音選街

音楽を中心に勝手にレビューしてます

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デビュー曲が『年下の男の子』だと思っていた事や

人前で初めて歌った歌が『アン・ドゥ・トロワ』だったり

ミキちゃんが好きなのに『わな』を知らなかった事等

『なんちゃってファン』を露呈した苦い思い出を

『並』

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とするなら

ハモりの美学が詰まった数々のヒット曲に加え

『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』で見せた

『そうおっしゃりたいんですか、いの〜しろうさん!』

と、テーブルをバン!と叩くランちゃんを見て笑い転げていた良き思い出は

『上』

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に匹敵するであろう!

そこまでは8本のキャンディーズ特集の中で書き終えているのだが

実は僕にはもうひとつ

『特上』

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なるキャンディーズ最大の思い出があって

最後はこれで終わりにしようと最初から決めておりました。

しかしながら・・・・・

若干、不謹慎極まりないネタの為

書庫を変え

キャンディーズの写真は一切使わないという事で

それまで多くのコメントを寄せて頂いたキャン・ファンの皆様へのせめてもの

『つぐない』とさせて頂きます。

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もしも体内に『性欲メーター』なるものがあるならば

毎日がMAX状態だった中学生の頃・・・・

芸能人水泳大会や

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ウイークエンダーの再現フィルムと言った

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テレビから発せられる旬のネタにとどまらず

友達が裏山で拾ったと聞けば夜な夜な探しに行き

落ちると聞けばバターを塗り

タダで見られると聞けば図書室へ行って

医学書の解剖図を見るという

煩悩が二足歩行しているような中学生性活を送っていたある日!

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もらったか、拾ったか

『平凡パンチ』だったか

『プレイボーイ』だったかは

忘れましたが

お目当てのグラビア以上に衝撃的な見出しが飛び込んできました!

『1万円で落札した、これが噂の

キャンディーズのパンティ!』

以下抜粋!

『本誌特捜班が調べた所によると、現在の持ち主は渋谷区内の男子学生寮に住む

東大2年のM君が2年前に寮の先輩から譲り受けたものとわかった。

これを譲り渡してくれた先輩の話しによれば

2年前にその先輩がNHKでアルバイト中

キャンディーズが出演のために穿き替えたものだそうである。

ちゃんと3枚あるし、先輩の保証もあったのでもらっておいて

あとで誰かに売りつけようとしたが、誰も信じずに買い手ナシ!

もしやと思って捨てきれず、友達からもらったスヌーピーの頭に2枚をかぶせ

1枚を穿かせてインテリアにしていたところ

後輩のN君に発見され出どころを鋭く迫られた

N君は大のキャンディーズ・ファンであり、さっそく『1万円で買う』と申し出。

それが寮中の話題となって3枚のパンティーはセリにかけられることになった

『みんなで匂いはどうか、シミはどんなもんかって綿密に調べましたよ

ま、一番話しの中心になったのはどれが誰のかってことでね

チェックのやつはどーもスーちゃんのだと。

なぜかっていうと、それだけ大きくてゴムが伸びているんです』

結局、お金が貯まったらという条件でN君のものになることが決まった。』

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今、これを読んだら

『たまにこうゆう企画やるんだよな・・・・』

と、ある意味東スポ感覚で楽しめたかもしれません。

結局、本誌特捜班がM君に会ったワケではなく

電話取材でチャチャっと書いた感が否めないのですが

通学路で肥やしの臭いがする区間を息を止めて猛ダッシュで走り抜けていた

チェリー・ボーイにはあまりにも衝撃的で

何度このネタで握っては食べ

握っては食べた事か・・・・

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その後、記事をスクラップして大切に閉まっておいたハズなのに

製造元に竹下ゆかりのグラビアと共に処分されておりました・・・・

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おかげで誰にも話す事なく、早30年以上・・・・・

あの記事にはもう二度と出会う事は無いだろうと思っていた矢先

ネットが普及したおかげでここに再会!

『微笑がえし』をやった後でこのようなネタで大変申し訳ないのですが

これが僕にとってキャンディーズの

最大の思い出なんです。。。。

『どーかひとつ!』

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『なが〜い目で見てください・・・・』



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1978年2月25日発売
3週連続1位
売上 82、9万枚
作詞/阿木耀子 作曲/穂口雄右

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2011年にNTTドコモ『みんなの声』調査が行った

『三人組のアイドルと言えば?』

という質問で

見事1位に輝いたのが

1位 キャンディーズ(6039票)

解散して30年以上も経っていながら

ジャニーズ軍団を抑えての堂々の1位は

2位 少年隊(5642票)

3位 シブがき隊(2237票)

キャンディーズが記録よりも記憶に残る

スーパー・アイドルだったという証!!

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世間では絶頂期に突然解散してしまった感があるが

実はキャンディーズとしてデビューした当初

『売れても売れなくても3年間はがむしゃらにやろう!』

『一番いい時に解散してキャンディーズを永遠にする』

という事を既に3人で決めており

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事実、3年が経過した1977年4月・・・・・

ちょうど『やさしい悪魔』がヒットしている頃

当時のマネージャーだった大里氏に3人は解散の気持ちを打ち明け

6月にはナベプロの総裁、渡辺晋社長に正式に解散を申し入れている。

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ナベプロとキャンディーズとの契約は1年契約で

毎年更改という形をとっていた為、どちらかに再契約する意思が無いときには

契約が切れる3ヶ月前に相手に通告しなければならないという

一項が契約書にあった為、キャンディーズは契約が切れる9月30日の

3ヶ月前である6月30日に『辞めたい』という意思を書面で通告。

しかしながらあの渡辺総裁が、『ハイ、そうですか』と簡単に認めるワケもなく

制作の松下部長は

『解散は了承する。でもその時期についてはあと何回か

話し合って煮詰めていこう』

と、提案するも3人の答えは頑として

『9月いっぱいで辞めたい』

の一点張りだった。

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同年7月4日と14日に話し合いが行われるも平行線のまま終わり

その3日後、キャンディーズは『サマージャック77』ツアーの初日を迎える。

この初日というのが

『普通の女の子に戻りたい!』

という名言が飛び出したあの日比谷野音である!

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そこでランちゃんが言った

『今度の9月で解散します!』

というのはナベプロとキャンディーズの契約が終了する日だったんですね・・・

そんなキャンディーズのラスト・シングルを任されたのは

2014年に2週続けて転んで2回とも骨折し、数多くの百恵ちゃんのヒット曲を世に送り出した

阿木耀子!!

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作曲家の選定は

『キャンディーズはやっぱり穂口さんじゃないかしら』

という阿木の一声で穂口センセイに決定!

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キャンディーズの歴史を散りばめた最高の詞と

キャンディーズの集大成とも言える極上のメロディーがひとつになった

『微笑みがえし』は最初で最後の

初見でレコーディングされた曲!

手っ取り早く言えば、スタジオ入りしたその日に初めて楽譜を渡され

リハーサル無しの一発録りだったという事!

まさか『微笑みがえし』にこんな神業方式が取られていたとは驚きである!

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驚きと言えば!

キャンディーズとファンが一体となった『奇跡の9ヶ月』と呼ばれる活動であろう!

『99%の人が辞めないでほしい、解散しないでほしいと願っていた。

ところが誰からともなく、本人たちがやめたいって言ってるんだから

希望を叶えてやるのがファンなんじゃないか?

という声が上がり、やがてそれは全国に広がって行った』

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1977年10月1日、キャンディーズ・カンパニー結成!

翌2日のオールナイト・ニッポンでは『全キャン連宣言』が放送された。(以下抜粋)

『我々、全国キャンディーズ連盟はここに宣言します!

キャンディーズの解散を支持し、さらに解散に伴う一切の誹謗中傷を排し

我々の力を結集する事がキャンディーズに対する精一杯の

そして唯一の思いやりだと考えます

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来春のさよならコンサートを涙ではなく、大きな喜びの中で迎えられるよう

キャンディーズカンパニーは残された半年間を

キャンディーズと共にハッピーにしかも真剣に過ごす事を

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このオールナイト・ニッポンビバ・キャンディーズを通じて

全国のファンに呼びかけ続けます!』

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トップ・アイドルとして人気絶頂でありながらチャート上においては

無冠の帝王だったキャンディーズ
(それまでは『春一番』、『わな』の3位が最高)

『今まで1位をとった事がないキャンディーズに

みんなで協力して1位をとらせてあげよう!』

それは合言葉のように全国に広がって行ったのだ。

携帯もネットも無い時代に!!

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ラジオやテレビにリクエストのハガキを何枚も書き

有線にしつこくリクエストして、レコードは『聞く用』と『保存用』と最低2枚買い

友人や先輩、後輩に勧めまくる・・・・

そこまでなら私もやった事はある。

しかし、街行く見知らぬ人に手書きのビラを配るという地道な活動を

全国で続けていたキャンディーズファンの熱い思いには涙が出る!

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当時はピンクレディーが空前の大ブーム!

他にも沢田研二の『サムライ』や山口百恵の『乙女座宮』と言った強力なライバルを抑えて

『微笑がえし』が本当に1位になったのである

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しかも3週連続で!!

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ちょうどこの頃スタートした『ザ・ベストテン』では

1978年3月23日に『微笑がえし』が4周連続で1位となり

1週だけピンク・レディーの『サウスポー』に首位を奪われるも

4月27日から再び1位に返り咲き3週連続1位!

ちなみにこの期間、キャンディーズは既に解散していたにもかかわらず

リクエストが一向に止まらず、ハガキが殺到していたんだそうだ

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『ザ・ベストテン』において『微笑がえし』は

7週間1位、TOP10内に13週、年間で2位という大ヒットとなった!

まさに全国のキャンディーズ・ファンの

絆のおかげ!!

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『私たちはよく大人の人に言われました。

君たちはなんてバカなんだ。

こんないい時にバカ騒ぎをして

キャンディーズを辞めることはないじゃないか!

でも私達はバカじゃありません。

そうじゃないから解散を決めました。

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私たちはよく知っています。

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キャンディーズは素晴らしいです!

キャンディーズは最高だっていうこと

私たち、一番よく知ってるつもりです。

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私たちのキャンディーズは純真なまま、今この瞬間に終わります

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私たちはキャンディーズの一員であったことに対して

凄く誇りを持っています!

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本当にありがとうございました!!』

1978年4月4日、後楽園球場で行われた『ファイナル・カーニバル』

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チケットは3日で売り切れ、会場には5万5千人のファンと入れなかった1万人のファン

スピーカー150台、照明機材500台を使いマスコミからは

『歌謡史上最大のショー』と呼ばれたコンサート!

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会場の片隅にはキャンディーズと同期であり、その2年後に引退をする

百恵ちゃんの姿もあったという

ライブの撮影をしていたカメラマンの河村氏は

『(春一番)のイントロで後楽園球場が揺れちゃうんだ!地べたが、これで!』

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通常、大規模な野外コンサートの場合、2〜3秒遅れてスピーカーから音が聞こえてくる為

イヤモニを耳に付けていないと自分の声や演奏が聞こえないのだが

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キャンディーズはイヤモニどころか自分の声を返してくれるモニタースピーカーも無く

バックバンドは遥か後方で演奏がさらに遅れて聞こえてくる上

5万5千の大声援がその演奏の音をかき消してしまうという

とんでもない悪条件の中

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4時間51曲の全てで3人がピタリとハーモニーを合わせて歌うという

キャンディーズにしかできない歴史的なコンサートとなった。

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仕事でいつも3人一緒だったにもかかわらず

ツアー中のホテルではツインにエクストラのベッドを入れてもらい

3人が同じ部屋で寝る程大の仲良しで

たまに連休が取れると、3人で泊まりがけで旅行にも行ってたりもした。

ケンカもした事がなく、本物の姉妹以上だったというラン、スー、ミキだったからこそ

成し得た神業!

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1978年4月4日21時17分

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『本当に私たちは幸せでした!』

という言葉を残してキャンディーズ解散!

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コンサート中に投げ込まれる色とりどりの紙テープ!

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これはファンとキャンディーズの間をつなぐ紙テープと言われていて

ファンはキャンディーズが怪我を負わないように

あらかじめ紙テープの芯の部分を抜いて投げていた。

それでもステージ上に大量に投げ込まれた紙テープが足にからまり

細かい切り傷が絶えなかったという。

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それでもキャンディーズはファンに

『私たちのために紙テープを投げて下さって

本当にどうもありがとうございます』

と、敬語で感謝の言葉!

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これなのだ!

これこそがキャンディーズの

最大の魅力なのだ!

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『後楽園球場に屋根ができた』

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一斉に投げられた5万5千本もの紙テープ!

そうさせるアイドルもしてくれるファンも

今後は二度と出てこないでしょうね・・・・・

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♪♪♪ちゃ〜ららららん、ちゃ〜らららららん

ちゃららららっちゃっちゃ、ら〜ん♪♪♪

春一番が

掃除したてのサッシの窓に

ほこりの渦を躍らせてます

机 本箱

運び出された荷物のあとは

畳の色がそこだけ若いわ

お引越しのお祝い返しも済まないうちに

またですね

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罠にかかった

うさぎみたい

いやだわあなた

すすだらけ

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おかしくって 涙が出そう

ワンツスリー あの三叉路でワンツスリー

軽く手を振り私たち

お別れなんですよ

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タンスの陰で

心細げに迷子になった

ハートのエースが出てきましたよ

おかしなものね

忘れたころに見つかるなんて

まるで青春の想い出そのもの

お引越しのお祝い返しも今度は二人

別々ね

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何年たっても 年下の人

いやだわシャツで

顔拭いて

おかしくって 涙が出そう

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イチニサン、3つ数えてイチニサン

見つめ合ったら私達

お別れなんですね

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お引越しのお祝い返しは微笑みにして

届けます

やさしい悪魔と

住みなれた部屋

それでは鍵が さかさまよ

おかしくって 涙が出そう

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アンドゥトロワ、三歩目からはアンドゥトロワ

それぞれの道 私達

歩いて 行くんですね

歩いて 行くんですね♪

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これが一発録りか・・・

やっぱり凄いなキャンディーズ!!

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1977年12月5日発売
最高3位
売上 39、2万枚
作詞/島武 実 作曲/穂口雄右

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10枚目のシングル『夏が来た!』以来、6作ぶりに帰ってきた穂口センセイ

当時ソニーのプロデューサーだった酒井政利から

『キャンディーズがもっと綺麗に見える作品を』

との依頼を受け、その言葉に創作意欲を書き立てられた穂口センセイは

『ミキが歌っている姿』

をイメージして作曲したんだそうだ。

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穂口センセイと言えば!

ランちゃん、スーちゃん、ミキちゃんに歌の基礎を教えた人でもあり

そのレッスンの厳しさは吉田拓郎どころの騒ぎでは無い!

『初めの頃のキャンディーズは二拍三連もとれなかった。

レコーディングで泣いたりとか、いっぱいあってね・・・・。

眠いだの、帰りたいだの、帰りたいのに歌わされてるだのって・・・・』

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『ランは時代を先取りしたリズム感

アルトからソプラノまでカバーする広い音域を持っていた』

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『スーはサウンドを包み込む音色、安定した歌唱力

そして何より中音域での説得力が貴重でした』

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『ミキはしっかりとした音楽的教育に裏打ちされた読譜力と

絶対音感で音楽的要になってくれました』

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『私はそれまで漠然と行われていたコーラスを

明確なパートに分ける事から始めたんです。

ミキはアルトにまわって正確な音程で支え

スーはメゾソプラノとしてサウンドを安定させ

ランはソプラノとしてコーラスを輝かせる・・・・

キャンディーズでなければならないサウンドを目指しました。』

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『コーラスにはコードとコード理論、和製理論、リズムの考え方、正確なピッチ

アーティキュレーション、テンションコード、ハーモニーの組み立て等の

トレーニングを繰り返しました。ユニゾンは難しいですからね。

それはもう3人の呼吸でしかないわけですから

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この子たち3人のユニゾン・・・

僕は日本で一番上手いと思っている』

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通算16枚目となった『わな』はそんな穂口センセイも認める音楽的要だった

ミキちゃんが初のセンターになった曲!

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3人の中ならミキちゃんが一番好きな私にとって

ここは気合を入れてやりたい所であるが

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恐ろしい事に何も覚えていないのだ!

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小学生だったとは言え、キャンディーズはリアルタイム世代!

好きではあったが、ファンではなかったせいで、デビュー曲は『年下の男の子』だと思っていたし

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芸能史に残る名言

『普通の女の子に戻りたい!』

も、後楽園球場で最後に言った言葉だとずっと思っていた。

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ファンの方からすれば、そのへんは

『よくある』

と、笑って許してもらえそうであるが

『わな』を知らなかったと言ったら

トップロープからブロディのキングコング・二ー・ドロップを

落下傘部隊の如く、大勢のミキちゃんファンに爆撃されるだろう!

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それだけじゃない!

ミキちゃんがセンターで歌っていた事を知ったのは

ぶっちゃけ・・・・

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先月!!

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なぜ『わな』だけが記憶から抜け落ちていたのか・・・・

新曲披露の場でもあった『全員集合』や『みごろ〜』は毎週見ていたので

おそらく『わな』を歌っているキャンディーズも見聞きしていたハズなのに

どうゆうワケかこの曲だけ全くもって

身に覚えが無い!

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さらに拍車を掛けたのが僕が初めて買ったキャンディーズのベスト盤

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これがいけなかった!

このベスト盤には『わな』が入っておらず、『アン・ドゥ・トロワ』の次が『微笑がえし』だった為に

その曲順で覚えてしまっていたのである

それから10年後に発売された2枚組のベスト盤を新たに購入し

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ようやく『わな』の存在を知って初めて聞いた時には

『なぜ、たまねぎなのだ?』

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という議題が曲の途中で脳内会議に上がってしまい

女性にとってたまねぎをむくのはそんなにしんどい事なのか?

むいてくれる男性は本当に優しいのか?

たまねぎをむき終ったら僕のもむいてくれるのか?

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等と考えてるうちに曲が終わってしまい、『わな』の印象は“たまねぎ”しか無かった。

せっかくミキちゃんがリード・ボーカルを取った曲なのに

こんな『しくじった』思い出しか無いなんて・・・・

それでは人生で乗った高級車が教習車だったのと同じではナイカ!

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『拝啓、藤村美樹さま』

私はあなたの漫画みたいな三角に広がる口元と大きな目が好きです。

ちょっと離れた感のあるその瞳が笑顔と一緒にタレる瞬間を見る度に

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練乳が最後まで入ったアイスを食べている時のような

至福なひと時を味わせてくれます。

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『わな』にはこれと言った思い出はありませんが

この曲を聞いた時は自然と涙がこぼれそうになりました。

ミキちゃん作詞作曲の

『あこがれ』

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先に書いた買い直しのベスト盤に入っていた曲で

オリジナルはキャンディーズのラストアルバムとなった

『早春譜』に収録されている曲です。

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初めて聞いた時は全てが信じられませんでした

キャンディーズとは思えないスケールの大きいバラード

イントロから涙腺ボタンを連打させるギターの音色・・・・

何よりもミキちゃん

あなたのボーカルの凄さに驚かされました!

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『年下の男の子』を歌っていた時には想像もつかなかった

熱く、身震いするほど扇情的で

体中がざわつきで止まりません!

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こんなに暑いのに

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鳥肌が立ちすぎて寒い!

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『あこがれ』を作ってくれて

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ありがとう!!

このブログでいろんなアーティストと曲を紹介してきましたが

自分が良いと思った曲でも人それぞれなので

今まで押し売りはしませんでしたが

死ぬ前に出会えて良かったと

思える1曲です!

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これは聞くべし!!



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1977年9月21日発売
最高7位
売上 28、1万枚
作詞/喜多條 忠 作曲/吉田拓郎

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小学生の頃

半年に1回、教室の後ろに机を集めてステージを作り、そこで班ごとに発表会をした後

『家にある物』もしくは『新しく買わない』というルールの元

各自持ち寄ったプレゼントを交換して終わるという

『お楽しみ会』なるイベントがあった。

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発表テーマは自由で、演劇や歌に手品にものまね等、必ず全員が参加し

見ている側も、始まる前と終わった後の拍手は忘れず行うという図式は

会社の飲み会や社員旅行で必ずやらされるであろう余興を

前もって学んでいたんだなと、将来を見据えた先生の教育方針に感謝で一杯である。

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このような場で活躍するのは成績優秀、スポーツ万能というクラスの人気者ではなく

かけ算の九九も言えず、スポーツ全般が苦手で、スケベな事ばっかり考えていた

我が『お調子者軍団』!

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手作りのお面を付けてウルトラ兄弟VS怪獣軍団を演った時には

クラスの中で一番面白かったと拍手喝采を浴び

今度は何をやってくれるんだという期待が高まる中!

次の『お楽しみ会』でやったのが

『アン・ドゥ・トロワ』だった。

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これがどうゆう経緯で決まったのか全くもって覚えておらず

『歌はみんながやるからやめよう』

というのは『お調子者軍団』満場一致の意見であったハズ!

仮にキャンディーズをやるのであれば、ウケを狙って

ジャイアンになりきるべきであり

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選曲もクラス全員で盛り上がれる『年下の男の子』を歌うべきであろう。

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或いは野球帽を投げる見せ場があるジュリーの『勝手にしやがれ』でもよかったハズだ。

なのになぜ!

『アン・ドゥ・トロワ』だったのか・・・

しかも

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1人で!!

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覚えているのは人前で歌う事が人生初だったにもかかわらず

嫌々では無かった事と

7の段が言えなかったのに歌詞は覚えていた事

そして今でもハッキリ覚えているのが

完全に『陶酔』して歌っていた事だ。

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これは歌詞を間違えなかったとか、音程を外さずに歌えたという事ではなく

歌ってる時も歌い終わった後も言われも知れぬ

気持ちの良さと満足感を初めて経験したのが

この曲だった。

♪アン・ドゥ・トロワ〜踊りましょうか♪

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♪アン・ドゥ・トロワ 炎のように〜♪

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衝撃の解散宣言後にリリースされた15枚目のシングルで

ライター陣には『やさしい悪魔』以来となる喜多條忠&吉田拓郎のコンビが再降臨!

初めて覚えたフランス語であり、数あるキャンディーズの楽曲の中でも

ハーモニーの美しさは三重県のなばなの里以上!

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鮮やかで心地よいエレガントなメロディーと解散を思わせる歌詞は

チューリップが

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エルメスにしか見えない鈍感な私でも

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切ない気持ちがミルフィーユのように重なってくる名曲!!

♪ひとは〜誰でも 一度だけ♪

♪すべてを燃やす 夜がくる〜♪

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小学生だった時は声変わりする前だったので難なく歌いこなせたが

改めて聞くと、出だしからサビに至るまで全編

音程が上がったり下がったりの難曲で

そこに癒しのハーモニーを付けた『アン・ドゥ・トロワ』は

『お楽しみ会』の思い出も付けて僕がキャンディーズの中で

一番好きな曲!

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『レコーディングは凄く楽しかったですよ。3人とも本当にいい娘でね

可愛いくて優しくてキャンディーズ好きでしたから

いい曲歌わせてあげたいな・・という感じで

本当に根性込めて作曲しましたよ』

と、良い思い出しか残っていない吉田拓郎と

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『拓郎さんの歌唱指導がとても厳しかった』

『怒られて辛くて泣きながらレコーディングした』

と、悪い思い出しか残っていないキャンディーズ

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喜多條センセイと拓郎による『キャンディーズ大人化計画』もこれが最後で

清純派アイドルから大人の女性にする計画であったハズなのに

キャンディーズが一気に大人になりすぎて解散すると言い出すとは

予想外だったに違いない!

♪アン・ドゥ・トロワ〜今がそのとき ためらわないで〜♪

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『解散宣言』の後、吉田拓郎が『ホントに解散するのかい?』と聞くと

『宣伝部を通して下さい!』

と、そっけない態度だったとか(笑)

あの吉田拓郎に『落陽』ならぬ『落胆』を暑中お見舞いしたその瞬間を

タイムマシンがあったら見て見たい!

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と同時に、『アン・ドゥ・トロワ』を『陶酔』しきって歌っている自分に言ってやりたい!

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『10年後に『泥酔』を経験するぞ』とな!

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♪アン・ドゥ・トロワ〜今がそのとき もう戻れない♪

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♪もう戻れない〜♪

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♪もう戻れない〜♪

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あ〜戻りたいーーーー!

遊ぶ事が仕事だった子供の頃に・・・・

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1977年6月21日発売
最高5位
売上 29、8万枚
作詞/喜多條 忠 作曲/佐瀬寿一

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連日の猛暑とメダルラッシュのリオ・オリンピック!

先日、出勤前にリアルタイムで見た体操男子団体の金メダルの瞬間は

日本人の誇りと感動と受信料の元を取った喜びで一杯だった!

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特に初めて見た白井選手の床の演技は圧巻で

空中でドリルのようにスピンする高速ツイストは『ひねり王子』の異名にふさわしく

まさに・・・・

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グルグル危い土曜日!♪

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ちなみにキャンディーズが活動していた間に行われたのが

1976年のモントリオール・オリンピック!

白い妖精ことナディア・コマネチが

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五輪史上初の10点満点を7回も連発して金3、銀1、銅1と

一大会で全てのメダルをコンプリート!

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優美な平均台と『10点!10点!』と

アナウンサーが絶叫していたのは今でも覚えている。

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白井選手の床も一生忘れられない演技になったが

キャンディーズ・ファンにとって永久に忘れられないのが

1977年の7月17日!

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14枚目のシングルとなった『暑中お見舞い申し上げます』は

作詞家の喜多條センセイによる『キャンディーズ大人化計画』の第二弾で

子供ながらに『暑中見舞いハガキ』という物がこの世に存在していた事を知ったのも

この曲のおかげであった。

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『夏の歌って難しいんですよね・・・・夏ってイメージが

いっぱいあるようでいてどれもみんな使われていて

新しい情景とかフィーリングを書きこむのは大変』

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と、歌詞に行き詰まっていた時にたまたま来ていた『暑中見舞いハガキ』を見て

『これだ!』

と、ひらめいて一気に書き上げたんだそうだ

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『暑中見舞いを曲にすれば夏が来るたび

キャンディーズの事を思い出すだろう』

作曲は今でも破られていない歴代シングル売上No1の

『およげ!たいやきくん』を手掛けた佐瀬寿一!

はじけるようなイントロから帰省した孫がジイちゃんバアちゃんを

死なない程度に後ろから驚かせる時に言う

♪ぅー、わぁ!♪

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♪暑中〜ぅう、お御見舞い、申し上げますぅ〜♪

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キャンディーズの夏歌ナンバー1であり、2分58秒という短い曲の間で

白井選手の後方宙返り4回ひねり同様、4度もくり出されるランちゃんの

『ううッうーん』

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初めてセンターとなった『年下の男の子』辺りから『可愛い』を

『かんわいいっ!』

と、語尾をひっくり返すという異次元の大技

『語尾ひねりキューティー・ボイス』を会得!

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ミキちゃんやスーちゃんにはマネの出来ない独特の歌い回しは

この曲で大輪の花を咲かせる

それが

♪なぜか、パラソルにつかまりあなたの街まで飛べそうです♪

の『飛べそうです』を

『とべそぉでぇええすぅ!』

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ここのランちゃんは可愛いすぎる!

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そんなランちゃんの口からまさかの言葉が出たのが

1977年7月17日に行われた日比谷野音のコンサート!

残すはアンコール1曲となったところで

『みなさん・・・』

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『どうしたー!』

『何で泣いてるんだー!』

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『私たち・・・みなんさに謝らなければならないことがあります』

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『私たち・・・・今度の9月で・・・・』

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『解散します!!』

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『冗談言うな!』

『何言ってるんだ!』

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『私たち、これからみなさんの目には触れないところで・・・・

孤独と闘いながら生きていきたいんです。』

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『解散なんかするな!』

『キャンディーズ辞めるな!』

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『普通の女の子に戻りたい!』

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『ごめんなさい!』

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『許して下さい!』

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『ダメ、ダメ!』

『辞めないで!』

プロデューサーもマネージャーもバンドのメンバーも知らされていなかった

まさかの解散宣言!

しかもコンサートの途中での発表は

前代未聞!

3人はその場に崩れ落ち

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あわてて飛び出してきたスタッフに抱えられたまま

ステージから姿を消した

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その場に取り残されたファンからは怒号が飛び交い

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日比谷公園には家に帰る気力を無くしたファンが大勢泣いていたそうだ。

『キャンディーズ!』

『キャンディーズ!』

『キャンディーズ!』

翌日、緊急記者会見が行われ

その2週間後に9月末の解散が撤回され翌年3月迄延期となった。

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『事務所に不満があったのか?』

『3人のウマが合わなかったのっか?』

『今、辞める必要がどこにあるのか?』

『この世界でもらった名前を自ら捨てるという事は

今後芸能界で生きていく事ができないという事が

わかっているのか!』

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当時のマスコミの追及は相当厳しく

 そんなキャンディーズを守るべく

『解散支持』

という方針を掲げたのが、渡辺プロ直系のファンクラブはもちろんの事

全国の大学におけるキャンディーズ同好会が

『全員でキャンディーズを盛り上げよう!』

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と、タテ、ヨコ、派閥、学閥を超えて発足した日本初の組織型ファンクラブ

『全国キャンディーズ連盟』

略して

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『全キャン連』!

その最高幹部の一人だったのが

石破幹事長!

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1977年の6月19日に『暑中お見舞い申し上げます』のシングル発売を記念して行われた

朝霧高原バスツアー!

集まったファンの数2000人!

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新宿に集結した大型バス25台という最大規模のファンの集い!

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その1台1台に挨拶に回ったキャンディーズ!

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ファンによる巨大な手作り暑中見舞いがズラリと並べられ

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最後はキャンディーズと一緒に記念撮影!

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まさに夢のような朝霧高原バスツアーからわずか1ヶ月後に

悪夢のような解散宣言が飛び出したのである!

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『普通の女の子に戻りたい・・・・名言だよねえ。

1977年の7月かな。解散を聞いた時、私は慶応大学3年だった。

三田のサークルのたまり場にいたのかなあ。

『急にそう言われても、ファンはどうなるんだ?』

と、理解できなかった。

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ただ、秋の解散と言ったのが、翌春まで延びた。あれが分岐点。

呆然自失状態から脱して、解散の日まで全力で支えよう!

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自分たちの思いをすべて凝縮しようぜ!となった。

あの言葉は、そうゆう意味で年を重ねるほど心に染みるんだ・・・・』

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『全キャン連』の最高幹部の1人だった石破幹事長・・・・

後に『奇跡の9か月』と呼ばれる活動を行った1人でもある。

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作詞家の喜多條センセイはキャンディーズが解散する事を薄々感じており

キャンディーズが解散した後、この曲を聞いた時に

『時間を巻き戻してキャンディーズに会いたい』

と思うファンに向けたメッセージを密かに詞にしていたのである。

それがこの部分

♪はやくあなたに会いたくて 時計をさかさにまわしてます♪

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普通は好きな人に早く会いたいと思えば時計は逆さではなく前に進めるのに

あえて『さかさ』という言葉を使ったんだそうだ。

喜多條センセイの優しさと

石破幹事長が『全キャン連』の最高幹部だった事を今回初めて知りました!

石破さんが幹事長になったのはミキちゃんファンだけに

幹(みき)という字が入っていたからなんですかね・・・

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『ちがうよ!』

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次回もコリもせずにキャンディーズ!


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