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昨日『君の名は。』をUPして何気なく見ていた夕方のニュース
『エーッ!!』
32年前・・・・・
『天才!たけしの元気が出るテレビ』でたけしの隣に座って
甲高い声で『ヒ〜ヒ〜』笑いながら目頭をハンカチでぬぐっていたオッサンを見て
『たけしが気を使ってるぐらいだから、きっと大スターなんだろうな・・・・』
と、のたまった僕に『修羅の群れ』を観てきたばかりの友達が
『お前、松方弘樹知らねーの?!』
と、バカにされ
翌日ビデオ屋に行って店長のお薦めシールがついていた
『仁義なき戦い』をレンタル!
『親っさん、言うちょいたるがのう
あんたははじめからワシらが担いどる神輿じゃないの
組がここまでになるのに誰が血ぃ流しとんの。
神輿が勝手に歩ける言うんなら 歩いてみいや!
おう!!』
怖かった・・・・そしてなんてリアルな演技!
『元気が出るテレビ』とのあまりのギャップに
一発で好きになった俳優さんである。
『撮影が終わるのは夜10時か11時、それから飲み屋を貸し切って毎晩飲んだ
僕は30歳、監督、文太さんは40そこそこ。
翌日撮影があるのになんで徹夜で飲むのか。
『寝たらお前、目がきれいになるだろ、そりゃ駄目だ。充血してるのが欲しいんだ』
と言ってる監督からして目が真っ赤ですから』
『飲んで演技の話し?』
『そんなバカはひとりもおらんです』
『監督さん以下、みんな無頼だったですよ』
松方弘樹が『仁義なき戦い』に出演した時は31歳!
撮影所にはその筋の方が来ていて、直接演技指導をしていたんだとか。
歩き方や賭博のシーン等、全てにおいてリアリティが追及された。
松方は顔が若いからと、メイクで隅やまぶたに朱色を入れて凄みを演出したという。
『当時はひどかったからさ、ウチに小指が送られてきたこともあるよ』
『映画とプライベートと、どっちが地なんですか?ってバカな質問してくる奴がいる
地でやったらそんなの役者じゃないでしょ』
自宅に小指が送られてくる時点で普通の人とは思えないが
松方弘樹の豪快伝説は尽きる事がない
『役者っていうのは40才からですよ』
『40才で“修羅の群れ”の主演をやって、やっと一丁前かなって思った』
若手の頃は撮影所に行くと周りは先輩しかいなかった為、頭は下げっぱなし!
『だからね、結構お金拾いましたよ』
みんなお金を懐に入れたまま撮影所内を走っていたので
凄い確率でお金が落ちていたそうで
『それで相当稼いだ』
当時は俳優コーポの4階に住んでおり、1階に降りて行くだけでも
何百人もの先輩に頭を下げなければならず
それが嫌で4階からロープを垂らして外へ出ていったという
若い頃は下戸で酒は一滴も飲めなかったが、飲めないと輪の中に入れず
おまけに先輩の言う事は絶対で
『飲め!と言われたら飲まないワケにはいかなかった』
何度も潰れたが、1年足らずで強くなると
24歳から10年間は365日中360日六本木で飲み歩き
一晩で300万〜500万使うのはザラ!
年間2億円が酒代として消えて行ったという。
『役者仲間10人で飲みに行くと、まず全員の前に
ヘネシーのボトルが1本ずつ置かれる
『これ全部飲んだら終わりな』
初めてストレートで一気させられたけど
松方さんも同じようにストレートで飲むんだよ』(哀川翔)
NHKの大河ドラマ『勝海舟』に病気で降板した渡哲也の代わりに出た時は
『NHKは安すぎる!週5日拘束でコレか?』
『ギャラが安いから歌で営業する』
と公言し、NHKともめた。
北海道から沖縄までキャバレー回りをして、そこで営業をしていくうちに
しゃべりと話術を勉強!
そんな松方にバラエティのオファーをしたのが総合演出家の伊藤輝夫
のちのテリー伊藤である
当時は松方のような任侠映画の大スターがバラエティ番組に出る事は皆無で
松方の側近も猛反対だった。
しかし松方のチャレンジ精神と、たけしに興味を示した事で
独自にオファーを引き受け『元気が出るテレビ』に出演!
観覧が女の子ばっかり200人いた時は
『出ていくだけで恥ずかしくて汗をかいていた』とコメント。
笑い上戸でヒーヒー言いながら涙を流し
ハンカチは欠かせないというおちゃめな面がウケて
あらゆる番組からオファーが殺到!
今は無いが、四ツ谷でたけしがやっていた『北野家』という割烹料理屋には
シーズンになると松方から100キロもの松茸が届いたという
しかも全て国産!!
『軍団も呼んでみんなで食べたけど
食べきれなくて最後はカレーに入れて食べた』
食と言えば、有名なのがマグロの一本釣り!
『第12回萩クロマグロトーナメント』では
325キロの巨大マグロを1時間半の格闘の末に釣り上げ
前年に自身がマークした305キロの記録を塗り替えた。
『おかげさまで釣れました。2年連続ならマグレとは言われないでしょう』
そのマグロは築地のセリにかけられ、437万円という高値で落札!
代金の半分を漁師さんにプレゼントし、残りは一緒に行った仲間や
港の人達を大勢呼んで一晩で使い果たした。
まさに『宵越しの金は持たない』を地で行く男!
女遊びも盛んだった。
10代で26歳のプロ相手に童貞を喪失した時は、お母さんに報告したという純情な青年も
全盛期には1000人斬りを達成!
ある記者が1000人斬りの取材をした所、松方はこう言った
『それは誤解だ』
『一生で千人とかじゃなくて、オレ1年で千人だったんだよ・・・』
『1日3人のペース!』
一番凄かったのはメチャクチャいい女と付き合っていて
その女の部屋に行った時
『ドン!ドン!』
と、男が帰ってきたので、慌ててクローゼットの中に隠れたら
入ってきたのが
力道山!!
そんな松方と再婚したのが女優の仁科明子!
松方が海外ロケに行く時は夫人自ら1ヶ月分のコンドームをカバンに入れて送り出し
『福岡のホステスの部屋にパンツ一丁でいるから今すぐ着替えを持って来い!』
と言われれば、新幹線で直行!
よくできた女房だったが、隠し子がバレた時は大激怒!
夫人はパイプカットを命じ、松方もそれに従ったが
女遊びはおさまらず2013年離婚!!
最後に松方を看取ったのは事実婚で元・女優の山本万里子だった。
売れてない頃、『出世払いでいいよ!』と飲ませてくれた店に
売れた後にちゃんとお金を返しに行く義理堅さ!
『僕だって確かに年は取っている。滑舌だって
「あいうえお」と昔は1、5秒で言えたのに今は2秒かかります。
いろんなところで衰えは感じるのですが
その中でも精一杯やる事を考えます。
だから働き盛りの人達でも、ゼロでいいやと思っているんだったら
僕の方が絶対に勝つ!
そんな人に負けない』
最後に松方さんから勇気をもらったような気がします
心からご冥福をお祈りいたします
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