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1977年6月10日発売
最高1位8週
売上 100万枚
作詞/阿久悠 作曲/都倉俊一

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若手外科医が医者を辞めてミュージシャンを目指すという回だった

ドクターX・第2話のラストで

その若手君がベース担当と知ると

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『ベーシストはつぶしが利かない』

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『照明が当たってないから暗いし、音も地味!』

等と話す内田有紀と米倉涼子の横で

とてつもなく不機嫌な顔をしている岸部一徳の

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バックで流れていたのが『シーサイド・バウンド』という

スペアリブなシャレ!

この意味がすぐにわかった人は

もれなく昭和世代です!

今となってはひょうひょうとした役を演じている岸部一徳ですが

昔はザ・タイガースのリーダー兼ベーシスト!

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あの『太陽にほえろ!』や

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『傷だらけの天使』のテーマでベースを弾き

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『とんでもないスゴ腕!オレよりイイんじゃないかと思ったぐらいだ』

と、 レッドツェッペリンのジョン・ポール・ジョーンズに

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絶賛された唯一の日本人ベーシスト!

『スクール・ウォーズ』の舞台となった京都市立伏見工業高校で、遊び友達と結成したのが

ザ・タイガース!

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ボーカルはまだ悠木千帆(ゆうき ちほ)だった樹木希林が

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『ジュ〜リぃいいいいい』

と腰を振るのが流行った

和製デビッド・ボウイこと沢田研二!

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ザ・タイガースの頃は知らないが、ソロになってからは

男なのにラメのアイシャドウにカラーコンタクトを付け

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シースルーの衣装にナチスの軍服

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歌いながらタバコを吸ったり

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ウィスキーを霧吹きしたり

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本物のパラシュートを背負って歌う等

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やることなすこと全てが

反則並みのカッコ良さだった!

そんなジュリーの代表曲と言えば!

♪行ったきりなら幸せになるがいい〜♪

の所でパナマ帽を客席に飛ばす斬新なパフォーマンスが売りだった

『勝手にしやがれ』

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1977年5月21日発売
最高1位
売上 89、3万枚

これをマネをして何度野球帽を飛ばしたことか!

♪あ〜あ〜、あ〜あ〜、あ〜あ〜あ、あああ〜♪

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『日本レコード大賞』、『歌謡大賞』、『有線大賞』その全てで大賞を受賞し

年末の賞レースは『勝手にしやがれ』の独壇場だった!

中でも激戦だったのが『日本レコード大賞』

大賞の候補に挙がっていたのは

京急『久里浜駅』の駅メロに使われていた

百恵ちゃんの『秋桜』(3位 46万枚)

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歌詞の内容に感極まって何度も泣いてしまい、レコーディングが出来なかったという

岩崎宏美の『思秋期』(6位 40、4万枚)

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そして着物ではなく、ドレスで歌っていた

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石川さゆりの『津軽海峡・冬景色』(6位 72、7万枚)

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こんなそうそうたるメンバーを抑えての受賞に

ジュリーの喜びもひとしお!

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タイガースのメンバーやショーケンが檀上に駆けつけ

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花束でジュリーの顔が見えなくなる中

前年の大賞受賞者だった都はるみが花束を渡すに渡せず

赤いジャケットを掴んでもふり向いてくれないジュリーに

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オロオロする姿がいとをかし!

ちなみにこの時の『レコード大賞』の視聴率

歴代最高の50、8%!

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『勝手にしやがれ』はオリコン・チャートで5週間1位!

『連続』にならなかったのは

男子の帽子投げに対抗して女子の間で流行った

クロールからの平泳ぎ、ツバを耳に入れて

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鼻をつまんで潜水から浮上の後

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バランスを保つための左右のケンケンが可愛いかった

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♪あ〜あ渚のシンドバッド〜♪

が、『連続』を阻止したからである

『勝手にしやがれ』が1977年の6月20日付けのオリコン・チャートで

1位になった時、『渚のシンドバッド』は4位に初登場!

翌週には『勝手にしやがれ』を蹴落として

ピンク・レディーが3週連続で1位をGET!

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独走態勢に入ろうとしたその矢先、ジュリーが再び1位に返り咲いて

『勝手にしやがれ』が4週連続の1位!

並みの歌手だったらこの時点で脱落してしまう所だが

そこは天下無敵のピンク・レディー!

ジュリーを再度ロックオンして

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怒涛の5週連続1位を獲得!

この1977年の6月から9月迄の間は

『勝手にしやがれ』と『渚のシンドバッド』が1位と2位を争い続けるという

オリコン史上稀に見るデッドヒートが繰り広げられ

そのアオリを食ったのが百恵ちゃんの

『イミテーション・ゴールド』(2位 48、4万枚)

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2回だけ2位にはなったものの

あとはジュリーとピンク・レディーに阻まれて

万年3位の指定席!

つまり夏の間ずーーーーーっと

♪アン!アン!ア〜ン♪

と、百恵ちゃんがサビを歌い

ジュリーがエンディングで

♪あ〜あ〜、あ〜あ〜、あ〜あ〜、あああ〜♪

と歌い終わった後、ピンク・レディーが

♪アーアアンアン、アーアアンアン♪

と歌い始める

アンアン三連発が紫外線と共に日本中に降り注がれていたのである!

そしてこの1年後

『勝手にしやがれ』と『渚のシンドバット』から取って付けた

『勝手にシンドバッド』(3位 51、5万枚)

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でサザンがデビューしたのは有名な話し

ちなみに2曲とも作詞は阿久先生で、桑田佳祐は

『このタイトルを一言、阿久先生に伝えてもらっていいですか?』

と、お伺いを立て

それを聞いた阿久先生は

パン!とヒザを打って

『それはおもしろい!そうゆうユーモアが一番いい』

『自分は意味に縛られてるから、意味の無い歌詞で許される

桑田君がうらやましい』

と、快諾!

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『渚にしやがれ』だったらダメだったでしょうね(笑)

さて、初のミリオンとなった『渚のシンドバッド』の最大の見せ場と言えば!

♪セクシ〜♪

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♪ダダッダーン♪

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♪あなたはセクシー♪

自らスカートをたくし上げ、『大股パカパカダンス』、『フリフリケツケツ』に並ぶ

『コマンタレブー』な振り付けに鼻血ブー!

これをクラスの女の子がやってくれたら

もっと思い出のある文章になっていただろうに・・・・・

前にも書いた通り、僕の周りには誰1人として

♪セクシ〜♪

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♪ダダッダーン♪

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♪あなたはセクシー♪

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を踊ってくれた女子はいなかったのが

イカのキンタマ!

ちなみに最初の頃はスカートうんぬんではなく

両手を顔の横でヒラヒラさせるという

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なんともアボガドな振り付けで

エンディングもフマキラーを浴びせられた蚊のように

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振りがユラユラだった事にビックリ!

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比べると全然違います!

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でも一番ビックリしたのが

世に言う『ピンク・レディー事件』!

事の発端は『女性自身』がピンク・レディーの振り付け写真を無断で掲載

ピンク・レディー側がパブリシティー権(肖像権)を侵害されたとして

計186万円の賠償を求めて訴訟を起こしたもので

『振り付け写真には商品価値があるのだから

ピンク・レディー以外の者が勝手に使ってはならない』

というピンク・レディー側の最もな主張に対して

最高裁が出した判決が

『2人が社会的に著名となっていく過程で、一定程度許容

しなければならない範囲を超えて権利が侵害されたとは言えず

正当な表現行為として受任すべき』

という内容で

ピンク・レディー側が敗訴となった裁判!

判決文は簡単に言えば、ピンク・レディーなんだから

♪おお目に見てよ!♪

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しかしながら今後、振り付け写真を無断掲載しても

司法の場でピンク・レディーのパブリシティー権が保護されないという判決が出た以上

損害賠償も差し止めも認められないという

打つ手なしの泣き寝入り!

最後はペッパー警部に公平な裁きをしてもらうしかない!

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この人の裁きは・・・・

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アウト!!

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次回もつつがなくピンク・レディー!



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1977年3月10日発売
5週連続1位
売上 66、3万枚
作詞/阿久悠 作曲/都倉俊一

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ピンク・レディーの同期と言えば!

演歌歌手としてよりも、レース用のハトを飼ってた事の方が有名だった

新沼謙治

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バンド名が『生きて(GO)死んで(DIE)また生きる(GO)』という意味だった

ゴダイゴ

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10週連続1位、170万枚を売った『悲しみは雪のように』の歌は

脳閉塞で意識不明の重体になったお母さんを思って書かれたものだったという

浜田省吾

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元々は野口五郎が歌う予定で、この曲の大ヒットで日本からトルコへの直行便ができた

庄野真代

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デーモン閣下が結婚式の牧師を務めた

尾崎亜美

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鍵盤にカミソリを立ててピアノの練習していたという

矢野顕子

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興行収入はたったの5億円で、制作費が35億もかかった映画『長江』の借金を30年で返済した

さだまさし

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中学生になった娘さんに

『ウザいけど、ときどき使える』

と評された

山下達郎

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イントロクイズで夫の唯一のヒット曲だった『ルイルイ』を『渚のシンドバット』と嫁に間違われた

太川陽介

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『ぎんざNOW!』でものまねをして勝ち抜いていた清水アキラ

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の後ろでギターを弾いていた

清水健太郎

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等、もの凄いメンバーがいた1976年デビュー組

床屋さんに行くと必ず『健太郎カット』の写真が貼ってあった

清水健太郎のデビュー曲

『失恋レストラン』(最高1位 売上 62、8万枚)

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はピンク・レディー初の1位となった『S.O.S』をたった1週で蹴落とし

5週に渡って首位を独占!

♪悲しけりゃ、ここでお泣き〜よ♪

♪涙ふく、ハンカチもあるし〜♪

しかし翌月には『カルメン’77』がロックオン!

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『失恋レストラン』を引きずり降ろして

5週連続1位を獲得!

負けじとシミケンもセカンド・シングル

『帰らない』(最高1位 売上 54、9万枚)

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で再びピンク・レディーを破り、『カルメン’77』は首位転落!

しかしその後

交通死亡事故、大麻2回、覚せい剤3回、ひき逃げ、合成麻薬と

芸能界最多となる合計8回の逮捕で

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人生から転落してしまった清水健太郎

♪やりたけりゃ、ここでおやり〜よ♪

♪シャブを打つ 注射器もあるし〜♪

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あの栄光はもう

『帰らない』

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さて、数あるピンク・レディーの振り付けの中でも

特上大好物なフリを披露してくれたのがこの『カルメン’77』!

ある歌番組に入っていたビッグバンドのトランペットから

『こんなの吹けません!』

と、テレビ局で都倉先生とモメたというプロ泣かせのイントロ

♪チャラララララ、チャッ、チャッ、チャラララン

チャラララララ、チャッ、チャッ、チャラン♪

速弾きならぬトランペットの速吹きが吹き荒れる中

ミーちゃんとケイちゃんがこれでもかと

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お尻をフリフリさせながら

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浮き沈みを繰り返す絶品の振り付け!

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ミニスカートがヒラヒラ揺れ

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腰のリズムに合わせて見え隠れする偶然の産物は

スクールメイツの丸見えとは違う

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煩悩をかどわすチラリズム!

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踊りだけではない!

『全部が強いスタッカートで歌いなさい』

という指示で生まれた

♪カルメンです♪


♪でっす!♪

の部分!

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深夜のコンビニ店員がけだるそうに言う

『いらっしゃいませ』


『エアロスミス』

に聞こえるというネタに匹敵する

都倉マジック!

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お尻をフリフリケツケツさせ

語尾を強い口調で区切って歌う等

凡人には1ミリも思いもつかない奇抜なアイディア満載の『カルメン’77』!

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しかしながら一番凄いのは

♪私の名前はカルメンでっす!♪

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というブっ飛んだ歌い出しを書いた

阿久先生!

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『この曲迄、子供を意識して書いていない』

そう語っていた阿久先生の原稿は基本的に手渡しで

担当者は毎回、伊東市にある宇佐美の自宅迄受けとりに行っていたんだとか

『コピーやファックスでも渡せるけれど、それでは温度が下がっていくんだ』

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♪ラララ、カルメーーーーーーーーーン♪

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♪カルメぇーーーーーン♪

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阿久先生のこの言葉に感銘!

元々『カルメン』は小説を基にして作られたオペラのヒロインで

情熱的で自由奔放

美しい美貌で男を虜にさせる

魔性の女の代表格!

そんなカルメンのイメージを数行の歌い出しで表現してしまう

阿久先生のセンスと着想の凄さ!

凡人の浅知恵では

『私のあだ名はカルメンです』

で良いではナイカ?

と、思ってしまうのだが

そこをわざわざ

♪私の名前はカルメンでっす!♪

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♪ああ、もちろんあだ名に きまってまっす!♪

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と歌わせる事で

カルメンがピンク・レディーとイコールになるのだ!

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それは

『専門医のライセンスと叩き上げのスキル』

で帰ってきた

『私、失敗しないので』

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『いたしません』

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があってこその

『ドクターX』の大門未知子

イコール

米倉涼子と同じ!

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今月から始まったPART5・・・・・

さすがに飽きられてるのではナイカと心配したが

初回視聴率ナント!

全番組トップの20、9%!

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NHKの朝ドラもブチ抜く異次元の好発進に改めて驚かされた!

しかしそれより驚かされたのが、さっき行ってきた

期日前投票!

この雨の中、300人待ちの

ウルトラ大行列!!

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区役所の通路を埋め尽くすという信じられない光景は

丸い手のドラえもんに秘孔を突かれたようなショックだった!

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次回も飽きもせずピンク・レディー!

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1976年11月25日発売
最高1位
売上 65、4万枚
作詞/阿久悠 作曲/都倉俊一

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♪今日もまた誰か〜、乙女のピンチ〜♪

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当初A面の予定だった『乾杯お嬢さん』をB面にして

ビクターから猛反対された『大股パカパカダンス』をミニスカートで踊らせた『ペッパー警部』が

初登場99位と惨敗!

ピンチになったのは『乙女』ではなく、歌手時代は『ルイジアナ・ママ』を歌って

『スタ誕』でピンク・レディーを発掘したディレクターの

飯田久彦だった

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飯田はデビューが遅かったピンク・レディーを売る為に

『とにかく露出をしなくてはならない』

と考え、『ペッパー警部』の時は『月刊平凡』のグラビアで雪山で水着!

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『S.O.S』の時はイントロに“SOS”のモールス信号を入れる事を提案

テスト盤をラジオでオンエアした所、放送局から『遭難の事実のない遭難信号の発信』

に当たるとして怒られた挙げ句、冒頭部分はカット!

それを新聞やマスコミがピンク・レディーの新曲放送禁止!

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と騒いでくれたおかげで絶好の話題作りにはなったものの

初登場42位と『S.O.S』なスタートだった

この時、首位を独走していたのが

都はるみの

『北の宿から』(4週連続1位、売上143、5万枚)

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♪あなた、カルビはないですか〜♪

もとい!

♪あなた、変わりはないですか〜♪

1976年の年末はまさに『北の宿から』一色であり

都はるみはこの曲で『レコード大賞』を受賞

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その時の新人賞がピンク・レディーの『ペッパー警部』

僕がテレビで初めてピンク・レディーを見たのもこの時で

ノリの良いメロディーに変身ポーズさながらの振り付けにポカーンとし

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揺れるミニスカートがハニーフラッシュでドキドキしたのを覚えている

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大晦日の夜は『レコード大賞』を誰が取るかで釘付けになり

日本野鳥の会が凄い早さで客席を数え、『紅』『白』どっちが勝つのか見届けた後

除夜の鐘がゴーン!

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放送開始から90年もやってる『ゆく年くる年』を見てお参りに行くのが

多くの国民同様、我が家の恒例行事であった

全国の子供達がお年玉でレコードを買ったかどうか定かではないが

年が明けた1977年の1月、『ペッパー警部』はオリコン4位迄上昇!

相乗効果で『S.O.S』もトップ10にランクインを果たした

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この時、1位をガッチリキープしていたのが

中村雅俊主演のドラマ『俺たちの旅』の大ヒットで『青春』ブームとなり

リリースから半年経ってようやく売れた森田公一とトップギャランの

『青春時代』(4週連続1位 売上 101、8万枚)

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これを1位から引きづり落としたのが

『S.O.S』!

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1年に販売されるチョコの4分の1をたった1日で売上げ

もらえない男にとっては地獄の日となるバレンタインデーに

たった50枚差という僅差で

ピンク・レディーが初の1位を獲得!

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♪男は狼だから〜気をつけなさい♪

田舎から出てきて右も左もわからないミーちゃんとケイちゃんに

親心のような歌詞を送った阿久先生

後に真子ちゃんが

♪あなたが〜狼なら〜怖くな〜い♪

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と歌い切るまで

なった事はありませんが

男はみんなオオカミ扱いでした(笑)

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ちなみに『北の宿から』、『青春時代』、『狼なんか怖くない』も全て

阿久悠作品!

『歌は時代とのキャッチボール。時代はいつも飢えている。その飢えている時代に

僕は言葉を投げかけて、その飢えを満たすんだ

時代の中に隠れた飢餓に命中する事がヒットではなかろうか』

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カラオケで歌う女子に

♪エス、オー、エス!♪

♪エス、オー、エス♪

の所で手拍子を入れる人はケイちゃんファンで

♪エス、イー、エックス!♪
 
と騒ぐ男子はミーちゃんファンが多い・・・(しろしリサーチ調べ)

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あれだけ日本中がピンク・レディーブームだったにもかかわらず

僕の周りにはピンク・レディーのファンやグッズを持ってる子はおらず

ミーちゃんとケイちゃんになりきって歌ったり踊ったりする女子もいなかった

それどころか鉄板で聞かれる

『ミーちゃんとケイちゃんのどっちが好き?』

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という質問もされた事がない

もし聞かれればミーちゃんと答えるが

それはケイちゃんに比べてのミーちゃんであり

後に真子ちゃんが出てきて両目がハートマークになるまで

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僕の中ではミキちゃんがNo1であった!

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ぶっちゃけ、ピンク・レディーの曲は好きだがレコードを買うほどのファンではなく

物体的な興味も無く、これと言ったエピソードも無いにもかかわらず

黄金期のヒット曲は今でも歌えるし、振り付けもイントロとサビなら

腰痛と相談しながら

今でも踊れる!

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2001年に放送された『探偵!ナイトスクープ』で

『30代の女性は誰でもピンク・レディーを踊れるのか』

という調査を行った所、道行くほとんどの女性がインタビューに応え

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『もう忘れました』、『できないです』、『無理、無理、無理』

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と、拒みながらも、『UFO』のイントロが流れた瞬間

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買い物中の主婦も

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往診帰りの女医さんも

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自然に身体が反応して踊り出したのだ!

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中には踊りながら歌う人もいれば

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一緒に踊ったのは初めてという2人組や

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瞬時にパート分けを行って踊る女の子に

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『サウスポー』まで踊る女の人もいた

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極め付けはカメラに映ってない所でこっそり踊ってる女性も含め

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全員がピンク・レディーの振り付けを完璧に踊りこなしていたのだ!

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しかもイントロだけではない

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フルコーラスでだ!!

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男性で言えば

急に渡されたのがマニュアル車であっても、すぐに乗れてしまうのと同じであろう!

子供の頃に覚えた振りを30年以上経っても忘れていないという驚異の影響力こそが

ピンク・レディー最大の凄さではなかろか!

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この番組には30年が経過した順に

『セーラー服を脱がさないで』

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『LOVEマシーン』

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『恋するフォーチュンクッキー』

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でも是非検証して頂きたいものである

次回もピンク・レディー!




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1976年8月25日発売
最高4位
売上 60、5万枚
作詞/阿久悠 作曲/都倉俊一

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今年の24時間テレビでやった『阿久悠物語』(視聴率25、6%)は

久々にCM明けが待ち遠しくなるドラマだった

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阿久先生の奥さんとの馴れ初めや、親友上村一夫の存在

新聞記事のスクラップや単語カードに書かれた言葉の山から

インスピレーションをフル回転させて作品を生み出すシーン等

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今まで知らなかった事が描かれ、何より一番驚いたのが

詞を原稿用紙に書く時に使っていたのが

ぺんてるのサインペン!

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高級万年筆ではなく100円のサインペンだった事に

卵を割ったら黄身が2つ出てきたような感動であった!

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生涯手掛けた作品は5000曲以上!

誰もが知ってる歌謡曲や演歌の他に

最強の気合マーチ『宇宙戦艦ヤマト』や

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『これが二人の結婚式だ』

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息子さんも同じ名前だった『ウルトラマンタロウ』に

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『レオーーーーッ!』もそう

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そして僕の時代は酒井ゆきえがお姉さんだった『ピンポンパン体操』等

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意外に大きく関わっていた阿久作品の数々!

そして何と言っても先生が残した

最大の奇蹟と軌跡と言えば!

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ピンク・レディー!

その全盛期の凄さと言ったら、『おニャン子』、『モー娘』、『AKB』の全てをあわせた所で

波平の毛先にも及ばない

日本歌謡界史上最強のユニット!

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☆ミー(ねもと みつよ)1958年3月9日生まれ
静岡県葵区出身 165cm A型

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☆ケイ(ますだ けいこ)1957年9月2日生まれ
静岡県葵区出身 162cm O型

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将来は『役者』さんになりたかったミーちゃんと

歌手になりたかったケイちゃんが出会ったのは中学生の時

当時バスケット部だったケイちゃんは練習中に体育館で滑って

『骨髄分離すべり症』という大怪我を負ったにもかかわらず

我慢して練習に出続けた結果

歩けなくなるほどに悪化!

結局バスケット部は退部するハメになり

必修で取っていた演劇部へ入部

その演劇部を作ったのがミーちゃんだった

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『ケイはバスケット部の有名選手で華のあるステキな人でした。

私はどこにいるのか全然わからないような子で・・・・』

『渡り廊下の所で“増田さん”って誰かに呼ばれて振り返ったらそれがミーで

『私、根本美鶴代っていうんだけど、今、演劇クラブで一緒だったよね』

って自己紹介されたんです。

その時のミーは髪が長くて三つ編みをしていて本を抱えていたんです。

物静かで顔は真っ白で本当に童話から抜け出してきたような女の子でした。

私はショートカットで男の子みたいな友達しかいなかった中で

本当に女の子らしい女の子が目の前に現れたと思いました』

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2人は文化祭で『松屋町筋』という大阪のおもちゃ問屋の話しに出て来る

姉妹役を好演!一緒に練習しているうちに仲良くなり

『歌手と役者で道は違うけど、目指す世界は一緒だね!』

と、意気投合!

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そんなある日

『役者になる為のステップ』

と、ミーちゃんが『スター誕生』に出場!

『見かけは物静かだったミーが『スタ誕』の予選会が静岡に来た時

1人で応募して受けてたんですよ!

それが学校中に広まって

『えっ!あの根本美鶴代が?』

みたいな感じになって、みんなビックリしてたんです

誰より私が一番驚きました(笑)』

後にケイちゃんと出る前に『スタ誕』に出ていたミーちゃん

天地真理の『虹をわたって』を歌って

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予選を突破しテレビに出たものの、合格こそできませんでしたが、これがキッカケで

『歌もひょっとしてイケるかも?』

と、役者から歌手志望へ変更!

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『これからのアイドルは踊りもできないと』

と、SBS学園(静岡放送が運営するカルチャースクール)の

モダンバレエ教室に通い

一方のケイちゃんはモダンバレエの先生が『骨髄分離すべり症』を克服したという話しを聞いて

リハビリ目的も兼ねてミーちゃんとレッスンに参加

その後2人はそろって私立常葉学園高等部へ進学

高校2年の時、ヤマハの『チャレンジ・オン・ステージ』に応募

ケイちゃんは『ジョニーへの伝言』を歌い

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ミーちゃんは『アルプスの少女』

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こっちじゃなくて、こっちです

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を歌って予選突破!

ヤマハの本社で行われた本選では2人そろって優勝!

『月謝は無料で良いから是非来てほしい』

特待生待遇で2人はヤマハのボーカル・スクールで本格的なレッスンを開始

最初はお互いがソロ歌手として別々にデビューするつもりだったのが

講師の山崎朗先生から

『2人は凄く仲が良いからデュエットを組んだらどう?

芸能界って怖いところだから2人の方が心強いでしょ』

と言われ

『あ、いいかも!じゃぁそうします!』

あっさり快諾!

この山崎先生の言葉がなければ、ピンク・レディーは世に生まれなかったかもしれないのだ

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ちなみに山崎先生は歌手として『ポプコン』第4回、5回と連続で入賞を果たし

デビュー前の八神純子や葛城ユキと一緒に『第5回世界歌謡祭』にも出場

歌手としてデビューするもパッとせず

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その後はヤマハのボーカルスクール浜松支店の初代講師となり

最初の教え子がミーちゃんとケイちゃんだった

2人はクッキーという名前で1974年の『ポプコン』東海大会に出場

残念ながら決勝で敗れて本選には出られなかったものの

その時課題曲で歌った『恋のレッスン』が東海地方のレコード店のみで

限定発売されたというから驚きである!

当然幻の超お宝激レア物件となっておりましたが

2006年に結成30周年記念で発売された

『ピンク・レディー・プラチナ・ボックス』

ここに初収録され、音源は聞く事ができますが

ファンでないと買えないこのお値段・・・・

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さて、ヤマハからデビューする事が既に約束されてはいたものの

いつまで待ってもデビュー曲も日にちも決まらず

『日を追うごとに、ヤマハからデビューは無理かもしれない・・・・』

と、不安を感じた2人は

フジテレビの『君こそスターだ!』に応募

予選を突破し、自信満々で本選に出場するもまさかの落選!

卒業までに進路も決めなければならず切羽詰まった2人は

最後の砦だった『スタ誕』を受ける事に決めるも、予選会が静岡に来るのを待ってる時間はなく

『東京の予選会に出してほしい』

と、プロデューサーに直訴!

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これが認められて『よみうりホール』で行われていた予選会に出られる事に!

後が無い2人は『君こそスターだ!』で敗れた敗戦原因を研究

他の人が流行りの曲を歌う中、誰も知らない曲を歌えば

オリジナルと比べることができないと、楽曲はボーカルスクールの先輩だった

ピーマンの『部屋を出て下さい』に決定

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ちなみにピーマンのメンバーだった叶正子は後にサーカスを組んで再デビューしてます

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おそろいのオーバーオールにパフォーマンスも少なめにして

地味さと素朴さを全面に出した『田舎娘作戦』で予選を突破!

1976年1月11日、後に日本歌謡界の歴史を次々と塗り替える2人が

満を持して『スター誕生』に登場!

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審査員だった都倉俊一は

『ハーモニーもぴったり合ってるし、動きも様になっていて

ケチのつけようがないけれど

どこかまとまり過ぎていて面白味に欠ける』

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他の審査員からも

『出来上がりすぎ』

『素人っぽさがない』

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等と辛口の評価だったが、会場審査で合格!

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その後行われた決戦大会では8社のプラカードが上がり

レコード会社はビクター、事務所はT&Cに決めて

1976年の4月に上京!

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最初に用意されたグループ名は白い風船!

2人共静岡出身という事で他に挙がっていた候補が

茶ばたけ、みかんばこ、ちゃっきり娘(笑)

デビュー曲を依頼された阿久悠と都倉俊一はグループ名もフォーク路線も

『つまらない』

と、真向から否定

『彼女たちに新しい可能性は感じなかったし

阿久さんも最初は乗り気じゃなかった』

グループ名は都倉が昨晩飲んだというカクテルの名前から

ピンク・レディーに変更

デビュー曲のタイトルは阿久先生が用意した候補の中から都倉が選んだ

『ペッパー警部』に決定!

『これだ!と、ピンときました。阿久さんも気に入っていたらしく

アンダーラインが引いてありました』

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『今までのアイドルが歌わなかったようなアップテンポで

インパクトの強い曲にしよう』

『世間を裏切る大胆な路線、あの子達が売れるのはそれしかない!』

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2人に用意されたのは手足が大胆に露出し、キラキラ光るスパンコールのついた

超ミニの衣装!

プライベートでもミニスカートかホットパンツで過ごす事を徹底させたという。

『大当たりか大ゴケか・・・』

振り付けを担当したのはあまりの怖さに泣き出すアイドルが続出する為

レッスン中断が日常茶飯事だったという土居甫!

『彼女たちの魅力を一言で言うならば、あの大地をがっしりと踏みしめている

太い腿(あし)がいい

野育ちの土の匂いがぷんぷんして、彼女たちの腿(あし)には表情があった

図太くってしたたかでそれでいて可愛い

僕が長い間待ち続けていた素材にめぐり会ったような気がした』

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子供の頃、パンツが見えるんじゃないかとテレビの下から覗きこんだあの

大股パカパカダンス!

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『股を開いたり閉じたりするあのステップ、あれが意外に難しくて』

股を開きながら同時に両肩を上下に動かし、さらに両手をヒラヒラさせるあの仕草

実はガニ股の警部が泥棒を追いかけるシーンをイメージしたもので

マイクは拳銃の代わりと、中指1本で持たせられ

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イントロでは拳銃のようにクルクル回転させるという難技な振り付けに

さすがのピンク・レディーもマスターするのに1ヶ月かかったという

『お前ら出来ないのならとっとと静岡に帰れ!!』

『夜中に下宿の部屋でドタバタするワケにもいかないので

街灯の下で一生懸命練習しました』

デビュー前

ビクター上層部から股を広げるポーズを止めるよう申し出があったが

土居はガンとして受け付けなかった!

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1976年8月25日、ピンク・レディーは『ペッパー警部』でデビュー!

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♪ペッパ〜けいぶ!!邪魔をしない〜でぇえ♪

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♪ペッパ〜けいぶ!!私たち、これから、いいところぉ〜♪

デビュー当時は歌番組よりも11PM等の深夜番組の出演が多かったピンク・レディー

歌い終わるや否や

『テレビで若い娘が大股を開くとは何事だ!』

『キャバレーのショーじゃないんだぞ!』

『恥じを知れ恥を!』

等のクレームがTV局に殺到!

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これにより2人が股を広げる時だけアングルを後ろ姿や

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望遠に切り替えるといった苦肉の策がとられていた

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レコード会社も売れるワケがないと、全く期待しておらず

宣伝もプロモーション活動もほとんど無く

『ペッパー警部』の初回プレスは

たったの3000枚!

『そもそも2月にスカウトして8月25日にデビューさせるなんて

突貫工事もいいところ

当時の新人賞レースに間に合わせるには、じっくり準備して

翌年の3月か4月にデビューさせるのが常識でしたから』

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1976年9月6日にオリコン99位に初登場した『ペッパー警部』は

翌週には103位と圏外へランクダウン

日本歌謡史上最強デュオと言われたピンク・レディーも

最初は泣かず飛ばずのスタートだった

ところがその後、チャートがジワジワと上がりはじめ

リリースから3ヶ月も経っていたにもかかわらず

初のトップ10入り!

作り手も、仕掛ける側も、歌っていたピンク・レディーでさえも予想しなかった

ブームに火をつけたのは

子供達だった!!

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♪ペッパ〜けいぶ!!邪魔をしない〜でぇえ♪

テレビを見てピンク・レディーのマネをする子供達が急増!

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特に女の子はレコードを買い、歌と振り付けを熱心に覚えた

そのおかげか『ペッパー警部』は1977年1月に4位迄浮上!

同じ『スタ誕』出身の百恵ちゃん(6、7万枚)も

淳子ちゃん(12、1万枚)も

昌子ちゃん(51、4万枚)も成しえなかった

デビュー曲にしていきなり60、5万枚という大ヒット!

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♪私たち、これから、いいところぉ〜♪

イロモノ、一発屋で終わると笑われていた

ピンク・レディー怒涛の快進撃は

次回!!


ルミネTHEよしもと


毎年夏が来るとやってくるのが野沢直子と結婚記念日!

いつもは外食で済ませていたのに今年に限って

『お笑いライブが見たい』と

『フロリダ』(風呂に入るから会話から離脱する)なる略語を使う

女子高生みたいな事をカミさんが言い出したので

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どうせ行くなら好きな芸人さんを見てみたいと

1ヶ月前からリサーチして何とか取れたのが

『ルミネTHEよしもと 夏休み大ネタ祭』

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結婚記念日から既に20日以上経ってしまったが

先月、人生初のお笑いライブに行ってきました!

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平日の12時の回にもかかわらず、立ち見が出るほどの超満員で

オープニングに登場したのは

『あけまして、おめで頭皮』

『ふなっしーに対抗して毛なっしー』

『斉藤さんだぞ!』

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でおなじみの

『トレンディエンジェル!』

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2015年の『M−1グランプリ』で敗者復活からの優勝を成し遂げ

『キリン』、『トヨタ』、『ユニクロ』等大手のCMに出演

2016年のテレビ出演回数は355本と、毎日何かしらのテレビに出演

ハゲを武器に斉藤さんじゃない方の相方でも月収300万を稼ぐ超売れっ子!

『ぺッぺッぺぇ〜』

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持ってるギャグを全部使った漫才は

まるでベスト盤を聞いてるようでお得感があったが

うちわ1本600円は高すぎる!

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そして定番のギャグが無くても見られたのが

『キングコング』

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イケメン担当の西野が植村花菜とつきあっていた事を

梶原がネタ中にイジり出して

ビックリ!

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植村花菜と言えば、2010年におばあちゃんとの思い出を歌った

『トイレの神様』

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2010年11月24日発売
2週連続1位、売上 5、2万枚

が大ヒット!

紅白ではノーカットで歌いきり

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絵本になり、小説になり、TBSでドラマ化され

幼少期を芦田愛奈ちゃん

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成長後は北乃きいちゃんが演じて話題となった

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まさか西野とつきあっていたとはつゆ知らず

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この驚きの方が大きくて、漫才のネタが頭に入って来なかった(笑)

ちなみに東京スカイツリーが開業した2012年に2人は破局

植村花菜はジャズドラマーと結婚して母親となり

今も地道にライブ活動を行っている

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地道と言えば!

『ジャルジャル』

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『めちゃイケ』のレギュラーを獲得したものの、イマイチ露出度が少ない2人

しかしながらコントに関しては誰もが認める才能を持っており

『何かひとつのことに執着して延々それだけで押し切る

しつこさなんか新しいパターンの笑い』

と、ウッチャンこと内村光良が絶賛!

その言葉に偽りなく、この日見たネタは野球部に入った新入部員が

『バットを握る』

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というたったそれだけの事を10分のコントに仕立て

観客を飽きさせず、笑わせ続けるボキャボラの豊かさと着眼点の鋭さ!

これを思いついた発想力と才能に感銘すら受けた!

才能と言えば

『ノンスタイル』

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明るくひょうきんなボケ担当の石田は実家が貧乏で

遠足のお弁当は食パン2枚!

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食生活に恵まれなかったせいで身体が弱く

骨年齢72歳、血管年齢はなんと73歳!

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スキップしたら足の指を骨折

デコピンしたら中指が粉砕骨折

相方の井上にツッコまれて肩を脱臼!

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写真撮影で後ろに振り返ったら肋骨にヒビが入った等

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あり得ない超ウルトラ虚弱体質!

一方の井上は『よしもとブサイク芸人ランキング』で2012年から3年連続No1となり

殿堂入りを果たしたブサイク・チャンピオン!

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ツイッターで

『おはよう!』

とつぶやいただけで

『お前は目覚めるな』

『おはようって言葉すら口にしないで』

『土に帰れ』

と、秒殺で批判が殺到する人気ぶり!

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さらに!

『好きにさせてゴメン』

『君の瞳に映る僕を見ていたいんだ』

『一度僕とキッスをすればイチコロさ』

等と身の程知らずのナルシスト!

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『地球から去れ』

『ゴキブリ野郎』

『吐き気なう』

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と、ツイッターは度々炎上するが、漫才は最強で

『5秒で3笑い』をポリシーに、ハイスピードなテンポと

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ボケとツッコミの手数の多さは

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現存する漫才師の中でも最高品質!

要所要所で出て来た

『愛媛』

なる意味も無いワードに何度も爆笑!

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そして今回大トリをつとめたのが

『辻本茂雄×アキSPユニット』

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吉本新喜劇の元座長の辻本茂雄と

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『ホンマやね〜』、『いいーよぉー』

が定番ギャグのアキと

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『横顔が新幹線』

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の伊賀健二とで組んだスペシャルユニットで

生の新喜劇を見る事ができてすこぶる感動!

ホテルの合い部屋という設定で始まったコントは、どこを切っても抱腹絶倒で

突如流れるマイケルジャクソンの曲に合わせてアキがキレキレのダンスを披露!

会場一体となって手拍子で大盛り上がりしていると

辻本が頃合いを見計らって

『もしもし?』

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それが着メロとわかって1秒遅れの大爆笑!

『このバーコードハゲ!』

ハゲのズラをかぶった辻本に横顔新幹線が言った直後

『バーコードハゲとは何事や!だったらお前、このバーコードで

何をいくらで買うのか言うてみ!』

まさかのアドリブにとまどう横顔新幹線

『頼むで!大爆笑させてくれよ』

辻本とアキが拝む中、出てきた言葉が

『180円で・・・・・ひじきを買う』

会場はシーン

辻本とアキは失笑と怒りで

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僕は大爆笑!

最後はB’zの『ウルトラソウル』の曲に合わせて梅干しのタネ飛ばし

バケツで見事にキャッチしたアキに続いて横顔新幹線!

ところが彼が渡されたのはコップ位の小さなバケツで

まさかの失敗!

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『180円』と『ひじき』と『キャッチ失敗』でテンパる横顔新幹線を

これでもかとアオってイジる辻本とアキ

最後の最後に飛ばされた梅干しのタネは大きな弧を描いて

一端はバケツの中に入ったもののバウンドして外に落下!

しかし床に落ちる寸前でキャッチ成功!

ドヤ顔ではなく安堵な顔をした横顔新幹線に

この日一番の大拍手!

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最後は『新喜劇』のパワーに圧倒されました

これで館内飲食自由

可愛いチケットもぎりの姉ちゃんがいて

1人3000円は

その後食べた『龍王』のメシ代より安い!

『ホンマやね〜』

『いいーよぉ、いいよぉー』

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これをテレビで見れる関西の人が超絶うらやましい!!!


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