枚20万円という高値がついた

イメージ 23

桜田淳子!

ワンオクロックのボーカル、タカ

イメージ 24

の母ちゃんでもありサルの化身でもある

森昌子!

イメージ 25

今年の春に絢香と同じハゼドウ病にかかっている事を告白した

岩崎宏美!

イメージ 26

そしてジーパンを脱いで有名になった

宮崎美子に

イメージ 27

全部脱いで公然わいせつ罪で捕まっちゃった

愛染恭子が同い年

イメージ 28

海外では何と言っても

マイケル・ジャクソンン!

マドンナはマイケルが生まれた2週間後に隣の州で生まれているのだ。

イメージ 29

『羊として100年生きるよりも虎として1年生きてる方がいい』

8人兄妹の3番目として生まれ、名前はお母さんの

マドンナ・フォーティーンからとってマドンナと命名。

イメージ 30

幼少の頃は食事の時に突然テーブルの上に乗って踊り出すような

目立ちたがり屋で明るい女の子だったが

5歳の時に母親を乳がんで亡くし、父親が家政婦と再婚するとグレ始めます。

新しい母親を『ママ』と呼ぶ事は生涯無く、家の中では完全無視!

常に反抗的な態度を取り続け

自分で破った服を着て学校に行ったり

イメージ 31

男子にわざと下着を見せたり

学芸会ではロックのリズムに合せて蛍光色の下着姿で踊りまくって

父兄を失望させる『困ったちゃん』でしたが

中学時代の成績はオールA!

イメージ 32

高校に入ると部活の花形、チアリーディングに所属。

人間ピラミッドは一番上であり

『自分の体に自然に生えてきたものを取り去りたくない』

と、チアリーディングではノースリーブのユニフォームを着るのに

わき毛は剃らずに伸ばし放題!!

イメージ 33

おまけに肌色のストッキングをわざと穿いてきて

あたかもノーパンに見えるような格好での宙返りや開脚をバンバン決め

男子生徒の目をクギ付けにしたマドンナ。

ボーイフレンドはとっかえひっかえで、夜はクラブやゲイバー通い!

イメージ 34

かと思えば、デーヴィッド・ハーバート・ローレンス(チャタレイ夫人の恋人)や

スタインベック、ヴァージニア・ウルフ等の本を読みあさる

イメージ 35

読書家でもあった。

そんなマドンナは高校を1学期早い繰り上げ卒業という離れ技で

ミシガン大学のダンス科に入学!

誰よりも早く授業前にやって来てアップをこなし

どんなに夜遊びをしても、次の日のレッスンに遅刻した事は一度も無かったという。

イメージ 36

また、表現力を身に付ける為に演劇部に出入りして

毎日2時間のレッスンをするほど、ダンスにめり込んでいた。

『楽なものは求めていない。楽なものは自分を成長させない。

楽なものは自分を考えさせてくれない』

イメージ 37

そんなマドンナの運命を変えたのが毎年恒例で行われていた

『アメリカン・ダンス・フィスティバル』

ここで憧れの振付師パール・ラング(モダンダンス界の重鎮)に出会い

ダンサーとして雇ってくれないかと自分で売り込み

手応えを感じたマドンナは大学を1年で中退して

ニューヨークに行く事を決断!

イメージ 38

父親からは猛反対されるが

『わたしの人生に口出しするのはやめて!』

と、壁に向かってパスタ皿をぶん投げ

全財産35ドルとボストンバック1個を持ってニューヨークへ上京!

この時マドンナ19歳!

イメージ 39

ちなみに1977年当時の1ドル=200円でしたから

マドンナが持って行ったお金はたったの7000円ポッキリ!

『いままでわたしがした事の中で、もっとも勇敢な行動だった』

イメージ 41

ニューヨークへ着くとタクシーの運転手に

この街の真ん中に行くよう告げて、タイムズ・スクエアで降りたマドンナは

『私はこの街で神よりも有名になる!』

イメージ 40

と、叫んだというのはあまりにも有名な話。

早速パール・ラングのダンスカンパニーにアポ無しでのり込んでダンスを披露。

高度な技術と表現力を求められた課題をクリアして

ダンサーとしてカンパニーに入団が認められ

夢の第一歩を踏み出したワケですが、同時に

極貧生活がスタート!

イメージ 42

マンハッタンで借りたアパートは外には浮浪者がうろつき

部屋の中はゴキブリだらけというボロアパートに暮らし

安いダンサーの給料だけでは食べていけず

時給1ドル50セント(日本円で300円)のドーナツ屋でアルバイト

イメージ 43

朝はバナナ、昼はリンゴ、夜はヨーグルトという食生活で

空いた時間はひたすらレッスンに励む日々。

時給30ドルに魅かれて始めたヌードモデルのバイトは

イメージ 44

後にプレイボーイ誌が当時の写真を暴露して話題に!

イメージ 45

食べる物も買うお金も無くどうしてもお腹が減った時はニューヨークをうろつき

マクドナルドの袋を拾って残ったポテトを食べていたんだそうだ。

イメージ 47

『わたしは絶対につぶされずに生き残る人間。

わたしはゴキブリみないな人間よ

退治するなんてできっこないわ!』

イメージ 46

あまりに痩せ細ったマドンナを心配したパール・ラングは

高級レストランのクロークの仕事を紹介し

まかないの食事をしっかり取らせたといいます。

おっとここでUP数の限界!

続きはカミング・すーん!!


緊急事態


パソコンの調子が悪いです。。。。

どんな症状かと言うと、全てがデカく表示されます。

ディスクトップのアイコンからウインドウから何もかもがデカいです。

横に間延びして収まりきれません。

思い当たるフシはあります。

『もうすぐ年末だし、パソコンもキレイにするか・・・』

と、要らないもの(料理のレシピとかゲームとか)をアン・インストール!

ついでに無くしたデジカメや売ってしまったスキャナー等のプログラムや

何に使われているのかわからないが、インストール日が古い上

同じ名前で最新のものがあれば古い物は要らないであろう!

と、調子に乗ってサクサク消していると

突然画面が先の状態になってビックリ!

それが先週

レベッカのブログを上げた後です。

さっそく『回復』措置を実行して、アン・インストールする前に戻し

ウィンドウズのアップデートやインテルのドライバーの更新等

思い当たる事は一通りやってみましたが、翌日起動させるとまたデカい状態に・・・・

そもそも立ち上げてる最中に出てくる

『ようこそ』

の文字からしてデカいのです。

何とか原因を突き止めようと、ヤフー知恵袋で同じような症状に陥り

解決した人の意見を探そうとしていますが

この状況をどのように説明・質問していいのかもわからず

時間ばかりがかかっている状況です。

いつもなら仕事から戻ると次にUPするネタのリサーチを始め

ちょこちょこと書きためておいたものを休みの日に一気にまとめ

ネタの人の曲を聞きながら、ユーチューブで懐かしい動画を見ながら

楽しんで書いていたんですが

今は立ち上げる度に出てくるデカい状態にテンションが下がり

ネタをリサーチするどころか、パソコンの復旧に時間を取られている状態です。

考えようによっては『回復』させれば元通りになるので

立ち上げるまで時間がやたらかかるのを我慢すればイイではナイカ!

と、思ったんですが

今日は1度の『回復』では元に戻らず、さらにさかのぼった日付で

もう一度『回復』させてやっと元通りになりました。

もしかしたら元通りになる『回復』ポイントが無くなって

デカい状態の『回復』ポイントしか残らないようになるのでは・・・・

そんな不安で一杯です。

ちなみにコレがパソコンのスペックです

イメージ 2

あと不審な点がいくつかあります

その1

この間延びした画面をみなさんにも見てもらおうと、キャプチャで撮ってUPする前に

スライドショーで見てた所、いつもと変わらない普通の画面が映ってました。

でも目の前の画面は間延びしたままです。

その2

画像の解像度を元通りの時に開くとこのように表示されてましたが

イメージ 1

(ちなみに扇風機みたいなマークと『P』を同時に押すものやってみましたがダメでした)

デカい状態になった時はこんな表示しか出てきません。

イメージ 3

その3

何も無い所で右クリックすると通常なら出てくるハズの

『グラフィックプロパティ』、『グラフィックオプション』の項目が

デカい状態になった時には出てきません。

この原因が何なのか・・・・

毎週観覧してくださってる方々には大変申し訳ないのですが

ブログの方はパソコンが治るまでお休みさせて頂きます。

どなたかパソコンに詳しい方いましたらお助け下さい。。。。。






イメージ 1

1986年6月21日発売
最高3位
売上 13、7万枚
作詞/NOKKO 作曲/土橋安騎夫

イメージ 2

『フレンズ』以降はトントン拍子で売れた感があるレベッカ。

全盛期は東京ドームに武道館6日連続公演、そして再結成の横浜アリーナと

告知した瞬間にソールド・アウトが当たり前田のクラッカーだったが

デビュー当時はレコードは売れず、ライブもお客が4人しか入らなかったり

結成してからたった3年の間に2回も解散の危機があったりと

意外と波乱万丈なバンドなのだ。

イメージ 3

そんな初期のレベッカを語る上で、この人無くしては語れないのが

『シャケ』こと

イメージ 4

☆木暮武彦(こぐれ たけひこ)1960年3月8日生まれ
東京都杉並区出身 B型 ギタリスト

レベッカの創設者であり、ロックバンド、レッド・ウォーリアーズを結成した人でもあり

NOKKOの元・ダンナでもある。

生まれは杉並だが、ワケあって母ちゃんと二人で埼玉の川口に移り住み

高校生の頃にヤマハのコンテストにクリネックスというバンドで出場。

ゴミ袋を頭からかぶり、目の所に穴を開けて

歌もギターもメチャクチャだったがなぜか優勝!

イメージ 6

12チャンの『ロックおもしロック』という素人バンドの勝ち抜き番組にも出た事がある

地元じゃちょっとした有名人だった。

ちなみに『シャケ』というアダ名の由来は

シェイク・イットの『SHAKE』をローマ字読みにしたとか

聖飢魔Ⅱのデーモン小暮がデビューして名前が一緒だった為

『アイツがデーモンなら俺はサーモンだ!』

と言ったという説もあるが、一番有力なのは

『顔が鮭に似ていたから!』

イメージ 5

そんなシャケが

『自分のやりたい音楽を実現させるためのバンド』

として結成したのがレベッカ!

バンド名は『黒い瞳の少女レベッカ』という小説から取って付け

結成時のベースはNOKKOの兄ちゃんがやっていた。

イメージ 7

1981年、埼玉県の秋ヶ瀬公園の河川敷で行われたアマチュア・ロック・コンサートに

シャケはストレートというバンドで参加したと同時に

レベッカにふさわしいメンバーも探しており

最初に声を掛けたのが田所君。

歌は上手かったが性格がちょっと変わっており

『俺は結婚する』だの『公務員になる』等と

ワケのわからない事を言って誘いを断った田所君こそ

後のダイヤモンド☆ユカイである。

イメージ 8

その次に声を掛けたのがDOLLという女の子バンドを結成して

出場していたNOKKO。

イメージ 9

高校生の頃から既に周りからNOKKOと呼ばれ

クラシックバレエの他にピアノも習っていた。

音楽に興味を持ち、兄ちゃんがやってたバンドにキーボードとして参加するも

技量の無さが理由でクビ!

イメージ 10

楽器はあきらめて自分で発声の本を買ってきて独学でボーカルを勉強。

DOLLで出た時はクラシックバレエの時に着ていた

ピンクのレオタードをアレンジしたバニーガール姿で

イメージ 11

歌った歌がピンク・レディーの『UFO』!!

イメージ 12

あまりの歌の上手さにNOKKOをクビにしたバンドのメンバーはボー然!

イメージ 13

兄ちゃんは一緒に暮らしていながら

『妹がこんなに歌えるなんて知らなかった』

イメージ 14

と、開いた口がふさがらなかったそうだ。

そんなNOKKOの才能をいち早く見抜き

声を掛けたのがシャケ!

イメージ 15

1982年にNOKKOが正式にレベッカに加入すると

同時にシャケとの恋愛もスタートした。

イメージ 16

埼玉会館で行われたアマチュア・ロック・コンサートで

たまたま見に来ていたCBSソニーのスタッフにスカウトされるも

『会社の要求に納得できない!』

と、シャケはNOKKOと一緒にアメリカに渡米!

イメージ 17

誰よりもレベッカの将来性を信じていたシャケはアメリカのキャピタル・レコードに

デモ・テープを持って自分で売り込みに行ったのである。

しかし現実は厳しく、所持金も尽きて45日であえなく帰国。

イメージ 18

戦意喪失したシャケはバンドを活動休止状態にしてしまい

レベッカはデビューもしていないのに

早くも解散の危機を迎えたのである!

そんな中、レコード会社はNOKKOだけでもソロでデビューさせようとするが

イメージ 19

NOKKOはこれを断固拒否!!

イメージ 20

シャケにレベッカの再始動を訴え、新たにメンバーを加えて

新生レベッカとして再スタート!

イメージ 21

ちょうどこの頃、アイドル・キラーと呼ばれ、バツ2の後藤次利が立ち上げた

CBSソニーの新レーベル『フィッツビート』(ミニ・アルバム専門レーベル)の

オーディションに合格!!

レベッカはここでキーボードに土橋さんを迎えて

イメージ 22

1984年4月21日、ファースト・シングル『ウェラム・ボートクラブ』でデビュー!

イメージ 23

キャッチ・コピーは

『ワンダーゾーンに音、遊ぶ。レベッカ。聞かせてロック、いかせてミステリー。』

イメージ 24

シングルのリリースと同時に行われた新宿ルイ−ドのコンサート。

その1ヶ月前に尾崎豊がデビューライブをやった場所でもある。

イメージ 25

5月にはファーストアルバム『ボイス・プリント』(47位 3、4万枚)

イメージ 26

11月にはセカンド・シングルとアルバムが同時リリース!

『ヴァージニティ』

イメージ 27

『ナッシング・トゥ・ルース』(38位 6、1万枚)

イメージ 28

ショートカットで荒削りなNOKKOのボーカルと

イメージ 29

シャケのカッティング・ギターが売りで

ライブではそこそこ盛り上がっていたものの、セールスの方はパッとせず!

イメージ 30

2枚のシングルは100位にも入らないチャート圏外で

『シンセを全面に押し出して、もっと売れる曲をやるべきだ!』

と言う土橋さんと

『音楽はロック!』

と、あくまでもロックに固執するシャケとで意見が対立。

最終的にシャケが脱退・・・・・というか

クビになった。

イメージ 31

『ロックにこだわらずやれ!みたいな意見が出てきてさ

毎日嫌なムードでディレクター変えたりしたけど同じだった。

ロックやってる俺達に歌謡曲でも歌わせるのかって感じで。

イメージ 32

俺はそんなのロックじゃないと思ってるし、俺がやってた時も

レベッカはどんどん盛り上がってきてたし、客の動員数も増えてた。

でも俺がいると何も進まないみたいになって

喧嘩ばっかりになっちゃって・・・』

イメージ 33

レベッカをつくり、リーダーであり、全ての楽曲を作っていたシャケが去り

2度目の解散寸前という非常事態を迎えたが

かえってバンドの結束力が高まり、その後は土橋さんがリーダーとなって

1985年5月22日にアルバム

『ワイルド&ハニー』(最高8位 売上18、8万枚)をリリース!

イメージ 34

初のオリコンTOP10入りを果たし、過去2枚のアルバムも再びチャートを昇り始め

ライブは超満員!!

イメージ 35

渋谷のパルコには280人のキャパに対して700人が押しかけ

同じく渋谷のエッグマンでは当時の動員記録を打ち立てた。

『酸欠ライブのレベッカ』、『レベッカ現象』等と呼ばれ

半年後に『フレンズ』と名盤『レベッカⅣ』がリリースされると

人気爆発!

イメージ 36

文化祭や学園祭でレベッカのコピーをする

女の子ボーカルに野郎がバックというバンドが全国に

ウォーリーを探せ以上に出てきた!

個人的にはレベッカの名盤と言えば『ワイルド&ハニー』であるが

ベースの高橋さんが作った『光りと影の誘惑』という極上のインストゥメンタルが入ってる分

ここは『レベッカⅣ』に名盤の軍配を上げたい。

イメージ 49

さて、レベッカをクビになったシャケは

『絶対見返してやる!』

と、すぐにバンドを結成!!

最初は『レベッカ♂(オス)』という嫌がらせのようなバンド名を名乗っていたが

すぐに改名を余儀なくされ、『R』から始まるバンド名を徹夜で考えてつけたのが

レッド・ウォーリアーズ!

イメージ 37

ボーカルはロックやってるのに潔癖症の田所君(ダイヤモンド☆ユカイ)で

イメージ 38

武道館や西武球場を入場料1000円という採算度外視のライブを行い

そこそこ人気はあったものの

これといったヒット曲には恵まれず、たったの3年で解散!

イメージ 39

その後何度も再結成−解散を繰り返しているが

今はバンドの方より、グっさんと一緒に回鍋肉のCMに出ている

シャケの娘(杉咲 花ちゃん)の方が有名である。

イメージ 40

ちなみに『フレンズ』はNOKKOがクビになったシャケを思って歌った曲で

逆にシャケがNOKKOとの思い出を歌った曲がレッド・ウォーリアーズの

『ルシアン・ヒルの上で』という曲。

イメージ 41

シャケとNOKKOはお互いのバンドが解散した後に

晴れて結婚するも、たったの3年で離婚!

イメージ 43

NOKKOはその後、音楽プロデューサーの保土田剛さんと再婚して

今は熱海で平穏に暮らしています。

さて!最後にそんなNOKKOの最強伝説を1つ!

1985年に武道館で行われたラッシャー木村VSジャイアント馬場の試合

イメージ 42

馬場が花道を入場してきた際

イメージ 44

突然花束を手に飛びあがってキスをする女の子!!

イメージ 45

残念ながら馬場がデカすぎて顔までは届かなかったが

イメージ 46

全国ネットの生放送でその姿はバッチリと流れた

イメージ 47

NOKKOである!!

イメージ 48

女の子に抱きつかれたぐらいで試合前だというのに

モアイ像だった馬場の顔がえなりかずきみたいな目になって

馬場の戦意を喪失させた罪な女!

歌ってる時もプライベートもやっぱりNOKKO

恐るべし!!

イメージ 50



イメージ 1

1986年5月2日発売
最高4位
売上 21、8万枚
作詞/NOKKO 作曲/土橋安騎夫

イメージ 2

先日復活した横浜アリーナのオープニングでかかったのがこの

『ラズベリー・ドリーム』

♪ボッターン、ボッタタン、ボタタン、ボタタン♪

イントロでドラムが入る瞬間が大好物で

レベッカ一押しの気合注入歌!

イメージ 4

立ち見を含めた1万5千の観客が総立ちの大歓声で

深緑のマントをまとったNOKKOがステージの下からエレベーターに乗って登場!

♪今夜も〜月が見てるわ〜♪

イメージ 3

全盛期と変わらぬ声にド頭から観衆を泣かせたレベッカ

思えば『ミュートマ・ジャパン』で初めて『ラズベリー・ドリーム』のPVを見た時

『砂嵐の設定要らないだろ!』

イメージ 5

と、制作サイドのセンスの無さに嘆いたものだが

イメージ 6

中盤で小学校1年生の頃から10年間習っていたクラシックバレエの舞いが

イメージ 7

『フラッシュダンス』のジェニファー・ビールスみたいで

イメージ 8

カッコ良かったのを覚えている。

『ライブってアガったりするの?』

イメージ 9

『う〜ん、アガるって言うかね〜

刺激的でエッチっぽい気分になっちゃう』

イメージ 10

なるほど、ライブでNOKKOが時々見せる恍惚な表情や苦痛な顔は

快感&エクスタシーだったのか!!

イメージ 11

『だからやめられない』

と、語っていたNOKKOも早51歳!

イメージ 12

♪どうか〜魅力をく〜ださい〜♪

見た目はすっかりスーザン・ボイルになってしまったが

イメージ 13

あれだけ声が出てたら

僕もその場にいたら泣いてたかもしれない。

イメージ 14

先週紹介した『フレンズ』を収録した4枚目のアルバム『レベッカⅣ』が

女の子がボーカルで野郎がバックというスタイルで

日本で初めてミリオンを突破!

『レベッカⅣ』

イメージ 15

1985年11月1日発売
最高1位
売上 95、6万枚(LP、カセット、CD)

以後累計で130万枚を売り上げるスーパーヒットとなり

音楽業界では『レベッカ現象』とまで言われ

同じようなスタイルのバンドがこぞってデビューした。

イメージ 16

その後4年間、出すアルバム全部1位!!

『TIME』

イメージ 17

1986年10月25日発売
最高1位
売上 106、7万枚(LP、カセット、CD)

イメージ 18

『リミックス・レベッカ』(リミックス・ベスト)

イメージ 19

1987年5月31日発売
最高1位
売上 42、2万枚(LP、カセット、CD)

イメージ 20

『ポイズン』

イメージ 21

1987年11月28日発売
最高1位
売上 63、1万枚

イメージ 22

『オリーブ』(リミックス・ベスト)

イメージ 23

1988年8月1日発売
最高1位
売上 34、9万枚

イメージ 24

『ブロンド・サウルス』

イメージ 25

1989年5月21日発売
最高1位
売上 47、4万枚

イメージ 26

熱心に聞いていたのは『ポイズン』まででそれ以降のレベッカは

レコード会社と契約が残ってるのか

金の成る木が枯れないうちに儲けようとしたのか

やれリミックスだのライブだの、出るわ出るわ

ベスト盤の雨あられ!

イメージ 27

オリジナルアルバムはたった7枚しか出ていないのに

(しかもそのうちミニアルバムが3枚)

それより多い11枚ものベスト盤が乱発され

さすがに飽きた!

イメージ 28

今回の復活ライブもさほど興味がわかなかったが

この人のブログを読んだら少し反省しました。

コンサートに行かなかった事ではない。

NOKKOをみくびっていた自分にである。

イメージ 29

高校生の頃はレコードを全部買って、コピーしまくり

憧れのNOKKOに初めて会った時は

『目からは涙が足はガクガク震えて腰が抜けた』

と、素人に戻ってしまったというのが

リンドバーグの渡瀬マキ!

イメージ 30

以下はマキちゃんのブログからの抜粋。

ちなみにマキちゃんは西野カナと同じ三重県出身なので

ところどころ『三重弁』です(笑)

イメージ 31

『SEが流れ レベッカのロゴが浮かび上がり

イメージ 32

うねうねうねうねなる

そして静かに幕が上がっていく

イメージ 34

やばい

この時点でもう涙ボロボロ

イメージ 33

そして ラズベリードリームのイントロ

イメージ 35

そして そして 

イメージ 36

ステージの下からNOKKOさん登場!

イメージ 37

きたーーーーーー!!

イメージ 38

ワンフレーズで割れんばかりの大歓声ーー!!

泣く

イメージ 39

ワンコーラス終わると大歓声!!

また泣く

イメージ 40

マスクの中で一緒に歌う

そして

 泣く

イメージ 41

入口で『メイビートゥモロー』の時お使い下さいと配られてたこれ

イメージ 42

曲はじまってるのに光らせ方わからず

みんながキラキラ降ってる中

ただの暗い棒をふる

でもええねん

そんなことはええねん

イメージ 43

素晴らしかった

イメージ 44

愛おしかった

イメージ 45

泣きすぎて 目はれとるけど

ええねん

イメージ 46

もーマスクびしょびしょになってしもたけど

ええねん

イメージ 47

ありがとうレベッカ

イメージ 48

ぬぉーーーー!!

今夜はレベッカの夢見る きっと。』

イメージ 49

マキちゃんが見た夢はきっと

『ラズベリードリーム』だった事でしょう・・・・

次回もレベッカ!

イメージ 50


レベッカ 『フレンズ』


イメージ 1

1985年10月21日発売
最高3位
売上 30、7万枚
作詞/NOKKO 作曲/土橋安騎夫

イメージ 2

今年の夏に再結成したレベッカ

イメージ 3

それまで女の子がボーカルで野郎がバックという図式と言えば・・・・

♪わな!わな!わなに落ちそ〜う、キッスは目にして!♪

イメージ 4

のヴィーナスや

♪君とイチャイチャしてるところを見られちゃった〜わ♪

のジューシー・フルーツぐらいで

イメージ 5

両方とも見事な一発屋で、バンドというよりはグループだった。

この『フレンズ』がリリースされた1985年と言えば!

おニャン子クラブが『夕ニャン』と共に大ブームを巻き起こし

イメージ 6

『毎度おさわがせします』で下着姿を惜しみなく披露した中山美穂に

マリリンでブレイクする前の本田美奈子

『スケバン刑事』でやっと売れた斉藤由貴、南野陽子、浅香唯に

バラドルで冠番組まで持っていた井森美幸、森口博子がこぞってデビューした年。

しかしながら当時

揺るぎない人気を誇っていたのは前年にデビューした菊池桃子であり

そこいらのアイドルが束になってかかっても桃子人気には敵わなかった。

イメージ 7

そこへ誰もがデビュー曲と勘違いした『フレンズ』を引っさげ

セグウェイに乗ったように突如現れたレベッカ。

イメージ 8

エンディングテーマだった秀ちゃんのドラマ『ハーフポテトな俺達』なんぞ

やってる事すら知らなかったが

26回の放送予定が12回で打ち切られたドラマ以上に『フレンズ』は大ヒットし

なぜか夜ヒットには出なかったが『ザ・ベストテン』には出演。

イメージ 9

セットも無く平凡なカメラ割で淡々と歌っていたが

NOKKOを初めて見た時のインパクトは

オロナミンCが2種類あったと知った時以上の衝撃だった!!

イメージ 10

イメージ 11

☆NOKKO(やまだ のぶこ)1963年11月4日生まれ
埼玉県浦和市出身 153cm A型

レコードのジャケットしかり、ライブしかり・・・・

イメージ 12

『かわいい』でもなければ『キレイ』でもない。

僕の目に映るNOKKOは普通にしてても怒って見える野生児顔で

中山美穂や

イメージ 13

柴咲コウ同様

イメージ 14

あの眼をみただけで勝手に防衛本能が働き

脅えてしまう存在なのだ。

イメージ 15

昔、全盛期のレベッカをビデオで観た事があったが

時折見せるNOKKOのガン見は

チーターにロックオンされたガゼルのような心境にさせられたし

イメージ 16

まな板のようなボディから不意にパンツが見えたとしても

僕のポニョは寝たきりの無反応を決め込んでいた。

イメージ 17

唯一、凄いと思ったのはNOKKOの声だ。

イメージ 18

あの小さい身体からくり出される野太い低音ビブラートは明菜嬢の

♪タンゴのわぁあああ・・・・

みたいな扇子を広げた解放感ではなく

NOKKOの場合

イメージ 19

かき氷を食べた時にキーンとくる頭痛音のように頭の中に響きまくり

イメージ 20

それは1速のまま高速道路を180kmでブっちぎる軽自動車のような

イメージ 21

低音ながら高音と同じパワーを持つウルトラ・ボーカリストだった。

イメージ 22

時々何を歌ってるのかわからなかったり

イメージ 23

音程がハズレたまま戻ってこない時もあったが

イメージ 24

大きなリボンを付けて

イメージ 25

首から織田無道張りの数珠のようなアクセサリーをジャラジャラ下げ

イメージ 26

メチャクチャに踊ってるようでしっかり音の頭をとらえている音感の良さ。

イメージ 27

時には寝そべり

イメージ 28

MCもヘタクソだったが

イメージ 29

あのギラギラした目つきは一度ライブを見れば

もうお腹一杯!

イメージ 30

僕がレベッカを好きなのはビジュアルではなく

楽曲が好きなのだ!

イメージ 31

そう言えば昔テレビのドキュメンタリーでNOKKOを見た事があった。

レベッカ解散後はソロ活動−結婚−離婚−再婚・・・・

イメージ 32

そして42歳で念願の赤ちゃんを出産して

今はダンナさんと子どもと一緒に熱海で暮らしているんだとか

イメージ 33

そんな流れで久々に歌うというので見ていたら

ステージも無い野っぱらで数えられるくらいの観客の前で

童謡みたいな曲を歌っているではナイカ!

イメージ 34

これが僕をビビらせ続けたNOKKOのなれの果てかと思うと

あったハズの5千円札が無くなった財布を見た時と同じ心境であった!

イメージ 36

1995年に阪神・淡路大震災で復興ライブで再結成した時は

解散してまだ4年しか経ってなかったので

貞子並みに髪が長くなったNOKKOはそれはそれで恐かったが

イメージ 35

なぜ今になって再結成なのか?

以下はレベッカが出した正式コメント。

『ずっとひとりぼっちだと思っていた。いつも宿題を抱えていて

いつも締切に追われていた。

イメージ 38

レベッカの活動を中途半端に終えてしまったという気持ちがあった。

イメージ 37

レベッカはずっと、触れてはいけないパンドラの箱だったけど

時が経ち、心に余裕がでてきてこのパンドラの箱を

開く勇気が湧いてきた。

イメージ 39

そして勇気を出して開けてみたら

イメージ 40

パンドラの箱の中でレベッカは熟していた。

イメージ 41

もう、ひとりじゃないと気付いた。

夢がしぼみ、情報が氾濫している今の時代に

レベッカを見直してみたい。

イメージ 42

当時の曲を今の自分たちで再現してもう一度やってみたい』

イメージ 43

そしてNOKKO

イメージ 44

『音楽がだんだん自分の手元に戻ってきたと感じて

歌えるようになって、声も太くなった。

イメージ 45

そうしたらレベッカの曲にふたをしておくのが

かわいそうに思えてきて見直してみようと。

イメージ 46

以前はもう絶対に見ない、聴かないと思っていたけれど

イメージ 47

ふたをパカッとあけたら

ホワーっとご飯が炊けてた、みたいな感じかしら』

イメージ 48

今月また年を重ねるアラフォーのオッサンともなると

こうゆうコメントが素直に受け取れず

『金銭的な事情だろ!』

と、ナナメな見方しかできなくなってしまってますが・・・・

最近の購買意欲がわかないヒット曲に比べれば

鮮度は落ちていても、気合を入れてくれるレベッカの曲の方がマシです!

イメージ 49

ちなみにNOKKOの実家は電気屋さん。

本名は『山田』なので『山田電気』なワケですが

家電量販店の『ヤマダ電気』とは何の関係もありませんので

あしからず・・・・。

イメージ 50

おっかないNOKKOの話はここまでにして

次週はレベッカ本体の巻!!



よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事